パラリンピック自動運転バス事故と「技術の社会実装」問題について

2021年8月28日、東京で開催中のパラリンピック競技において、選手村を走るトヨタの自動運転バスが選手と接触する事故があった。

パラリンピック柔道(視覚障害)に出場する北薗新光選手はこれの翌日が試合だったのに、全治2週間の怪我となってしまい結局欠場となった。悲しい。こんな事態に巻き込まれて本当に気の毒だし、ご本人はさぞ悔しいだろうと思う。

僕自身はこの件について内情を知るような立場では全然ないので、あくまで報道で得られた以上のことは知らないという前提でちょっとまとめてみた。

事故を起こしたのはトヨタのバス

事故を起こしたのは、展示会でよくみかける『e-Palette』。20人乗り・全長5.255m・最高時速19km/hという小ぶりでのんびり走るバスだ。横断歩道に人がいると自動検知し、ちょっとわかりにくいけど前照灯?的なものの表示が「待ってるよ・渡っていいよ」という形に変わる。

▼こんな感じで前面の表示が変わるが、いま思うともう少し派手なほうがいいだろう

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事実関係と問題点

現状の報道では、事故発生の流れは以下の模様。

1. 北薗選手は横断歩道に差し掛かっていた
2. バスは横断歩道前で必ず停止する運用
3. オペレータは北薗選手がバスを待つと判断し発車ボタンを押す
4. 北薗選手は横断を始めて接触

これより細かいことは現時点では不明なので、わかる範囲で検証してみる。

横断歩道でクルマが停まらない国、日本

大きな問題は、3.の段階でオペレータが北薗選手に気付いていたのに出てこないと判断し発車させたこと。横断歩道を渡ろうとしている人がいたらクルマは停まらねばならないのは世界共通のルール。歩行者はクルマをみずにいきなり横断歩道を渡ったとしても、クルマのほうが停まる義務がある。

ただ、この基本ルールが特に日本では守られてない。もちろんそのことが事故原因だとは一切言わないが、意識の中で関係はあったかもしれないので触れておく。

アメリカは厳格に守る。欧州も、ちょっと運転の荒い国に行っても、横断歩道で歩行者がいたら停まる。中国は交通ルールみんな守らないが、それでも僕は深圳の横断歩道でクルマがきっちり停まっているのを目撃している。

この点で日本はひどい。JAFの調査では地域差がかなり大きく、長野県ではかなり周知できているが、ひどいエリアは本当にひどい。

東京ではとにかくタクシーが停まらない。横断を始めたら車線を変えて突っ込んで来るレベルでひどい。日本のタクシーはおおむねクソだが、横断歩道で特に痛感する。

で、今回の事故で被害者が「どうみても渡らないだろう」という素振りしてたのかどうかはわからないので断定してはいけないが、もし「横断歩道に差し掛かってるけどクルマが来たら横断はやめるだろう」と考えたりしたとしたら、それは意識に問題がある。

ただしこれも、決してオペレータが悪いと言ってるのではない。

この運用では横断歩道での判断は実質「手動運転」であり、お客様を乗せて運転するとしたらオペレータは当然に二種免許を持っているはず。実際がどうかは僕は知らないが、事故になった以上は運用設計の甘さがあったのではとは思える。

機械のミスを人間が補い・人間のミスを機械が補う

横断歩道での停止・発進の判断は自動運転における大きな課題で、今回オペレータが前述の3.の段階で判断を間違えたのは結果的には事実。

ただし、ただしである。この「人間のミス」は最後の最後に機械のほうが防がなきゃならなかった。最高時速でも19km/hというのんびり走行のバス、発進直後はかなり遅い。

その状況で進行方向に障害物があった。Teslaなどの自動運転車はもちろん、いまや市販車にも自動ブレーキはついており、人間サイズの物体は検知できる。だから人間の判断ミスをオーバーライド(上書き)して停車しなきゃならない。

車内には緊急停止ボタンもあるが、それが操作されたかどうかは不明。そもそも横断歩道通過が実質「手動運転」ならば、単に緊急停止ボタンがあるだけではダメだ。

このあたりを含め「判断ミスがあったとしてもなぜぶつかる直前で停まれなかったのか?」については、ちゃんと検証はしてほしいとは思う。

トヨタは現時点で謝罪コメントのみだが、自動運転というのはこの先100年の人類においてもしかすると最高レベルに需要な技術だから、ちゃんと検証して発表してほしい。

以下、豊田章男社長による状況説明。事実関係を説明し謝罪はしているが、この話に不快感を覚えている意見は多く聞く。

自動運転バスの誤動作経験

僕は、沼津市の自動運転バス実証実験において次の動画のような「ヒヤリ事案」を経験している。

このときのバスは10輪タイプで、自動運転だが運転席にプロの運転手さんが座っている。動画の11秒くらいのところでセンターラインが消えかけてて、それを読み取りそこねたのか反対車線に一瞬突進しかけている。

