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シカク運営振り返り記 第5回 香山さんのトークイベント(たけしげみゆき)

インディーズ出版物のお店・シカクの運営振り返る連載です!
過去の記事はこちら。

 当時の店長Bが大ファンであった漫画家の香山哲さんを招き、初めてのトークイベントを行うことになったシカク。
 Bはついに念願叶ったという感じでウキウキしている。しかし私はめちゃくちゃびびっていた。
 そのころの私は、頭がいい人と喋るのが怖くて仕方がなかったのだ。

 シカクがオープンしてから3ヶ月。その間に来たお客さんは、ほとんどが私より一回り以上年上の大人。ミニコミ書店などというスーパーマニアックな店にオープン直後に関心を持つだけあって、誰もが何らかのジャンルに対して知識を持っていた。喋り方もなんだか知的で、いかにも頭がよさそうである。

 一方、大阪府の端っこの田舎町で生まれ育ち、一介のオタクとして漫画やゲームや同人誌に親しみ、専門学校で課題に追われてモラトリアムもなく卒業した私は、サブカルチャーのことをなんっっっっにも知らなかった。ライブハウスに行ったことがあるのは数えるくらい。映画を観るのも年に数本。芸術家やイラストレーターの名前もろくに知らない。ガロの存在は知っていたが、中途半端な知識しかなかったため、原稿料を払わないヤクザな雑誌だと思っていた。Bは私より多少の知識はあったが、それでも「ちょっと変わったものが好きな大学生」という程度。

 そんな我々に「頭のいい大人たち」は冷ややかだった。
 会話に出てきた固有名詞に対して「●●ってなんですか?」と聞くと、「そんなことも知らないの?」と呆れた顔をされる。そして「まあ知らないならしょうがないね」と説明もせず話を変えられてしまう。自分なりに話を合わせようとしても、「いや、それ違うでしょ」と鼻で笑われる。今ではそういった態度は「マウンティング」と呼ばれて揶揄の対象になっているが、当時はそんな言葉は存在しなかった。
 大人といえば親、教師、バイト先の社員など、指導者的存在と接した経験しかなかった私は、初対面の大人から繰り返しバカにされ、自分の知識のなさがどんどん恥ずかしくなっていった。
 こんなにバカにされるということは、無知は恥ずかしいことなのだ。無知なくせに店なんてやっているからバカにされるのだ。私はバカにされるのが怖くなり、次第に知らないことを知らないと素直に言えなくなった。知らない単語が出ても知っているふりをしてやり過ごし、相手がトイレに行ってるすきにこっそりインターネットで調べたりして無理やり話を合わせるようになった。
 そして会話の中で自分のわずかな知識を披露できるスキがあれば、バカにされないよう彼らの真似をして偉そうな話し方をしていた。

 香山さんと話したことがなくても、相当頭がいい人らしいということは、Bから聞く話やブログの文章で伝わってきた。それはそれとして楽しみつつも、頭いい人恐怖症に陥っていた私は「香山さんの応対はBに任せよう。私はボロが出ないようにあまり話さないでおこう」と密かに心に決め、イベント当日を迎えた。



 結論から書くと、香山さんは私がそれまでに出会ったどの大人よりも頭がよかった。
 にも関わらず、無知や無学を一切バカにするような態度は一切取らなかった。
 それどころか、自分が主役のトークイベントにもかかわらず「知識を分け与えよう」というような上から目線の雰囲気もまったくなかったし、そう思われないよう細心の注意を払ってさえいた。

 イベントのタイトルが「漫画家が趣味でやってる原発研究-その成果と報告-」だったので、私は香山さんが「原発にこういう理由で反対だ or 賛成だ」というような話をするのだと思っていた。
 しかし香山さんは、自分がそのどちらであるとも言わなかった。客観的に淡々と、自分が原発について調べたこと、感じたことを話した。
 
・たくさんの人と同じように、それまで原発の存在自体について考えを巡らせたことがなかったこと。
・事故が起き、そんな危険なものがどうして日本各地にあるのか不思議に思ったこと。
・建設当初、原発が「夢のエネルギー」とされ、多数の有識者が熱心に応援したこと。実際、原発があることにより発展した分野や支えられてきた部分がたくさんあること。
・原発周辺地域や作業員など、原発がなければ生活が成り立たない人たちの存在。
・そういったことを知っていくほど、一概に「反対」とも「賛成」とも言えなくなってきた、ということ。
・今の世の中は、かなり原発反対に寄っている。その感情はもちろんわかるけど、危険な感じもするということ。
 
「『右に思いっきりハンドルを切ったら事故ったから、次は左に思いっきり切ろう』ってやってたら、結局同じことなんですよね。反対と賛成の2つしか選択肢がないわけじゃない。「段階的に減らして最終的にはゼロを目指す」とか「基数は減らすけど完全にはなくさない」とか、100と0の間の選択肢はいくらでもある。それを慎重に考えたほうがいいんじゃないかと思います」

 昔のことなのでディティールは違うかもしれないが、だいたいそのようなことを話したと記憶している。
 トークイベントで話しているのに、つまるところ「わからない」が結論だなんて、なんだか不思議だなあと思った。そういう人がいて、そういう考え方があるんだな、と。
 そして自分は、言われてみるまで意識もしなかったけど、物事をどこか白黒で判断したがるところがあったんだなと気が付いた。



 終演後、お客さんが帰って、部屋の中は私とBと香山さん、そして香山さんの家族のYさんだけになった。
 私はあらかじめ心に決めていたように、香山さんとほとんど話さなかった。イベントの感想を言いたい気もしたが、ただでさえ人見知りでどんな言葉をかけたらいいかわからなかったし、喋るとボロが出てバカがばれるかもしれないと思うと、怖くて話せなかったのだ。そのため香山さんとBが話している間、Yさんと他愛のないお喋りをしていた。
 そのうち話題は、当時シカクで保護していた犬になった。

「実は今、飼育放棄された犬を一時保護してるんです。今日はイベントなので、友人に預かってもらってるんですけど……」
「えー!写真見たいです」
「いいですよ!パグとチワワのMIXで、上半身がパグで下半身はチワワで、変な見た目なんです」
「わ~!かわいい~」
「でしょ~!」

 写真を見ながらほのぼのはしゃぐ私とYさん。すると突然香山さんが、
「僕も写真見たい」
 と話しかけてきた。
 香山さんは動物に興味がなさそうだと思っていたので、びっくりしながらも写真を見せると、
「わあ。……かわいいね」
 と、その日一番の笑顔で顔をほころばせた。
 その笑顔を見て私はようやく、「もしかしてこの人、そんなに怖くないのかも」と気付いた。


 そのイベントの日をきっかけに、我々4人はだんだんと親睦を深めるようになる。

上半身がパグで下半身はチワワの犬、ケンちゃん。その後飼い主候補のマダムが現れ、私よりお金持ちになりました。よかったね。

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