どれだけのヒトが「みずからよし」と生き続けられる程、心身を屈強に保てるだろう。

『それは、モスクワ警察の捜査力がすぐれているからではない。ロシアには市民の個体データ(顔や指紋)やお金の使い方、通信履歴をため込んだ巨大な監視マシーンが存在する。そのデータベースと照合すれば、扇動者を割り出せる。この巨大監視マシーンは、警察でも内務省でもない。国営銀行「ズベルバンク」だ。ズベルバンクとはいったいどんな組織なのか。設立は帝政ロシア時代の1841年にさかのぼる。ロシア全国に約1万4000カ所の支店、事務所などを展開。ロシアに複数ある国営銀行の中でも、中央銀行の子会社(50%+1株をロシア中央銀行が保有)だという特徴がある。驚くべきは預金・融資分野でのシェアの異常な高さだ。ロシア住民の約70%が同行を利用し、ロシア国内の企業約100万社(総数約450万社)が同行と取引している。個人預金の45%、個人融資の41%、法人融資の34%という圧倒的なシェアを占める。メガバンク首位の三菱UFJ銀行でも、法人取引のシェアは約8%にとどまる(東京商工リサーチ調べ)。ズベルバンクに口座を持たない個人や法人でも、取引先や送金先の口座がズベルバンクに指定されることが多い。ズベルバンクは多くの市民や企業の資金の流れをつかみ、監視できる立場にある。~そのグレフ氏のもとでズベルバンクは近年、AI技術をどん欲に導入し、個人情報の収集と分析を進めてきた。2017年8月に行われたプーチン大統領との会談でグレフ氏は、「意思決定に際してAIを使うようになりました。新技術導入から8カ月で、記録的に低い延滞率を達成しています」とAI活用の実績を強調した。プーチン大統領のほうも、「AI技術を制する者が世界の覇者になる」(2017年9月の演説)と力説するほどだ。グレフ氏のもと、ズベルバンクがAIの導入のけん引力となっているのも偶然ではないだろう。ズベルバンクの狙う個人情報は「お金の流れ」にとどまらない。国民の生体情報や通信履歴も収集しようとしている。冒頭のモスクワ警察の顔認証技術も、ズベルバンクが開発をサポートした。この顔認証システムは表向き、オンラインサービス利用者を認証するために導入された。他の銀行同様、ズベルバンクは支店数を急激に減らしている。その結果、多くの利用者がオンライン口座に頼ることになるだろう。オンラインサービスを利用するには、個体識別情報(顔写真)を同行のデータベースに登録しなければならない。ATMでも、やはり顔認証データの提供が必要になる。さらに2018年9月には通信子会社「ズベルモバイル」がサービスを開始した。ズベルバンクに口座があれば直接引き落としとなるなど、他の通信会社にない利便性がある。割引などの特典も豊富だ。2019年8月現在、ズベルモバイルはロシア連邦を構成する83地域中(クリミアを除く)、半数以上の45地域に展開している。ロシアのような広大な国では異例のスピードだ。こうしてズベルバンクは市民の通信履歴データも手中に収める立場となった。他の通信会社の契約者でも、通話相手がズベルモバイル契約者であれば、その通話履歴はズベルバンクグループに蓄積されていく。ズベルバンクはもはや、多くのロシア国民にとって「まったく使用しない」ことが難しい社会インフラとなっている。同行はすでに巨大銀行でさえない。利用者の通信履歴と個体識別情報、資金の流れを一体的に集約分析できる巨大なデータセンターなのだ。ズベルバンクは顔認証技術を治安機関に提供していることも隠していない。2018年7月18日付けの大手経済紙コメルサントのインタビューで、同行のクズネツォフ取締役会副会長は次のように述べている。「弊行には、顧客行動や取引などに関する膨大なデータがあり、各顧客の行動パターンを見ることができます。(中略)すでに、この顔認証技術を地下鉄の監視システムでテストしました。1カ月で、捜査対象の約60人の検挙につながるという目覚ましい成果を上げました。内務省機関の代表者たちにこのシステムの可能性を説明し、大いに関心をもってもらえました」ズベルバンクの個体識別技術とビッグデータが犯罪捜査に活用される一方、モスクワのデモでも個体識別機能付き監視カメラが利用されている。ただ、デモ参加者の追跡や検挙にズベルバンクのデータがどのように使われているのかはわかっていない。~今プーチン氏が恐れるのは大陸間弾道ミサイルでも、ミサイル防衛網でもない。顔のない無数のデモ組織者たちによる、内部からの体制転覆なのである。』

冷戦時代西側と呼ばれた国々は「自由」と「民主主義」という看板で「資本主義」を「ご都合主義」として推し進めた。東側と呼ばれた国々は経済不況にも負けず虎視眈々と「タイミング」を狙っていた。やはりほとんどのヒトビトは「快適な生活」と引き換えに「ボーっと生きる」方を選ぶのだ。「自由」とは一見、ヒトが生きるのに優しそうであり易しそうだが、どれだけのヒトが「みずからよし」と生き続けられる程、心身を屈強に保てるだろう。流れは変えられない。

カネも通信も丸裸、ロシア「監視社会化」の恐怖
「ハイテク捜査網」がデモを心理的に圧迫
https://toyokeizai.net/articles/-/300097

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