コムデギャルソンのショーにお客として呼ばれたときに着る服がない

以前、コムデギャルソンのショーの観客達のファッションスナップをネットで見た。
https://www.wwdjapan.com/712604

衝撃だった。コムデギャルソンの服を思い思いにコーディネートしてやって来られたみなさん、全員がSF映画の登場人物かのようだった。肩幅が異様に大きなコートや漫画の書かれた異様に大きなコート。私は、見慣れたものがよく見ると異様に大きいとか、よく見ると異様に小さいとか、一部だけ極端に大きいとか、一部だけ極端に小さいとか、そういう種類の違和感フェチなので、つくづくこのファッションスナップにも見入ってしまった。中には、一見しただけでは構造の把握できないお洋服を着こなされている方も少なくなかった。AKIRAなどのアニメで、街になんらかの異常がおきて細胞が異常に増殖しぶくーっといびつに膨れたときの人、みたいな状況を彷彿とさせるコートなんかもあった。さまざまな方向性で、なにかしらの奇妙さを洗練させた人たちが堂々と集う様子になんとも言えない強い感銘を受け、ファッションのことは全然わからないが、コムデギャルソンってすごいな、と感じた。

このできごとを仮にも私の身に起きたコムデギャルソンショック2018と名付けるとすると、このコムデギャルソンショック2018以降の私には非常に困ったことが起きてしまった。友達と外で会って、お酒を飲む。酔って家に帰って1人になる。そのたびに、自分がもしコムデギャルソンのショーに呼ばれたら何を着ていけばいいのか、ということを考え、焦燥感にかられ、いやいやいやいや、どうしよ、ちょっと全然見当もつかないんだけど、なに着て行けばいいんだろ、と途方に暮れてしまうようになったのだ。

当然のことながら私はコムデギャルソンのショーのに呼ばれていない。そしておそらく今後、かなりの確率で一度もコムデギャルソンのショーに呼ばれることのないまま死ぬのだろう。しかし、コムデギャルソンショック2018以降の私というのは、ことコムデギャルソンに関することとなると、そして加えてお酒が入ると、そのように現実を冷静に判断できない。呼ばれることはなかろうが、自分がショーに呼ばれたら、ということを考え、焦り、不安にならざるを得ない。そんな自分から逃れられなくなってしまったのだ。

あるとき私はふとひらめいた。
いつコムデギャルソンのショーに呼ばれてもいいように、コムデギャルソンの服を、せめて一着だけでも持っておけばいいんじゃないか、と。一着でもあれば、それがお守りとなってくれるかもしれない。酒を飲んでコムデギャルソンのことを考えて、ショーに呼ばれたことを思って焦っても、大丈夫、私にはあの服がある、と私に安心を与えてくれるに違いない。
それで私は満を持して、新宿伊勢丹のコムデギャルソンに足を踏み入れた。驚くべきことに、そこにはほんの少しの懐かしさがあった。

10年以上前、東京に出てきたばかりの頃、私には一度強烈なモード期が訪れて、前髪を半分白にして耳の上あたりを刈り上げてヨウジヤマモトばかり着ていたことがあった。そんな感じでベビーカーを押していたことがあったのだが、そういえばあのときの私はコムデギャルソンにギリギリまで接近していたのだ。実際、大体のデパートでヨウジヤマモトはコムデギャルソンのお隣あたりにある。だから馴染みのヨウジヤマモトを訪れたついでにさらりとコムデギャルソンを冷やかす、なんてことをきっと、何食わぬ顔でしていたんだと思う。若かったし。だから、そこから10年経って36になった今、独特の雰囲気、独特の圧を感じながら何食わぬ顔を装ってコムデギャルソンに入ったとき、あ、ただいま、という気持ちに、なったとまではさすがに言えないが、この空気、知らないではない、という気持ちになった。それで少し安心して店内を物色していると、突然、これだ、というものが私の目に飛び込んできた。それは、黒いコートにスカートのついたワンピースのようなコートで、何を言っているのかわからないかもしれないがそういうものだった。その、一見して構造の把握できない服に私は魅了され、これしかない!とたちまち強い衝動に駆られた。
私がコムデギャルソンのショーに呼ばれたら、これを着ればいいんだ!!!
しかし直後に値段を見て言葉を失った。42万。強いショックで正確には覚えてないけど四捨五入したらたしかこんな感じだった。桁を見間違えたかなと何度か確認したが間違ってはいなかった。コートでもありスカートでもありワンピースでもあるコート。コートとスカートとワンピースとさらにコートを買って42万と思えばひとつひとつは10万5000円、安いもんじゃない、と心の中の悪魔も囁かない。すっかりなりを潜めている。試着を勧めてくれる店員さんに、また来ます、と告げ、意気消沈で店を後にする。

そんなわけで、未だお守りを手にできていない私は酒に酔うたびに、コムデギャルソンのショーに呼ばれた日のことを思って慄いているのである。


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