ニンジャスレイヤー二次創作【ニア・デス・ニンジャ・イン・ザ・レイン】

はじめに:本テキストはツイッター連載小説「ニンジャスレイヤー(@nislyr)の二次創作であり、本編と関わりがありません。□おうちのかたが きをつけてね□




 重金属酸性雨が打ちつける音で、デッドスイーパーは意識を取り戻した。覚醒した途端に襲いくる痛みに呻きが漏れる。反射的に傷口を抑えようとした左手は空を切った。

「クソッ」

 呪詛が漏れる。数秒の後、彼は己の右腕がイクサで失われたことを思い出していた。正確には肘より先だ。炭化した傷跡が嫌でも右手首の末路を思い知らせる。

 デッドスイーパーは周囲を見渡す。灯りひとつない空間。しかし問題はない。彼はニンジャだからだ。ここは室内……否、どこかの廃墟の室内か。

 懐を探る。運良く破損していないZBRアンプルに手があたる。デッドスイーパーは迷うことなくそれを取り出し、苦心しながらも首筋に打ち込んだ。ニューロンを苛んでいた痛みが少し和らぐ。遥かにいい。

(さて……どういうことだ?)

 壁に背を預け、デッドスイーパーはこれまでの経緯を思い出そうとする。いつものようにチンケなシノギ……突然のアンブッシュ……敵はブルタルで、無慈悲で……態勢を整えるため、逃走……重金属酸性雨が容赦なく血と体温を奪っていき……そこで意識を失った。はずだ。

 つまり、自分をわざわざこの廃墟まで運び込んだ何者かがいる。その事実にデッドスイーパーのニューロンは急速的に鋭敏化した。彼は鼻をひくつかせ、そして表情を険しくする。ニンジャソウルの匂い。そう遠くない。……具体的には、この部屋のすぐ外から。

「そこにいるのは誰だ」

 低く、呟くように誰何する。ニンジャ聴力であればこれで充分なはずだ。最悪の事態のため、デッドスイーパーは反射的にジツを構えかけ……舌打ちし、懐からスリケンを引っ張り出した。今の有様では暴発させかねないからだ。

 果たして、出口の影から顔を覗かせた者がある。デッドスイーパーは面食らった。それは彼の想像もしない相手……年端もいかぬ少女だったからだ。彼女はこちらを認めると破顔した。

「よかった。目を覚まされたんですね」
「なんだと?」
「傷だらけで道に倒れてたから、私びっくりしちゃって。急いで友達とここまで運んだんです」
「……そう、か。アリガトゴザイマス」

 デッドスイーパーは素直に頭を下げる。彼とて最低限の礼儀は持ち合わせていた。だが、まだ警戒は解かない。この少女はあからさまにニンジャであり……ただならぬ相手だ。デッドスイーパーのニンジャ視力は、彼女の顔に縦横無尽に走るツギハギめいた傷跡を見逃さぬ。

「迷惑ついでにもう一つお願いできるか……手を貸してくれ。長居をするつもりはないんだ」
「ええと」

 少女が顔を歪める。困惑と懸念の入り混じった表情。どうやら腹の探り合いなどとは無縁の人生を送ってきたらしい。

「その、まだ傷が治りきってないです。手当はしましたけど、それだけじゃ」
「そんなことはわかっている。……追われているかもしれん身でな。あんたに迷惑をかけたくないのさ」
「で、でも! 私、ヤクザくらいなら追い返せますので!」

 その言いようにデッドスイーパーは苦笑を漏らす。自分がニンジャのヤクザであると告げたら、この少女はどう反応するだろうか。だが、彼はその代わりに静かに言葉を投げかけた。

「手を。貸してくれ」
「…………」

 数秒の沈黙。そして諦めたかのような溜息。

「……わかりました。けど、その。驚かないでくださいね」

 少女が物陰から身を乗り出す。その姿を見たデッドスイーパーは……危うく漏らそうになった悲鳴を自制する。

 少女は全身がツギハギだらけだ。それは大したことではない……肩や背中から生えた、過剰な数の手脚に比べたら。それどころか、その肩の上にはもう一つ、覗いていた顔とそっくりな首が鎮座している。