運転手さんがすぐ反応したし対向車もなかったのでこのあとも何事もなかったかのように運行を続けてたが、数日後に急に「自動運転モードは使わず人間が運転します」ってなってた。僕の動画がバズったから、ではないと思う(苦笑)。

ただね、こんな挙動をしてしまうというのは、公道で走らせるのは拙速だったんじゃないかと僕は思う。この件の詳細が公開されてないのも、証拠動画を撮影した僕に関係者の誰も連絡してこないのも、どうかとは思うんだけれどね。

[追記ここから]
この沼津の件を引き合いに出した理由はふたつある。

ひとつめ。自動運転というのは人を驚かすことのできる素晴らしい技術だけに『功名心にはやる』状況になる危惧をちゃんと考えなきゃねという点。特に、技術者以外に最終決定権を持たせるのは危険ね。沼津のバスなんて、あれじゃ1,980円で売ってるライントレースカーじゃん。あんなレベルの制御で自動運転とかって言わないでよと当時は思ったからね。

ふたつめ。自動運転車の運転席に座る人の心理が、この沼津の動画でよくわかる点。このときの運転手さんはバス会社のプロの方で、挙動への察知は非常に早いのだけれど、「自動運転に任せるか・人間が手を出すか」の判断というのは常に迷いを生じるよねっていうのがわかる。

Teslaの自動運転は、制御の素晴らしさに驚くとともに、自動運転システムがいま何を検知しているかがわかりやすく表示してくれることでも運転者に安心感を与えてくれる。特にアメリカの道で走ると、これを感じる。

周辺車両検知・歩行者検知のシステムではイスラエルの「Mobileye」が有名で、Teslaも当初は同社のチップ(SoC)を採用していた。その後いろいろ揉めたりしたので技術のどの部分をどの社が開発してるかは僕は知らないのだが、歴史と資金を積み上げた素晴らしいシステムが世の中に存在する中、今回のバスはどうだったのだろうか。

もう1点、これは「もしかして」というあやふやな話なので聞き流してほしいのだが、周辺物体センサが満載されてる自動運転車が、ごく低速(報道によると時速1~2km/h)で正面にいる人にぶつかるというのは、ちょっと考えにくい。もちろんセンサは万能ではないけれど、「過敏すぎるからオフってた」なんてことはないだろうか。ないことを願う。
[追記ここまで]

自動運転のインシデントは隠さず共有を

オリンピック開会式で目立っていたドローンはインテル® Shooting Star™ システムだったりで、オリパラという技術アピールの好機に自慢できる日本の技術があまりない、という悲しくも実情を反映した状況になっちゃってる。

その中で数少ない自慢ネタの自動運転バスが、こともあろうにアスリートをはねて怪我をさせ、試合に出られなくしてしまった。

これはいまだ「技術立国・日本」とか絵空事言ってる連中には都合の悪い話ではあるけれど、自動運転における事故事案はちゃんと共有して活かしてほしい、とは思う。

責任はどうなる?

もうひとつ注目される点、それは責任の所在だ。自動運転での事故で全治2週間の怪我という悲しい結果を生んでしまい、警視庁月島署が捜査をしているわけだが、これ誰の過失責任になるのだろう?

もちろん現行法では進行という判断をしたオペレータに責任がある、という話になるだろう。でも自動運転車というのはいくつもの事故防止策が講じられていて、このように目の前にいる歩行者にぶつかってはいけないもの。

仮にこれがローラーコースターであったら、まずは設営者に大きな責任が問われるわけだが、果たして今回をどう判断するだろうか。

ここまで書いた通り、僕はオペレータが責任追及されないことを願っている。

技術の社会実装は、社会の変様も必要

こうした事故は防がねばならないが、かといって自動運転の実証実験はひるまずどんどんやってほしい。

ただ、今回の選手村での走行は「実証実験」ではなく「実用」。つまりe-Paletteを実用レベルで使おうという決断をした人がいる。こうした決断は、必ず技術をよくわかってる人が行ってほしいし、技術者が最終的に「ダメ」と言える権限をちゃんと持たせておいてほしい。

そして、横断歩道での歩行者の横断意思というのは機械に判断させるのが難しい。となると横断歩道にボタンをつけておくとか、車道側に半歩でも出たら自動的にクルマを停めるルールにするとかのように、自動運転車だけじゃなく道路側・システム側・社会側にも対応が必要。

こうした「新技術の社会実装をどうするか?」というのは、今後の世界においてものすごく重要なのだ、と僕は常日頃思っている。

最後にお願い

僕は前述のとおり、アキバで小さなお店をやってる「56歳のそこいらのおっさん」で、人生いろいろあって大学も出てないのだが、実はこの「技術の社会実装」をこの先の研究テーマにしたいと思っている。

そのため、このテーマに取り組むために、僕を学生として受け入れてくれる大学院を探している。そういうの検討してくれる先生がおられたら、ぜひよろしくなのです。外部応援スタッフとして関わらせてくれる企業・学校・研究機関も含みます。


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