ニンジャスレイヤー二次創作【プライベート・コミッション・オブ・ニンジャ】

(読者の皆さまがたへ)本作品は某フォロワーさんの誕生日記念として執筆されたニンジャの二次創作であり、某フォロワーさんのところのニンジャを借りてお送りしています。ご了承ください。



「ウーン……」

 ツチノコ・ストリートの一角、自動販売機が立ち並ぶエリアにグラスキャットはいた。いつものように猫耳めいたウェアラブル端末にサイバネ尻尾を装着。表通りでギラギラと輝くネオン看板の光はここまで届かず、辺りを照らすのは自動販売機の微かな光のみ。とはいえ、彼女のニンジャ視力をもってすれば、周囲の様子を把握するには充分といえた。

 然り、グラスキャットはニンジャである。彼女は自動販売機の一つに用心深く接近する。ニューロンを研ぎ澄ませ、ニンジャ聴力をフルに活用し、自動販売機の内部を探る……耳に飛び込んでくるのは単調な駆動音。灯りが漏らす微かな音。異常無し。グラスキャットは息をついた。

「なにしてんだろうね、私……」
「グラスキャット=サン! そっち、いた?」

 暗闇の中に二つ、金色の光が瞬く。ニンジャ視力をお持ちの読者であれば、それが駆けてくる少女の瞳と見てとることができたはずだ。グラスキャットは疲れたように首を横に振る。

「ここは外れじゃないかな。……そもそもさ、本当にいるの?」
「いるよ! たぶんだけど!」

 力強く根拠のない返事が戻ってきた。グラスキャットはかろうじて溜息を飲み込む。今回はれっきとしたビズ……つまり、バイオスズメの涙程度とはいえカネの動く案件だ。表面上はプロらしく振舞わねばなるまい。

 それにしても。ウルタールとともに次のスポットへ移動しながら、グラスキャットは考える。なぜ自分はベンダーミミックなる謎めいた存在を探す羽目になったのだろうか、と。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ことの始まりは数日前。ウルタールの呼び出しから始まる。なんだかんだで彼女との付き合いも長くなり、IRC端末でちょっとしたやりとりも交わすようになった。が、その日は少しばかりアトモスフィアが違っていたのだ。フリーランスの勘がそれを目ざとく察知した。

 なにはともあれ、無視するわけにもいくまい。グラスキャットは集合場所へ急行した。普段のような軽食店ではなく、ネオサイタマ市街から離れた場所にある廃ビル。そこからして、内密の要件であることが伺える。

「ドーモ。グラスキャット=サン。ゴメンね、こんなとこまで」
「ドーモ。ウルタール=サン。それは別にいい……んだけど」

 珍しく約束の時間までに到着していた少女とアイサツを交わす。ウルタールは相変わらずのアニマルパンクスじみた出で立ち。バイオ手術によってネコのように整形された耳や、バイオ獣毛に覆われた手脚がやや異様か。もっとも、ネオサイタマでは見逃される許容範囲だろう。

 それよりもグラスキャットが注意を向けたのは、ウルタールの傍に立つ女だった。赤いコート。顔の下半分を覆い尽くさんばかりのマスク。だが重要なのは身なりではない。グラスキャットのニンジャ第六感が、その女もまたニンジャであると警鐘を鳴らしている。

 警戒心に気づいたのだろう。ウルタールが軽い調子で赤コート女を指し示した。

「アー、この人はリップドリップ=サン。まあニンジャなんだけど、ダイジョブ。アタシの友達だし、ディスコテーク=サンの知り合いだから。ね?」
「ドーモ。はじめまして。グラスキャット=サン」
「ドーモ」

 丁寧にオジギするリップドリップに、グラスキャットもオジギを返す。その間も疑問は消えない。ディスコテークはよく知ったニンジャだ……同じフリーランスとしても、まあウルタールの保護者としても。しかし、このリップドリップはなぜここに?

 その疑問はすぐ本人によって解答されることとなる。リップドリップは困ったように視線を彷徨わせつつも、マスクの奥でもごもごと言葉を紡いだ。

「えと、スミマセン。今日はウルタール=サンに無理を言って呼び出していただいたので」
「……それ自体は別にいいんだけど。ッてことは、私になにか依頼?」
「は、ハイ」

 成る程。グラスキャットは納得する。ウルタールが送ってきた文面が妙に堅苦しかったのもそのせいか。しかしビズとなると、多少は気を引き締めねばなるまい。

「内容は? ヤクザ事務所へのアサルトなんかは要相談。メガコーポ関連のはハナからお断りさせてもらうからね」
「い、いえ。どちらでもないんです。その、ネオサイタマの調査といいますか……?」
「調査?」

 思いもよらぬ内容。反射的に頓狂な声が出てしまった。リップドリップの困ったような視線を受け、ウルタールが肩をすくめて説明を引き継ぐ。

「調査ってほど堅苦しくもないよ。要は、ほら。テレビでたまにやってるじゃない。都市伝説番組」
「……ウン?」
「あれの真似をしようってわけ。といっても実際にIRCに放流するわけじゃなくて、そういうUMAみたいのを探すだけというか」
「待って、ウルタール=サン。話についていけなくなってきた」