 息を呑むデッドスイーパーの前まで歩み寄った異形の少女は、静かにアイサツを繰り出した。

「ドーモ。はじめまして。パッチワークです」

 驚愕は一瞬だけだった。デッドスイーパーは腰を下ろしたままでアイサツを返す。目の前の存在はたしかに外見こそ恐ろしい……しかし、自分と同じニンジャだ。その気になれば殺すこともできる。端的な思考が彼にヘイキンテキをもたらした。

「ドーモ。パッチワーク=サン。デッドスイーパーです。……随分と個性的だな」

 敢えて軽口。パッチワークは気にする様子もなく、デッドスイーパーのすぐ側までやってきた。そしてしゃがみこみ、右の多腕一つ一つをデッドスイーパーの右腕に添わせていく。

「おい、なにしてる」
「……ん。これならちょうどよさそう」

 寄り添わせた腕の一つを見て、パッチワークは頷いた。そしてなんの躊躇もなく、その腕の肘から先を切断したのだ。デッドスイーパーは目を剥いた。

「バカな!?」
「あ、大丈夫です。この腕とか脚とかは、こういうときのためにとってあるものだから」

 異形の少女は微笑み、切除した腕をデッドスイーパーの傷口にピタリと合わせる。その接合面を残された多腕が撫でた。それだけで、かつてパッチワークのものだった腕がデッドスイーパーのものとなった。接合したのだ。

「バカな……」
「えと、これで腕を貸しました。……あ、いえ。言葉の綾です。持っていってください」
「う、ウム……これがお前のジツか、パッチワーク=サン」
「はい。ツナギ・ジツといいます」

 デッドスイーパーは感嘆の息を漏らす。試しに右手を動かそうとした。指が微かに持ち上がる。それだけだ。パッチワークが微笑する。

「繋いですぐは動かせないと思います。ニューロンが通うのは……ええと、だいたい二、三日くらいあればいいかな……デッドスイーパー=サンもニンジャだし」
「そ、そうか。その……なんだ。礼を言う」

 デッドスイーパーは頭を下げる。しかし、顔を上げたときにもまだ訝しさは消えなかった。

「だが、ひとつだけ聞かせてくれ。なぜだ?」
「はい?」
「なぜ俺を助けた。見ず知らずの人間を……腕まで寄越して。なぜ」

 その問いに、パッチワークは不思議そうな顔をしてデッドスイーパーを見つめる。少し考え込んだあと、彼女は言った。

「死んでしまいそうだったから」
「…………」
「えと、この答えじゃダメですか。困っている人を助けるのは、当たり前のことかなって」
「……そうか。わかった。重ねて礼を言う。ありがとう」
「どういたしまして」

 パッチワークが笑う。隣の首はただ、眠たげにデッドスイーパーを見やるだけだ。ややあってから、パッチワークは表情を引き締めた。

「その、デッドスイーパー=サンの事情は知りません。詮索する気もないです。けど、その腕が完全に繋がるまではここで安静にしていてください」

 デッドスイーパーは言い返しかけ……それを飲み込み、黙って頷いた。信じがたいことだが、この者は真剣に自分を心配している。その事実が彼のニューロンの虚をついた。

 まあいい、と彼は心の中で嘯いた。たとえ奴が自分を追ってここに訪れようと、このお人好しが自分を守るだろう。せいぜい利用させてもらうとしよう。……その思考は、彼の想像した以上に吐き気を催すものだった。デッドスイーパーは訝しむ。

「よかった。今、食べるものを持ってきます」

 パッチワークは嬉しげに目を細めた。立ち上がり、部屋を出ようとする。が、不意に立ち止まって振り返った。

「あ、あと。このアパート、私以外にもニンジャがいるんですけど」
「……ほう?」
「その、もしここに来たとしても、あんまり怖がらないであげてください。変わってるのは見た目だけだから。ヨロシクオネガイシマス」

