観光地を「◯◯のマチュピチュ」「◯◯のウユニ」と表現するのは、もうやめないか

絶景プロデューサーの詩歩です。

最近はSNSを通じて個人の情報発信が活発になり、新しい観光スポットの発掘が進んでいます。

これはとてもいい傾向で、これまでめぼしい観光地がなかったエリアにも観光客が訪れるようになり、地域にお金が落ち、経済が回るようになる。さらに、地元の人が自分たちの地元の魅力を再発見するきっかけになる。

とてもいいことです。

ただ、こうして発見される新しい観光地について、最近思うことあります。

それは、その観光スポットにつけられる「キャッチコピー」。もっとよく考えたほうがいいのではないか、と感じることが多いのです。

例えば、CMの舞台になったことで一躍話題になった、兵庫県朝来市にある「竹田城跡」。

雲海の上に城跡が浮かぶ様子が「天空の城」と言われ人気ですが、その光景は「日本のマチュピチュ」と表現されることも。

私も雲海を見るために早朝に訪れて雲海の光景を拝めましたが、本当に美しい景色でした。

しかし、この地が話題になったのをきっかけに、日本各地に「◯◯のマチュピチュ」が誕生することとなります。

「東洋のマチュピチュ(愛媛県別子銅山跡)」「岐阜のマチュピチュ(岐阜県揖斐川町の茶畑)」「宇佐のマチュピチュ(大分県宇佐市)」に始まり、

「天空の城」と呼ばれる、小高い丘の上にある城郭が雲海に包まれやすい「備中松山城(岡山県)」や「越前大野城(福井県)」「赤木城(三重県)」も、「◯◯のマチュピチュ」とキャッチコピーをつけられる事が多いです。

また、日本国内のみならず、私が先日訪れた、韓国プサンの「甘川洞文化村」も「韓国のマチュピチュ」を目指すプロジェクトとして作られています。("韓国のサントリーニ島"とも。)

つまり、「山の高いところ」にある城郭・集落・遺跡などで、景色の良い場所は、なんでもかんでも「◯◯のマチュピチュ」というキャッチコピーで紹介されてしまいがち、ということ。

あたかも、「マチュピチュ」という名詞自体にその意味があるように。

ただね、思うんですよ。

このキャッチコピーつけてる人は、絶対に本物のマチュピチュを訪れたことがない、と。

本家を見たことがある人であれば、「◯◯のマチュピチュ」というキャッチコピーはつけないと思います。

私は大学の卒業旅行でマチュピチュに訪れていますが、それはそれは歴女心をくすぐられる壮大さ。

四角く切り取られた、映像や写真で見るのとは、全然違います。

マチュピチュ自体に向かう道までもがスリル満点(まじで落ちそうな断崖絶壁の細い道を、大型バスで猛スピードで登る)でワクワク感を掻き立てる。

門をくぐってからも、驚きと感動の連続。

階段を登りきってから、目の前にこの景色が広がったときのテンションのあがりようといったら…!

標高2000m以上もあるこんな標高が高い山の尾根に、なぜこんな立派な集落が作られたのか。

今でも研究が続いていますが、1911年に、山の茂みからこの遺跡を発見したビンガム教授の感動を想像してみると、涙が出てきます。

▼マチュピチュ背後の山「ワイナピチュ」からの景色。眼下の山の尾根がマチュピチュ。棚田の凄さといったら。

遺跡の中には、リャマなどの動物がたくさん住んでいて、迷路みたいな遺跡の石垣を巡りながらの動物との出会いも楽しめる。

Google画像検索で出てくる「ただ山の尾根にある遺跡」という絵面だけではない。むしろそこは序の口で、そこから先の物語が、本家マチュピチュの魅力。

マチュピチュは「世界の人気観光スポットランキング(TripAdvisor)」で「世界1位」を獲得していますが、世界中の人が恋い焦がれる、それほどの魅力があるというわけです。(ちなみにこのときの日本最高位は25位の伏見稲荷大社)

そして、先程例にあげた、本家以外の「〇〇のマチュピチュ」。その場所や景色自体は、個性があってとっても素敵なんです。

でも本家「◯◯のマチュピチュ」と、具体名を挙げて比較して表現されてしまうと、

せっかく、それぞれ背景には個性あるストーリーがあるのに、オリジナリティがなくなってしまう。

せっかく現地に来た観光客も「わ〜!山の上に本当に城跡がある〜!これが"◯◯のマチュピチュ"なのね〜!」までの情報で止まってしまう。

もっと深い歴史や物語があるのに。

これって、本当にもったいない!!!

先程例にあげたいずれの観光名所は、それぞれ個性ある美しい景観。私も何箇所か訪れていますが、各々が本当に綺麗な場所なんです。

ただ、その美しさは「マチュピチュ」とは違う。違う良さが、あるんです。

みんな違って、みんな良い。

何も、”世界一の観光地”であるマチュピチュと比較する必要はないと思う。そのスポットならではの特別な良さを見つけ、表現していきませんか?

