「仕事中心社会」から「人間中心社会」へ

今や社会起業家のメッカと呼ばれる慶應SFCを2002年に卒業し(当時はほとんど誰も社会起業という言葉を知らなかったです)、その翌日に法人格を持たない任意団体を設立した。数年後にNPO法人化し、通算15年間代表を務めた。途中「社会起業家ブーム」が起き、「社会起業家」をタイトルに含む単著を2冊出版した。NPOの業界団体「新公益連盟」は、たまたまだが私がネーミングした。幸運なことに割とそのブームの中心近くで過ごした。喜怒哀楽たくさんあった。実際に何度か社会が変わる様子に触れた。普通なら経験できないことをたくさん経験させていただいた15年間だった。

今所属する仏教系の私立大学に移ったのは3年弱前。社会起業家としての15年間を振り返りながら、次の15年間をこの3年間考えた。これから書くことは現時点での個人的な未来予想である。未来を想像した上で、自分の役割を再定義したいと思ったから。

日本は今大きな転換期にある。「仕事中心社会」から「人間中心社会」へ変わる。「男性中心社会」から「女性中心社会」へとも言える。

ワークライフバランス、女性活躍、ハラスメント防止、イクメンなどは、この大きな変化の一部分に過ぎない。しかも、女性にも男性と同等の権利が与えられるという従来の文脈で考えると、このパラダイムシフトの意味を読み間違う。誤解を恐れずに言えば、男性にも女性と同等の権利が与えられる。

そう遠くない将来、男性・女性いずれも、週4日勤務が当たり前になる。週に働く時間は30~32時間。例えば、夫は月曜日から木曜日まで働き、妻は火曜日から金曜日まで働く。(もちろん週5日働く人がいなくなるわけではありません。現在週5日働いている人の何割かが週4日に移行するという意味です。)

可処分時間は増え、仕事は人生の大部分ではなくなる。育児、家事、趣味、会話、労わり合いが人生の大部分を占めるようになる。それらは仕事中心社会(男性中心社会)では女性の仕事か、人生の手段だった。しかし、人間中心社会(女性中心社会)では男性も女性と等しく時間を費やすもの、そして人生の目的に変わる。

今後「頼れる・モテる男性像」は大きく変わる。これまで週に5日以上働き、高収入の人が頼れる・モテる男性だった。これからは「週に4日働いて、そこそこの収入があって、育児・家事・会話が得意な男性」の方が頼れる・モテる男性になる。

モテる女性像も変わる。「週に4日働いて、そこそこの収入があり、育児・家事・会話が得意な女性」がモテる女性になる。頼れる女性がモテると言っても良い。そして男女どちらにとってもパトーナーに相応しいのは、育児、家事、趣味、会話、労わり合いが人生の目的になっている人たちになる。

仕事の世界も大きく変わる。企業はソーシャルビジネス化、またはエシカルビジネス化する。前者はビジネスを通じて社会課題を解決する。後者はビジネスを通じて社会課題を生み出さない。SDGsはこの考えを内面化している。何よりも消費者が強力に後押ししている。ソーシャルエンタープライズやエシカルカンパニーで働くことは、近い将来、当たり前になる。つまり、ビジネスも経済中心から人間中心になっていく。

教育の役割は既に大きく変わりつつある。特に大学教育は、ソーシャルエンタープライズやエシカルカンパニーで働く人や創業する人を育てることが第1の目的となる。具体的には、SDGsを内面化し、テクノロジー、デザイン思考、多言語などを身につけた人材の育成・輩出である。

大学教育の第2の目的は、「仕事中心社会」ではない「人間中心社会」で幸せに生きていけるようにすることである。人生の大部分を占める育児、家事、趣味、会話、労わり合いをできるようにする。教養科目では、自分をコントロールする力、全体や文脈を理解する力、共感力、愛やケアを内面化する教育が一層注目されるようになる。学生寮はこの文脈上で価値が見直される。

いま、日本の大学教育や企業の人材育成では、リーダーシップや組織開発が流行している。リーダーシップや組織開発の基盤となる資質・能力は、人間中心社会を実現する資質・能力と同義だろう。突き詰めれば、リーダーシップも組織開発も「人間関係」なのだ。

しかし、リーダーシップや組織開発への貢献は副産物に過ぎない。「人間中心社会」では、仕事よりも人間が優先される。そもそも仕事(または株主)中心のリーダーシップや組織開発はやがて機能しなくなる。

仕事も学校も「人間中心社会」を前提としたものに変わる。これがこの3年間考えてきた私の未来予想である。そしてこの社会の変化を好ましいと感じる。その変化”自体”となり、変化のキッカケを創っていくことを自己の主たる役割に据えて、次の15年を過ごしたい。

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