 ペコリと頭を下げ、パッチワークは去っていく。隣の首はいつまでも眠たげな瞳をデッドスイーパーに注いでいた。デッドスイーパーは息をつく。外では相変わらずの重金属酸性雨。止む気配はない。

 デッドスイーパーは壁に身をもたれかからせ、目を瞑る。ノイズめいた雨音がニューロンに染み渡っていく。それは容易く彼を眠りへと導いた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 鼻腔をくすぐるニンジャソウルの匂いに、デッドスイーパーは目を覚ました。外はもう夜の闇に包まれている。重金属酸性雨は相変わらず止む気配がない。気が滅入るようなアトモスフィア。

 しかしそれ以上にデッドスイーパーを緊張させたのは、間近でこちらを覗き込んでいるニンジャだった。その顔はオシロイを塗りたくったように白い……が、それが化粧によるものなどではないとすぐにわかった。質感が違う。まるで骨のように硬質で滑らかだ。

「あ、起きた」
「……ドーモ。デッドスイーパーです。邪魔している」
「知ってる。パッチワークから聞いた。ドーモ。シラカンバです」

 そっけない口調でアイサツを返した白いニンジャは、そのままゆっくりと後ずさりして離れていく。おかげでデッドスイーパーはその特徴をつかむことができた……天井に届かんばかりの背丈。細身のシルエット。髪の代わりに頭から伸びるのはねじれたツノの群れ。体の節々からは枝めいてトゲめいた突起が伸びる。

 デッドスイーパーは鼻をひくつかせる。ニンジャはこの者だけではない。部屋の隅に視線を転じる。そこにあったのはシチューめいてとろけた肉の塊。そのように見えた。

 その視線の動きに気づいたか、シラカンバが感嘆の声を上げる。

「あ、すげえ。一発で気づいた。オイ! バレたみたいだぞ、グロブ!」
「……ゴボッ、目敏いオッサンだな」

 肉塊が震え、どこからともなく声をあげた。そして何の前触れもなく隆起し、少女の上半身めいた姿へと変貌する。ドレスの裾めいて広がる肉の膜がブルブルと震え、各所に目玉を生み出した。ただただ悪夢的である。

 デッドスイーパーは眉根を寄せる。成る程、パッチワークが一声かけていくわけだ。非ニンジャであれば即座にNRSに陥り、最悪発狂するだろう。だがデッドスイーパーはニンジャである。

「ドーモ。エート、デッドスイーパー=サン。グロブスターです。アンタ全然ビビんないのな」
「怖がってみせたほうがよかったか?」
「べっつにィー。そういうの、ここにキモ・ダメシにくる連中で間に合ってるしィー」

 どこか拗ねたようにグロブスターがそっぽを向いた。デッドスイーパーは思わず吹き出す。あのパッチワークもそうだったが、このニンジャどもはどうやら見た目に違わず子供……声から判断するに少女か……であるらしい。

「ハッハ! 悪かったな、お嬢ちゃん。だがオレもニンジャなんだ……お前らと同じくな。ならビビる必要もないだろう」
「フーン。そういう理屈もあるんだな」

 シラカンバが腕組みし、興味深そうに頷く。その振る舞いに警戒は見られない。デッドスイーパーは決断的に質問を投げかけた。

「ここにいるニンジャは……お前らとパッチワーク=サンの三人だけか?」
「ンー? いや、あと一人いるよ」
「パッチと会ってんならもう見てるんじゃね?」
「そうだよな」

 ずるずると肉のドレスを引きずりやってきたグロブスターとシラカンバが言葉を交わす。デッドスイーパーは記憶を探る。パッチワークはあのとき一人。彼女以外に匂いはなかった……はずだ。しかし……

