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足音がある悲しみを含んだ幸福

猫と暮らし始めて、たぶん
18年くらい経つ。

犬2頭も加わったのは、
4年くらい前からだろうか。

旅先やキャンプ、
はたまた彼ら全員が
病院に行っていたりするときに
ふと驚くのは

彼らの足音がしないことである。

キャンプっていうのは
言い過ぎか。
キャンプはあまりに
日常と違いすぎる上に
音が多い。
薪の爆ぜる音や
風や木々の葉、
波の音など。
その存在が多すぎて
比較しづらい。

が、ホテルなどに
宿泊してベッドに着くと
いつもは聞こえてくる
ベッドに近づいてくる
小さな生き物たちの足音が
ないことに驚く。

妻は、一緒に暮らし始めた当初は
気づかなかったが、最近は
それとわかるようになったのは
猫の足音。

しとしとと床に圧力をかける。

わんこたちは、
音など意に介さずに

あっちへいったり、
こっちへいったり。

わたしと妻の日常は、
その平和や恒常性は
彼らの足音が保証している。

そしてわたしたちは
たぶん1秒の油断なく
彼らの命が有限だということを
忘れてないでいる。

だからいつか
いつもの我が家にいて
なお、彼らの足音が
しなくなる日があることを
宗教のように信じているというか
額にいれてかがげて
神妙な面持ちで眺めている。

そんな僕らには、
夜中だろうが
早朝だろうが
忙しいさなかであろうが
彼らの足音を

命の音

として捉えている。

そしていついかなるときも
愛おしくそれに耳を傾けたうえで
ほうっておいたり、
対応したりしている。

放置するときだって
かれらが直後に
死んだって後悔しないだけの
覚悟をもっている。

まあそんな覚悟はさておき、

犬にしろ、
猫にしろ、

彼らの足音は

ほぼ福音である。


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おおたしじみ

文章を書きます。

うたかたのしじみ

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