私とまったく同じ発言をされていたのが、別子銅山跡(愛媛県新居浜市)を訪れたペルー大使。

市が「東洋のマチュピチュ」のキャッチコピーについて、本家ペルーからお墨付きを得るために在日ペルー大使を招待した際、ペルー大使が取材に対して、

「マチュピチュと比べるというよりも、東平(=別子銅山)そのものが素晴らしい場所だということを世界に広めるべきだ」

とコメントされています。

▼別子銅山跡に掲示してあった新聞記事

本当におっしゃる通り。

別子銅山の、生い茂った山の中に潜み、霧がかった中から突如現れる要塞のような石積みは、ゲームのダンジョンのようで雰囲気があって、本当に素敵な場所。

▼別子銅山跡(頑張ってマチュピチュっぽく撮ってみた写真)

マチュピチュのような開けた観光地とは、全く雰囲気が違う良さがあるんです。特に廃墟のような雰囲気が好きな方は、ぜひぜひ訪れてみてください。

わたしも自信を持って推薦するスポットです。

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ただ、こうした、ある種の「誇張表現」が生まれやすい風潮になっているのも事実。

WEBサイトやキュレーションメディアで記事のPV数をあげるには、どうしても記事のタイトルをキャッチーにする必要がある。すると「◯◯のマチュピチュ」は短い文字で端的に表現でき、なおかつ驚きがあるので、PV数に直結しやすい。

その記事を見て実際に現地を訪れた人たちが、SNSなどで「”◯◯のマチュピチュ”に行ってきた」とUPしていくと、命名者もないままに、自然とそのキャッチコピーが定着していく。

こう書いている私自身も、その昔このことの気づく前は、いろんな観光地をこうした表現で紹介していたと思います…なんという表現力のなさ、、猛省しています。m(_ _)m

私自身も、自分の目でみた景色を、オリジナリティある表現で発信・紹介できるようにならないと、と強く思います。

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ちなみに、「マチュピチュ」だけでなく「◯◯のウユニ」も同じく日本国外に乱立しています。

「ウユニ(塩湖)」は、南米ボリビアにある塩湖で、雨季に水が張ると360度鏡面世界になる天国のようなスポットです。学生の憧れの旅先No1.じゃないでしょうか。

そして、その”鏡面世界”感が似ているという理由で、「◯◯のウユニ」と表現されている場所は、国内外でこんな場所があります。

これらの記事内であげられているスポット、「本当にウユニ塩湖のような場所なのか」を確かめるために、何箇所か訪れました。

それぞれ、空が地面に反射する光景、とても幻想的で良いんですよ。

「写真」という画角で切り取ると、空が地面に反射している光景は、本家も"日本のウユニ"も似ている。

ただ、本家ウユニ塩湖の魅力って、画角で切り取る以上の、beyond descriptionモノなんですよ。360度の地平線まで続く、見渡す限りの鏡面世界。さらにそこに自分が入り込めるっていうのが一番の感動ポイントなのです。

ただ反射している光景を、レンズ越しに切り取るだけじゃあ、ないんです。

リフレクション(反射)の景色を好むのは日本人特有ですが、水がある場所ならどこでもリフレクションする可能性があるので、新たな観光地スポットになりやすい。

だから「リフレクション」で新しい風景が切り取られ、発信されることは、とっても良いことなんです。もっとリフレクションスポット、発見されてほしい。

でも。ただ。

目の前の景色が鏡面世界になっているからと言って、その風景を「〇〇のウユニ塩湖」と表現してる人に伝えたい。

「本家は1万倍くらいヤバイんだよ!!!まずはボリビアで本物を見て、それから言ってくれ!!」、と。

現場からは以上です。


絶景プロデューサー 詩歩


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なお、本家マチュピチュとウユニを見た上で、「◯◯のマチュピチュ/ウユニ」と呼べるスポットがある!という方は、ぜひ私まで教えてください!勉強させていただきます。

▼注意

今回の記事では具体的な観光スポットを挙げていますが、それぞれのスポットを否定しているつもりは全くありません。それぞれ素敵な場所です。ぜひ訪れてください。マチュピチュやウユニの名前を使わずとも「みんな違ってみんな良い」のです。それらの"誇張表現"が独り歩きしてしまう危うさを伝えたい、という内容です。様々な事情で本家に行けない人が、手軽に日本で似た光景を見られるなら、どんどん見たらいいと思います。

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絶景プロデューサー詩歩

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コメント4件

テレビでも、「日本にもウユニ塩湖があった」と取り上げられてるのを見たことがあります。
確かにきれいなところでしたが、ウユニと比べると…って思ってしまいました。
ちょっと残念でした( ノД`)…
初のコメントを失礼します。
観光地の絶景を否定する訳ではないのですが、本家に似ているからといって「◯◯のマチュピチュ/ウユニ」とは、どうかと思います。
個人的意見ですが…(^^;)そこの良さをもっと違う表現でPRして欲しいと思います。
詩歩さんの投稿で満足してますが、遺跡等が好きなのでピラミッドにスフィンクス、アンコールワット、マチュピチュ、ナスカ地上絵など本物の絶景をいつか実際にこの目で見に行くのが夢ですヽ(^。^)ノ
現地には行けなくても、似たような場所を体験できるのは大切なんだなと思いました。でも、本家とは違うということを自覚して、改めて絶景とは自分で体験しなければいけないんだなということもわかりました。勉強になりました。
観光地だけでなく、例えば野球で「○○のダルビッシュ」なんてのも同じように使われますね。ひと目ていいピッチャーなんだな、と読み手に思わすことができるので。
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