「……チッ。バラしてるんじゃねえよ、バカども」
「お、噂をすれば」
「オッサン。最後の一人が来たぜ」

 シラカンバが顎をしゃくる。そちらを見やると、パッチワークが入室するところだった。その手には積み重ねられたスシ・パック。ありがたい。いや、気にするべきはそこではない。先ほど飛び込んできた声は、明らかにパッチワークのものではなかった。

 パッチワークの肩の上。彼女の隣にある首がこちらを睨む。そこでようやくデッドスイーパーは四人目の正体を飲み込めた。

「成る程。たしかに既に会っていたな」
「チッ……ドーモ。ダイジェスティヴです。グロブ、シラ! 勝手に人の秘密をしゃべってんじゃねえよ!」
「ちょっと、静かにしてよダイジェスティヴ……スミマセン、デッドスイーパー=サン。この子、ちょっと怒りっぽくて」
「パッチの危機感がねェから、あたしが代わりに警戒してやってんだろうが」

 毒づく四人目……ダイジェスティヴへ、パッチワークは困ったように溜息をついてみせた。デッドスイーパーは心中で舌を巻く。あれだけ近ければ、己の嗅覚でも嗅ぎ分けることはできなかったろう。

 身を竦めていたシラカンバが、不意に思いついたように声をあげた。

「なァ、ジェス! お前、『身体』持ってきたら? そしたらこのオッサン、ビビるかもしんねェ」
「バカかお前。そんなことのために持ってくるわけねえだろ」
「……ついてはきてるよね……」

 パッチワークが口を滑らせたのだろう。ダイジェスティヴが苛立ったように彼女を一瞥し……次いでデッドスイーパーを睨みつけた。

「……まあいいよ。しかたねェから拝ませてやる。いいか、少しでもパッチたちに妙なことしてみろ。すぐにお前、ジゴク行きだからな」

 拙い脅しに、デッドスイーパーは片眉を跳ね上げてみせた。ダイジェスティヴが苛立ったように舌打ちする。不意に、パッチワークが脇へと退き……そこへまた、新たな異形が入ってきた。

 腹だけが不自然に膨れた、死体めいた少女の身体。それには首がなかった。代わりに、その背丈より長大に思えるほどの尻尾めいた触手が背中から四つほど生えている。それらは先端で二つに裂け、牙らしき突起を覗かせていた。

 触手の一つがデッドスイーパーの眼前にまで接近し、脅すように牙だらけの顎を開いた。そこから僅かに垂れた液体が床にこぼれ、刺激臭を伴った煙へと変わる。デッドスイーパーは顔をしかめる。なかなかに物騒だ。

「こら、ダイジェスティヴ。あんまりデッドスイーパー=サンをからかわないの」

 咎めるようなパッチワークの声が響く。触手はびくりと身を引き、そのままするとダイジェスティヴの身体の元まで戻っていった。パッチワークの肩の上にいるダイジェスティヴがどのような手段でこの肉体を動かしているのか。デッドスイーパーには想像もつかぬ。

 気をとりなおすように咳払いしたパッチワークが、デッドスイーパーに笑顔を向けた。

「エート。今日はスシです。たくさん食べて、英気を養ってください。みんなの分もあるから、安心してね」

 シラカンバとグロブスターが歓声を上げる。つまらなさそうにこちらを睨むダイジェスティヴの視線を受け止めながら、デッドスイーパーはこっそりと溜息をついた。どうやら今までの人生で最も奇妙な食事となりそうだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 異形の少女たちに取り囲まれながら、デッドスイーパーは苦心して新たな右手でマグロ・スシを掴もうとする。眠りに落ちる前よりは遥かにマシな動き。力加減が分からず、危うく握り潰しかける。

「あ、あの。よければ私が取りましょうか」
「いや、いい。早く新しい右手に慣れておきたい」
「でも」
「そいつがいいっつってんだからいいだろ、気を使わなくたって。だいたい右手がダメでも左手があるんだからよ」

