ウィズコロナ社会と小さな共同体

人類が3密を避けない範囲をどう設定するようになるのか?ということについて昨日から考え始めています。

今でも同居する家族間では3密を避けていない人がほとんどだと思います。コロナと共存するウィズコロナ社会がやってくるとした場合、じゃあ一生同居する家族以外とは3密を避け続けるのかというと、人類はそういう人生を選択しないように思うのです。もう少し広い範囲で、3密を避けない小さな共同体を持ち始めるようになるのではないでしょうか。

それは子育てをしていると特に強く思います。子どもたちの心の発達には3密の場面が必要だからです。子どもたちを健全に育てるために、この小さな共同体の中では3密を避けることをやめよう、というふうになるのではないでしょうか。だって、長期的に見た場合、3密を避け続けることの方が子どもたちの将来にとってハイリスクです。

その小さな共同体は子どもたちが自分の足で行き来できる範囲に住む人たちによって築かれるものもあれば、外部から完璧に隔離された山奥に全寮制の学校のような形で築かれるものもあるかもしれません。厳しいルールをクリアした人しか、その学校の敷地内に入ることができないイメージです。バリ島発のインターナショナルスクールである「グリーンスクール」などは、そういった小さな共同体の一つになっていく可能性があると私は思います。

そして、子どもたちだけではなく、若者や大人も、このメンバーの間では3密を避けるのをやめようという小さな共同体が続々と生まれるのではないか、そんなことを考えていました。

その際、重要になるのは個々人の信用・信頼です。それは、小さな共同体の外でコロナに感染するような行動を避けているに違いないという点での信用・信頼です。

これはコロナに感染しても免疫が獲得しにくかった場合のかなり極端なウィズコロナ社会を前提としています。その場合、人は何度でもコロナに感染し、免疫が機能しない以上、ワクチンを開発することもできないのです。

そうでなくても、ワクチンの開発に5年かかれば、それまでの間に小さな共同体は生まれるのではないでしょうか。5年も待っていたら、小学2年生の子どもたちは中学生になってしまいます。

こういった社会は、すさまじい格差社会です。信用・信頼のある親元に生まれるか、完璧に隔離された山奥の全寮制学校に子どもを通わせる経済力を持った親元に生まれるかした子どもたちは豊かな社会性や親友を獲得できる。そうではない子どもたちはその逆……。若者も大人も、小さな共同体に所属できるかどうかは、その人の信用・信頼次第……。

これから人類はどうすればよいのか?それを昨日から考えています。

小さな共同体への所属と排除の格差に比べれば、今危機に瀕している観光業のコロナ対応は(少なくとも長期的には)それほど難しいことではないように私は思います。多くは技術的な問題に見えるからです。

宿泊施設はコテージやヴィラのような独立タイプを中心にし、食事は部屋で食べ、温泉やプールは部屋付き、そして観光施設や自然体験は利用者数を制限するなどの対応を取ることで3密を回避することがかなり可能です。移動はレンタカーやレンタサイクルで。ただ、1回あたりの旅行の費用が上がり、旅行はこれまで以上に高級品になります。

外食産業も個室中心、配膳はロボット、昼も夜も1回転までなどにすれば、3密をかなり回避できます。個室の消毒もできます。ただ、旅行と同様に、外食もこれまで以上に高級品になります。

旅行も外食も、設備投資する余力のない個人・零細・中小には厳しい市場の変化です。これから政府から資金援助が必要だと思います。

消費者にとっては、量より質を求めることになると思います。旅行も外食も頻度が減りますので、住宅(自宅)に投資する人が増えるのではないでしょうか。ペットを飼う人も増えるでしょう。広い住宅とペットを飼える環境を求めて、郊外に引っ越す人が増えるのではないでしょうか。

そういう風に考えると、小さな共同体への所属と排除の格差の方がずっと大きな問題のように私には思えます。旅行も外食も、3密を避けることは不可能ではないですし、消費者側は小さな共同体内では行動を共にできます。小さな共同体に所属しない人たちは、ずっと一人か家族の範囲まで……。この格差は強いルサンチマンを生み、社会を分断するでしょう、きっと。

私たちは、どうすればこのような分断を防ぐことができるのでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?