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1.ゴミ箱は家の肛門

部屋が散らかったな、というときは大抵、捨てるべきゴミがテーブルの上や台所に放置されているときだ。ではなぜゴミが放置されているかというと、私を含む家族の誰かが横着をして放置しているか、もしくは捨てようと思ってもゴミ箱が満杯になってるからだ。

我が家のゴミ箱はキッチンにしか置いていないので、ゴミを捨てようと持っていってもゴミ箱が満杯だと、捨てられないゴミはとりあえず調理台に置かれる。すると狭い調理台がふさがり、今度は料理ができない。ヘトヘトに疲れているときにこの惨状に出会うとつい心が折れて、もう今夜は出前を頼もうか、ということになり、その出前のゴミがまた出て、キッチンに積まれる。そんなわけだから、ゴミ箱がいっぱいになると暮らしは停滞してしまう。

生活は循環だ。私達の体は、空気を吸って、二酸化炭素を吐く。食べ物を摂取して、排泄する。延々と繰り返される”入れる”と”出す”を支えているのもまた、いついかなるときも体中を巡っている血液であって、体は循環で維持されている。これと同じように、生活もまた、循環で維持されている。なぜなら家は大きなひとつの生物だからだ。私達は外から家にさまざまなものを持ち込む。食べ物、家具、衣類、新しい空気、客人、新しい住人。これは全部、家の摂食なのだ。大事なものが包まれていたパッケージや、もう一度使われて不要になったもの、持ち込んでみたけれど家に馴染まなかったものなんかはすべてゴミになり、家からゴミ箱を通じて排泄される。

私は先日、susonoというコミュニティのトークイベントでお話させてもらった際、ふと思いついてこの循環とゴミ箱の話をして、「ゴミ箱は家の心臓のようなもの」と言ったけれども、よくよく考えるとそれは大きな誤りだった。ゴミ箱は心臓ではなく、肛門だったのだ。

もういい大人なのにも関わらず、「肛門」というだけでなにか可笑しさがこみあげてくるのは「肛門は出す場所?入れる場所?」という腐女子ジョークがある、という話をかつて娘に聞かされたからだ。けれども真面目な話で、肛門が詰まったままでは生き物は死んでしまう。同じように、ゴミ箱がいっぱいのままでは、家が死んでしまうのだ。


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愛と家族と社会について考える作家、エッセイスト。著書『家族無計画』(朝日出版社)http://amzn.to/2bD3t7t 『りこんのこども』(マガジンハウス)http://amzn.to/2bD42y8 東洋経済、クロワッサン、ブロゴス等で連載中。 #もぐら会
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