 言い募ろうとするパッチワークに、ダイジェスティヴが水を差した。不可分な相棒の言い方が気に障ったか、パッチワークはトビッコ・スシを一つ取りその口に投げ込む。

 シラカンバはそれを見て笑っていた。グロブスターはもそもそとスシを咀嚼している。己の肉の裾が敷物代わりに使われていることに頓着する様子もない。いつものことなのだろう。

 ようやくスシを一つ口の中に放り込んだデッドスイーパーは、ゆっくりとそれを咀嚼する。それだけで傷が癒えるような錯覚すらあった。死の淵から引きずり上げられたことを改めて実感する。

 一息ついた彼は、ぐるりと少女たちを眺めやる。パッチワークはともかく、他は望んで今の姿になったわけではなかろう。バイオサイバネでも実現は不可能のように見えた。ふと、疑問が漏れる。

「お前たちは」
「はい?」
「……お前たちは、どうしてここに?」

 少女たちが顔を見合わせる。最初に口を開いたのはグロブスターだ。

「どうしてって言われてもな。ここは前から暮らしてた区画だし……」
「そうか。ここは、ウシゴームのあたりか?」
「そ。オッサン、知ってる? ゾンビー騒動。いや、外でどんな呼び方がされてるかは知らねえけど」

 頷く。無論、デッドスイーパーは知っている。なんの前触れもなくネオサイタマに溢れたゾンビーどものことを。当時、単なるレッサーヤクザに過ぎなかった彼はクランのためにカラテを振るい、奴らを打ち倒した。今のニンジャネームはそこからつけた名だ。

 ちょうどスシを食べ終えたらしいシラカンバが話を引き継ぐ。

「私たち、そのときに死にかけてさ。ニンジャになって……目覚めたらこんな感じだった。アッハ、笑えるよね。あのゾンビーどもとなにが違うんだっていう」
「アレと違って、あたしらは自我があるだろ」
「ハハ! 言えてる。なんだよジェス、マジメかよ」
「ウッセェ」

 ダイジェスティヴが顔を逸らす。デッドスイーパーはふと、部屋の隅にうずくまる彼女の身体を見やった。生々しい首の断面がこちらを向いている。ぞっとしない光景ではあった。

 思いを巡らせる。あの身体にもしダイジェスティヴの首が載っていたら、その背丈はおおよそパッチワークと同じではないだろうか。双子か。ゾンビーどもの狂乱に巻き込まれ、彼女らにどのような災難が降りかかったか。デッドスイーパーは顔をしかめる。

「それは……運が悪かったな」
「そうですね。でも、こうして生きています」

 パッチワークが微笑する。その腕の一つが、優しくダイジェスティヴを撫でた。ダイジェスティヴは目を細め、文句も言わずそれを受け入れる。

 沈黙が訪れ、すぐに雨音に打ち消される。デッドスイーパーは今一度口を開いた。

「お前たちは」
「なんですか? デッドスイーパー=サン」
「……お前たちは、今の境遇をどう思っている? その身体ではまともな生活も送れんだろう」

 異形の視線が集まる。デッドスイーパーは気後れせずに尋ねた。

「辛いとは、思わないのか」
「……ふふふっ」
「なんだ」
「いえ。お優しいんですね。デッドスイーパー=サンは」

 思いもよらぬ返事に、彼は虚を突かれる。ついでわけのわからない気まずさを覚え、静かに顔を逸らした。パッチワークは微笑している。

「それはまあ、たしかに。大変なことも多いですよ。間違って人前に出ちゃうと大騒ぎになりますし」
「でも最近噂になってんだよなこのアパート。オバケアパートって」
「そーそー。で、キモ・ダメシに来るんだよ。バカどもが」

 シラカンバとグロブスターが囀り始める。そのアトモスフィアはまるでハイスクールの学生めいていた。

「そういうときはこんなになってよかったって思うよな! ちょっと脅かしただけですげービビってくれるし」
「なー! あいつら、私たちがマトモな格好だったらナメてかかってくるぜ。そういうアトモスフィアだもん」
「……だからって気絶するまで追い回していいわけじゃないからね。わかってる? 二人とも」

