見出し画像

『積極的に消費』しないが『儲けたい』志向の“リッチゾンビ”。

今の時代…増殖してるこの方たちが増えるとどうなるか?
先進国(最近言わないか…)の成長は消費する新興国頼みということになり、そこが足踏みすれば経済危機が訪れる。
どういうことか?ちゃんと説明しよう。

リッチゾンビ というのは筆者の造語(和製英語)だ。
ゾンビという命名は過激だが、まあまあ的を射たネーミングだと思ってる。
簡単に言えば、お金を儲けたい(クラスアップ)欲求は強いが、使いたい(消費)欲求は弱い人。最近で言えば例えば以下のような人

スタートアップ経営者で、仕事が生きがい。年収3000万円超で、忙しくてお金とか使ってる暇はない……。
なので、年収は投資につぎ込みつつ、ビジネスの勉強会やサロン、交流会には熱心に参加するが、消費は慎ましやか。派手な遊び、思いつきでのお金の使い方はせず、買物の大失敗したり大損もしない。年収に対する支出は安定的で、健康的で周りから羨ましがられるような生活を維持して、都内の良いロケーションに住み続けられればOK。

『何が悪いの?』と思うかもしれない。

まずはその生活をイメージして見よう。
年収3000万円の場合、税金その他に4割持っていかれるので手取りは1700万円強程度だ。
それで上記のように、衣食住の生活費+余暇費に年間800万円、住宅費に400万円、自分磨きに200万円、残りの300万円を貯蓄や個人投資。
このくらいちゃんとお金を使う人ならまだ良いと思う。
実際こんなに使わず、貯蓄と個人投資が4割(700万円)以上とかの人が最近多いのでは?と感じる。

それとは別の観点。
上記の前者のようにちゃんとお金を使う=消費活動をしてる人でも、買うものやサービスの価値を見定めず(見極めが付かず)に、同じようなクラスの人が集うサロンに出入りをして、その人たちが着ている・持ってるブランドを意識して買物、食事する場所も周りをみて判断。一人のときはとっても質素。目立つと叩かれるのでアクションは控えめに。実は高いものを買ってもひけらかさず、密かに自己満足に浸ってる。次回のプランはちょっとランクアップしようかな?……これはこれで困る。

『何が困るの?』とまた思うかもしれない。
経済にとってNGの理由をまとめて説明すると、

そもそもお金使わない人 のNG面
この人たちが増えても個人消費が増えないので経済を萎ませる。

お金は使うけどバランス志向が強く周囲を見回して消費する人 のNG面
商品のクオリティやテイストへの理解が浅くて常にポジション消費。モノやサービスの『価値認識』が雑で、新価値を『発掘』しない。なので新しいブランドや商品、サービスを引っ張る『育成型の顧客』にならない。

ということだ。

どうしたわけか、最近の世の中、消費、プライベート・エンジョイ、素敵な生活とかではなく、『仕事と金儲け』に興味が引っ張られてる。書店の新書コーナーを眺めてみるとわかるだろう。仕事と金儲けとそのためのメンタル強化の啓発本ばかりだから。
Start Upブームだから……というのもあるだろう。一方で消費生活を取ってみると質素というか倹約型というか…トレンドワードで言えばサスティナブルだ。そして起業に関心の高い人、GAFAのようなサクセスストーリーを頭に描いてる人は、必然的に取り組むビジネスもB2B(法人ターゲット)寄りのことが多い。たぶん消費者感覚とかお金の使い方がイメージできないからかな?

でも、民間企業だろうが公的機関だろうが、彼らの直接の顧客が企業だとしてもその収益は最後は個人消費で贖われないと成立しない。法人顧客は趣味で投資や費用捻出するわけじゃなくて、収益による回収が目的だからだ。貴方の会社の顧客が企業だったとしても、その顧客の顧客は?と追っかけてゆくと最後は『消費者(生活者)』に辿り着く。

なのに……
世の中の儲けてる人が自分の意志で選択的に消費しない、したとしても海外にお金を落としてしまう……そんなケースが多発する。
もちろん、やたらモノを買ってどんどん捨てろ!と昭和カルチャーに引き戻そうと言ってるわけじゃない。コト型サービスでも、シェアエコノーミーでも構わないから『誰かが生み出した新しい価値をちゃんと使おう』『そしてその価値に対してお金を払おう』という話。

僕が日ごろ“目の敵”にしてる(爆)①ミニマリスト諸氏や、最近増えてる➁モノは買わないがコト&体験志向の人でも、
持論が明確に有ってお金をかけるところと掛けないところが明確な人
観光、カルチャーイベント、こだわりレジャー、eスポーツ、地域イベント、フェス、飲食、DIY、ペット、趣味サロン、etc…などにエッジの立った支出(消費)をしてくれる人、は素晴らしいと思う。

遊びでもライフスタイル全体でも『品行方正』『堅実』で、チャレンジブルなお金の使い方をしない人は、残念ながら消費をリードしない。

※まあこんな世の中になってくるとお金を落とさない当事者だけを責めるのは筋違いかもしれない。

コト志向の経済構造やサービス構造を構築するなら、コト(サービスやロケーション、プロデュース)に対してお金払う構造にしないとダメなのだ。公園であろうが、ショッピングモールであろうが、図書館であろうが、日帰りの観光地だろうが、開発と日々の整備や維持にお金がかかってるわけなので、入場料を取らない、というのはホントは問題。それをやらないということは、整備してる人とか維持してる人たち……主に非正規雇用の労働の報酬を『買いたたいている!』ということだ。

ここでちょっと反論を受け付けよう。

いやいや、消費はしなくても、報酬の半分くらいを
『寄付してる人
は素晴らしい人じゃないか!

確かにニッポン社会は欧米に比べるとお金持ち・中流層に寄らず、寄付(donation)という習慣が弱い。
なので、自らの意思で(売名行為じゃなく)、世の中のあるべき姿をイメージして個人が寄付を行うのは大歓迎だ。
なんだけど、寄付という行為を通じて、社会的な課題を解決しつつ、経済を活性化させるには、供与したお金の使われ方に対する工夫と監視が必要だ。欧米だとその辺の意識が高い人もいるし、あとは受け皿となって正しくお金を使う団体があったりする。

実は寄付も消費と同じでお金の足りない人や障害のある人にただお金をばら撒いても(石川五右衛門的)効果は出ない。寄付の対象として社会課題とか問題がそこにあるなら、使われたお金が人、組織、しくみ、財源という形でその後に循環して課題を解決するメカニズムがない(育てない)と、その場だけの場当たり的な(次の時代を生まない)ばら撒きに終わっちゃう。

そして寄付を受ける対象となった人たち、社会的弱者、被差別を受けてる人、障害を持ってる人、教育を受けられてない人、ワーキングプア……などが障害を克服して、次の消費や市場を生み出してもらわないといけない。
その意味で、寄付もやっぱり消費経済を活性化する手段なのだ。
クラウドファンディング的な寄付できちんとプロジェクトマネジメントおよび事業監査されてゆけば良いのかもしれない。

もとい!
消費しないのにお金を稼いでるリッチゾンビは、自分のところにお金を貯め込むだけで経済(お金)を還流させない。これって経済観点で見ると市場成長を阻害する『A級戦犯』だと思う。
そしてその背景は、
生活や文化の楽しみ方を知らない…生活への向上心や探求心がない、在ったとしても対外的な見栄しかない ということなのだと思う。