 片手で頭を抑えつつ、空いた片手でウルタールを制し。グラスキャットはリップドリップを見やる。そしてだた一言、こう尋ねた。「どういうこと?」 と。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 要約すると、こういうわけだ。

 リップドリップは闇整形の不幸な事故でニンジャとなり、その折りに表社会では生きていけないような異形を得てしまったのだという。それに絶望し、凶行に走りかけた彼女を止めたのがディスコテークだったらしい……が、それは今回のビズには関係がない。

 ともあれ、今の彼女は自分と同じく「ニンジャとなったために普通の生活が送れなくなった」者たちを探し、共同のコミュニティを作るという目的を持ったらしいのだ。そこでまず目をつけたのが、都市伝説。

『もちろん、だいたいは愚にもつかない噂なんですけど……それでも、ニンジャの影が見えるような情報もありますから』
『それを元に、隠れて生きているようなニンジャを見つけて交渉すると』
『ハイ』
『…………もし、それがどうしようもないサイコ野郎だったら?』

 最後の問いに、リップドリップは答えなかった。まあ、そういうことだ。グラスキャットは納得する。救いを求める者だけ救おうとする。身の丈にあった慈善事業というべきか。

 しかし、まずとりかかるのがベンダーミミックというのもどうなのだろう。この都市伝説めいた生物の名はグラスキャットも聞いたことがある……自動販売機の中に潜み、運悪く近づいてきた人間を捕食するのだとか。ヨロシサン製薬が不法に廃棄したバイオ生物がネオサイタマの環境に即した生活体系を得たのだ、などともっともらしく語る者すらいる。

「リップドリップ=サンは?」
「さきに移動するって。なんか食べるもの買ってきてくれるってさ」
「ありがたいね」

 風めいて次の自動販売機密集スポットに向かいながら、二人のニンジャは言葉を交わす。このツチノコ・ストリートは治安の悪いことで有名であり、のんびり歩いていると妙な因縁をつけられかねないのだ。

「……ザッケンナコラーッ!」

 前方から聞こえてきた声に、グラスキャットは思わずウルタールと顔を見合わせる。目的地の自動販売機密集地帯はすぐそこ。その灯りに照らされるのは、十人近い数の武装ヨタモノと、それに取り囲まれた赤いコートの女だった。

 ヨタモノたちは威圧的ヤクザスラングや下卑た言葉を投げかけ、女を竦ませようとしている……が、女は騒ぐ様子もない。表面上は、の話だ。グラスキャットは彼女の目に冷ややかな苛立ちを見てとることができた。

「アーア。どうしよっか? カラテする?」
「ウーン」

 ウルタールは呑気なものだ。赤コートの女がリップドリップであることを知っている彼女にとっては問題ない事態なのだろう。グラスキャットも同じ考えだ。いくらヨタモノが武装していようと、ニンジャ相手ではどうにもなるまい。問題はリップドリップの気性だ。あまり激しくカラテするようであれば……

「「「アイエエエエーエエエ!?」」」

 その思考をヨタモノたちの悲鳴が切り裂く! 慌てて顔を上げたグラスキャットは「ワオ」小さく声をあげていた。ヨタモノたちを恐慌に陥れたのは、当然のごとくリップドリップだ。おお、見よ。そのマスクが取り外され……彼女の素顔を晒している。耳元まで大きく裂け、鋭く尖った牙を覗かせる口を! コワイ!

 ウルタールが他人事のように呟いた。

「いつみてもすごいな、アレ」
「ニンジャになってああなったのかい?」
「みたいだよ。ただ口が裂けただけじゃなくて……ほら」

 その指し示す先。一時的な狂気に陥ったのか、それともかろうじて克己心を働かせたのか。武装ヨタモノの一人が鎌バットを振り回しリップドリップに突撃する。リップドリップは眉根を寄せ……自らの顔面向け繰り出された鎌バットを受け止めたのだ。口で。そして、KRUNCH!

「ワーオ」

 グラスキャットは控えめに声をあげた。ナムサン……リップドリップは当然のように鎌バットを噛み砕いたのだ。おそらくニンジャでも食らいつかれたらアブナイだろう。彼女は乱暴に食いちぎった破片を吐き捨てる。スリケンめいて飛んだ破片は武装ヨタモノその2の顔すれすれを過ぎり、その背後の自動販売機に突き刺さった。ストコココピロペペー! 自動販売機が故障しドリンクを吐き出す!