 パッチワークが嗜める。ダイジェスティヴは呆れ顔だ。ふと、デッドスイーパーは奇妙な感慨を覚える。彼女らはたしかに不運に巻き込まれ……それが今もなお、これからの人生に暗雲を投げかけているように見える。だが、決してそれを不幸と考えていない。

 デッドスイーパーはメンポの奥の口元を歪ませる。奇妙な笑みだった。

「成る程。気の持ちよう、か。……ハハ。俺も見習いたいものだ」
「そうしろよ。お前、見てるだけで死にそうになるくらい辛気臭いからな」
「ダイジェスティヴ!」
「いい。気にするな。まあ、無神経なのには違いないが」

 ダイジェスティヴの頬をつねろうとしたパッチワークを押しとどめ、デッドスイーパーは再び右手でスシを摘む。一度目より遥かにいい。いくらかスムーズに口元に投げ込み、咀嚼。彼はふと、昔を思い出す。

「波がつきものなのかもしれんな。人生というやつには」
「え?」
「不幸に目をつけられたかと思えば、その次にはツキが舞い込んでくる。……お前たちにもそのうち幸運が降ってくるだろうさ。これまでの不幸を帳消しにするくらいのか」
「え、えと。ありがとうございます……?」
「……思えば、昔から俺はそうだった。くだらん抗争のテッポダマになったのが最初の不幸で……」

 なぜ今になってそんなことを語ろうと思ったのか。デッドスイーパー本人にもわからぬ。だが少女たちは食い入るようにその話に聞き惚れた。

 ……デッドスイーパーは弱小ヤクザクランのレッサーヤクザだった。テッポダマで死にかけた彼の元に、第一の幸運が舞い込んできた。そのとき、彼はニンジャとなった。

 次の不幸は、他にもニンジャがいるという事実……自分よりも遥か上のカラテを持つニンジャがいると知ったことだ。彼はわけもわからぬままに大きなシステムの一部となった。アマクダリ。思えばそれは第二の幸運だったのだろう。彼のカラテはそこで鍛え上げられた。

 だが、第三の不幸はそんな事実を吹き飛ばすほどに大きかった。アマクダリの破滅。最初から最後まで全貌を知らせることなく、彼の寄る辺は沈んでいった。あとにはただ、何をすべきかもわからぬニンジャが一人残されただけ。結局、昔のようにヤクザクランのバウンサーとなり……そこで不意に、不幸を帳消しにするようなツキがやってきた。形を伴ったツキが。

「……俺はな、そいつから力をもらった」
「力?」

 興味津々といった様子で身を乗り出すシラカンバの前に、デッドスイーパーは掌を上に右手を差し出した。「イヤーッ!」カラテシャウトが物憂げな雨音を切り裂く。掌の上に生じた光が暗い室内を照らし出した。おお、と誰ともなく声があがる。カラテが形を成したような、白色の球体。

「これだ。これがサツガイより……いや、お前たちには詮無いことか。ともかく、こいつが第三のツキだ。こいつは遠くに届く……スリケンなんぞよりもずっと遠く。速く」

 デッドスイーパーはカラテミサイルを握りつぶすようにかき消す。実際、それは彼にとっての天啓だった。優れたニンジャソウル探知能力を持つ彼にとって、新たな力は自らよりも強いニンジャを殺すための一番の武器となった。いかな強力なジツやカラテを誇るニンジャでも、意識外から頭を打ち抜かれれば死ぬ。

「スッゲェー! ……けどオッサン、死にかけてたんだよな?」
「ちょっと、シラカンバ=サン……」
「……つくづく無神経な連中だな、お前たちは」

 少しばかりの優越感を素朴な疑問に打ち消され、デッドスイーパーはムッとして三つ目のスシを食べる。右手は遥かにいい。パッチワークが申しわけなさそうにこちらを見ている。気にするべきは彼女ではあるまいに。

 そのとき、黙り込んでいたグロブスターが不意に快哉をあげる。

「ムシン・ケイってよくねぇ!?」
「……急になんだよ、グロブ」
「いや、チーム名だって。そんなシラけた顔すんなよジェス。実際……かなりしっくりくる! なあシラ!」
「おお……おお! なんかそんな気がしてきた!」
「バカども……」

 ダイジェスティヴが心底呆れたように顔を歪めた。パッチワークはクスクスと笑う。気づかぬ間に、デッドスイーパーも笑っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 闇の中、デッドスイーパーは目覚める。重金属酸性雨の音と、微かな寝息が聞こえる。見ると、パッチワークらがひとかたまりになって眠っていた。グロブスターがフートンめいて皆を包んでいる。

 デッドスイーパーは立ち上がり、窓へと歩み寄る。鼻をひくつかせ、眉根を寄せた。覚えのあるニンジャソウル。血と硫黄の匂い。

 彼は再びパッチワークらを見やり、コンマ数秒だけ思考を巡らせる。そして……決断的に、「イヤーッ!」雨の中へと身を躍らせた。

 ニューロンを研ぎ澄ませる。追手が近づいてくるのが手に取るようにわかる。あの死神が。「イヤーッ!」デッドスイーパーはカラテミサイルを射出! 光球はすぐに闇と雨に紛れ、見えなくなる。彼は走る。敵の元へ。

 そして彼は捉える。人の形をした不幸。赤黒の……ニンジャ。その右腕がだらりと垂れ下がっている。デッドスイーパーは舌打ちした。受け止められたか。左手を前にし半身に構えた彼はアイサツを繰り出す。

「ドーモ。ニンジャスレイヤー=サン。デッドスイーパーです」
「……ドーモ。デッドスイーパー=サン。ニンジャスレイヤーです」

 ジゴクめいた声。降り注ぐ雨を蒸気へと変えながら、ニンジャスレイヤーはカラテを構える。そのカラテの漲りに、デッドスイーパーは顔をしかめた。相当の使い手。

 二人のニンジャは間合いを保ち、じわりと円を描くように動く。デッドスイーパーはふと考える。もし、パッチワークらに……この者の襲撃を伝えていれば……彼女らは協力を申し出ていただろうか? あるいはそうすべきではなかったか? あの者らは敵うまい。だが盾にはなる。そこをカラテミサイルで狙い打っていれば、あるいは。

 バカめ。デッドスイーパーは顔を歪めた。彼女たちは充分に不幸を味わった。あとは揺り返しの幸運を待たせておけばよい。この不幸は俺だけのものだ。巧妙に隠した右手の上で、カラテミサイルを育てる。

 殺す。この不幸を乗り越え、さらなる幸運を手に入れてみせる。

「「イヤーッ!」」

 同時に放たれたカラテシャウトは、すぐに重金属酸性雨の中へと消えた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ……パッチワークは目を覚ます。相変わらずの重金属酸性雨。しかし、外が明るくなっているのは感じ取れた。有り余った手脚を緩慢に伸ばし、ほぐす。

 遅ればせながら、彼女はそこでようやく気づく。デッドスイーパーの影がないことに。ただでさえ青白い顔をより蒼白にし、パッチワークは窓へと駆け寄った。外は雨でけぶっている。人の姿も、ましてやニンジャの姿もない。

 呆然と外の景色を眺めていた彼女は、諦めたように笑みを浮かべる。思い起こしてみれば、彼はかなり回復が早かった。もう充分と考え、ここを立ち去ったのだろう。それを止める権利など彼女にはない。

 でも、一言くらい教えてくれてもよかったのにな。いまだ眠りの中にあるダイジェスティヴの頭を撫でながら、パッチワークは窓際から離れる。

 いつの日か、あのニンジャがひょっこりと顔を出すときのことを思いながら。異形の少女はまた闇の中に戻っていった。

【ニア・デス・ニンジャ・イン・ザ・レイン:完】

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