「イヤーッ!」
「アバーッ!?」
「「「アイエエエエエ!?」」」

 そして得物を噛み砕かれ、呆然と立ち尽くしていた武装ヨタモノその1がケリ・キックで横合に吹き飛ばされる! 自動販売機に衝突! ストコココピロペペー! 自動販売機が故障しドリンクを吐き出す! ポイント倍点! 武装ヨタモノたちは恐怖の閾値を超え、一斉逃走! あとには静寂が残される。

「……アー。オツカレサマ。リップドリップ=サン」

 思い切ってグラスキャットは歩み寄る。初めてこちらの存在に気づいたか、ハッと顔を上げたリップドリップは慌てた様子でマスクを装着した。

「ス、スミマセン。お見苦しいところを」
「いや、いや。本当だったら私たちももうちょっと早く助けに入るべきだったし……ところで、そっちの首尾はどう?」
「アッハイ。噂のある場所は探してみましたけれど、どれもハズレでした。残りはここだけで」
「そっか。じゃあ手早く調べてさっさと……」
「アイエエエエエ!?」

 突如として悲鳴が割り込む。グラスキャットとリップドリップはカラテを構え振り向き……目を見張った。悲鳴の主は先ほどリップドリップに吹き飛ばされたヨタモノだ。そのヨタモノの体に……おお……自動販売機の取り出し口から伸びた細い腕が巻きついている! コワイ!

「イヤーッ!」

 グラスキャットは用心深くスリケンを二つ投擲! ヨタモノの首に巻きついた手と、取り出し口から生えていた付け根と思しき箇所に見事命中。ワザマエ!

「グワーッ!?」

 くぐもった悲鳴は自動販売機の内部より響いた。拘束が緩み、武装ヨタモノが地面に投げ出される。それと入れ替わるように自動販売機へ飛びかかったのはウルタールとリップドリップ! 

「「イヤーッ!」」

 同じタイミングで繰り出された飛び蹴りが自動販売機をひしゃげさせた。そして、おお……その圧力に耐えきれなかったかのように取り出し口から飛び出した塊あり! それは空中で解けると、ウェットスーツめいたニンジャ装束で体を覆うニンジャとなる!

「グワーッ!? なんだチクショウ! ニンジャか!?」
「……まさか本当にニンジャがいるとはね。ドーモ。グラスキャットです。背後の二人はウルタール=サンとリップドリップ=サン」

 半ば呆れつつも、グラスキャットはアイサツする。ニンジャにとってアイサツは礼儀であり、いかなる状況でも欠かすことはできない。自動販売機の中から現れたニンジャは低く呻き、アイサツを返す。

「ドーモ。オクトラップです。なんだ貴様らは! どこのヤクザクランだ!?」
「ヤクザじゃなくてフリーランスだよ。手荒にしたのは謝るけどさ、別にあんたを爆発四散させにきたわけじゃないんだ」
「……なんだと?」
「まあ、なんだ。あんたが水に流してくれるんなら、こっちとしてはこれ以上カラテをするつもりはないんだけど。どう?」

 オクトラップが低く唸る。その肌は軟体生物めいて異質だ。彼……だろう、おそらく……は素早く後方のウルタールらを見やり、グラスキャットへと向き直り……ひときわ長く嘆息した。

「よかろう。わざわざ俺を暗がりから引っ張り出した理由、聞かせてもらおうじゃないか」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 失禁気絶した武装ヨタモノを表通りに放り出してから、四人のニンジャは自動販売機密集地の中で腰を下ろす。中心に置かれたのはリップドリップが買ってきたスシとチキンバレルだ。KRUNCH! KRUNCH! KRUNCH! リップドリップが骨ごとチキンをかじる音が響く。

「……成る程。コミュニティ」
「そ! オクトラップ=サン、どう? 今の生活に困ってないか、ってことなんだけど」
「はっきり聞いてくれるな、ウルタール=サン……まあ肩身が狭いのはたしかだ。ここのヨタモノ連中からサイフを奪い取る生活にも飽きがきているしな」
「じゃあ、リップドリップ=サンのところ行く?」
「……一度くらい見に行ってもよいだろう」

 ゆっくりとスシを味わいつつ、オクトラップは仏頂面で告げる。グラスキャットは息をついた。とりあえず話はまとまりつつあるようだ。

 オクトラップが伸びをする。その腕が人間の骨格では考えられぬところまで伸長した。そして溜息。

「……それに、こうしたところに潜んでいると嫌でも妙な話が飛び込んでくる。アマクダリがどうこう……俺としても安心できる生活の場が欲しい」
「提供できます。きっと。……交通は不便になるかもしれませんが」
「ハ! 俺とてニンジャだ。それくらいは足でなんとかするさ」

 リップドリップが無言で頭を下げる。グラスキャットはスシをつまんだ。始まった時はどうなることかと思ったものの、派手なイクサもなくビズは終わり。なんともありがたいことだった。

「じゃあリップドリップ=サン。次どうする? 下水道ブロブとか?」
「そうだね……ツキジだと準備しなきゃいけないだろうし」
「……エッ?」

 グラスキャットは思わずスシを摘む手が止まる。ウルタールが不思議そうに彼女を見返した。

「だって、ネオサイタマには他にも都市伝説があるじゃない。そういうとこも探さないと」
「……私も?」
「だってこういうの手伝ってくれるの、グラスキャット=サンしかいないじゃない。ディスコテーク=サンは最近忙しいし、ワイルドローズ=サンはそもそもこういうのに興味なさそうだし」

 至極当然のように言われ、グラスキャットは頭を抱える。どうやら、面倒なビズに片足を突っ込んでしまったようだった。

【終わり】

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