ニンジャスレイヤー二次創作:【アクロス・ジ・オーシャン、アゲンスト・ジ・エイジ】(3)
はじめに:本テキストはツイッター連載小説「ニンジャスレイヤー(@nislyr)の二次創作であり、本編と関わりがありません。□おうちのかたが きをつけてね□
オヒナサマ美術館のファラオ石棺を主体とした美術展は、まずまずの来客と好評をもって初日を終えた。ぱらぱらと退場するネオサイタマ市民。後にはただ、ゼンめいた静寂が残される。
「……よォし。頃合いだ。頃合いだぜ、レッドコブラ=サン」
少し離れた狭い路地。美術館の様子を伺っていたフレアダートは背後の依頼人へ声をかける。砂色のフードを目深にかぶったニンジャ、レッドコブラは小さく鼻を鳴らし、背中を預けていた壁から離れた。
「随分と待たされたものだ。我々は事を急がねばならぬ。そう説明したはずだが」
「チッ! チッ! これだからオノボリサンはダメだ! 非ニンジャがいる前でおおっぴらに暴れてみろ! ソウカイヤのニンジャが飛んでくるんだぞ!」
ブルータルブルは相手の非常識さを戒める。依頼主の一人、レッドコブラは当初、まだ観客も多い真昼からオヒナサマ美術館に襲撃をかけようとしていたのだ。呆れ果てた蛮行! 気の荒いブルータルブルでさえ、この提案には乗ろうとしなかった。当然だ。
レッドコブラは肩をすくめる。わずかに見せた侮蔑の眼差しがフレアダートのニューロンを逆撫でした。が、わざわざそれに突っ込むことなどしない。それこそ時間の無駄だからだ。レッドコブラが路地裏に待機していた二人の同僚たちに目配せする。作戦決行の合図。
「ム」
移動しようとしたまさにそのとき。最後尾のニンジャが不意に立ち止まった。
「どうした」
「ニンジャだ。後方から」
「……妨害者か」
「そう見たほうがよかろう……」
呟くと同時、最後尾ニンジャは背を向けた。レッドコブラはそれだけで意図を察したのだろう。フレアダートたちに目線で移動を促す。無論、彼らにも異論はない。仕事は迅速に。ファラオ石棺に秘密裏に隠されたというエメツ結晶を回収し、持って高額サラリーを得ねばならぬ。
「「「「イヤーッ!」」」」
重なり合うカラテシャウトと同時、四人のニンジャたちは色つきの風となりオヒナサマ美術館へ突き進んでいく!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……さて」
殿を受け持ったニンジャは、路地奥からやってきた一団を悠々と見遣る。クローンヤクザ二体。そして、ニンジャが二人。
「よう、そこの。そこのお前」
来訪ニンジャの片割れ、スキンヘッドの若い男が睨みを効かせる。わかっていたことであるが、自分たちを追ってきたか。なるほど、ネオサイタマのニンジャも舐めたものではない。
「さっき一緒にいたのはアレだろ? フレアダートにブルータルブルとかいうドサンシタだ。なぁ?」
「然り。何の用かね、お若いの。それともその態度がネオサイタマの礼儀なのかね?」
「ドーモ。ディスコテークです。こちらはサレニス=サン」
「チッ……ドーモ」
スキンヘッドニンジャの隣、重サイバネの女ニンジャがアイサツを繰り出す。アイサツは絶対の礼儀。されたら返さねばならぬ。
「ドーモ。ディスコテーク=サン。サレニス=サン。カラテスカラベです」
「カラテスカラベ=サン。成る程。オヒナサマ美術館襲撃はなんのために?」
ディスコテークの問いに、カラテスカラベは鉄製メンポの奥で嗤う。なんと直接的なことか。実に好ましい。これで忌憚なく打ち倒すことができるというわけだ。彼は重々しくカラテを構えた。
「貴様らに答える必要なし。邪魔するのならば容赦はせぬぞ」
「……ザッケンナコラー……!」
サレニスが目を怒らせ、一歩を踏み出す。
「テメェここがどこかわかってんのか。ソウカイヤの膝元……ケンカじゃすまねぇぞ……!」
「承知の上よ! イヤーッ!」
カラテスカラベは鋭い蹴りを繰り出す! しかしながら小柄な彼の体躯では、おおよそサレニスにもカラテは届かない。なにしろタタミ五枚分の距離がある。しかし!
「アバーッ!?」
「アバーッ!?」
な、ナムアミダブツ! チャカ・ガンを取り出していたクローンヤクザ二体が即死! 額に穿たれた穴から緑のバイオ鮮血がスプリンクラーめいて噴き出す!
カラテスカラベは目を細めた。狙いを定めたディスコテークは見事な前後開脚で回避を決めている。成る程、油断ならぬ手練れ。では目の前の若造はどうか?
サレニスの眉間がいよいよもって険しくなる。ブッダ・デーモンめいた凶相。……不意に、なんの準備動作もなくサレニスの身体が横にスライドした。彼の頭があった場所を、その後方から質量ある風が薙ぐ。
「……ほう」
カラテスカラベは小さく声を上げる。片脚を上げ、己の生成したカラテボールを受け止めながら。この狭い路地は彼にとってのフーリンカザン。音もなく高速反発するカラテボールは、サンシタであればモンド・ムヨーであの世に送っていただろう。
「……アッコラー……ザッケンナコラソマシャッテコラスッゾコラー……!」
呪詛じみたヤクザスラング。サレニスの額に青筋が浮かんでいる。彼はカラテスカラベを睨んだまま、態勢復帰するディスコテークへ言った。
「ディスコテーク=サン……ここは俺に任せてください……メンツの問題だ。ソウカイヤを舐めやがるアホども……ふざけやがって」
「……ええ。そうさせてもらいます」
ディスコテークの状況判断は素早かった。路地の壁をトライアングル・リープし、カラテスカラベの頭上を越えていく。無論、撃ち落とすことはできただろう。しかしそれは、目の前のニンジャに隙を晒すことに他ならない。
カラテスカラベは一歩踏み出す。ガチャリ、と身に纏うニンジャアーマーが音を立てた。サレニスとやらも油断ならぬ手合い。しかし、彼の地……エジプトにてカラテ鍛錬を受けた自分に、勝てぬ道理があるだろうか? ない!
カラテを構えた両ニンジャの間の空気が、わずかに淀んだ。
「「イヤーッ!」」
仕掛けたのはほぼ同時。サレニスはコートの袖から滑らせるようにしてクナイ・ダガー投擲! 一方のカラテスカラベはカラテボールをシュート! 蹴り出されたカラテボールは路地左右の壁をイナズマめいて高速反発。クナイ・ダガーを撃ち落とさんとする。
しかしカラテスカラベに油断はない。彼はすでに防御を固めていた。サレニスの目が一瞬紫色に輝いたのを見たからだ。そして、おお、ニンジャ動体視力をお持ちの読者諸氏は目を凝らされたし! サレニスの投擲したクナイ・ダガーもまた紫に輝き、わずかにその軌道を変じる。撃墜ならず!
「イヤーッ!」
そのまま両目を狙い飛来したクナイ・ダートを弾き散らす! 一方のサレニスは? 彼は前に倒れこんでいた。頭上をカラテボールが通過。サレニスはそのまま路地裏に倒れ……ない! まるで復帰直前のオキアガリ・コボシめいた姿勢のままで静止! なんたるニンジャ平衡感覚!?
「……チィーッ!」
「イヤーッ!」
カラテスカラベは手を前方に差し伸べ、カラテボールを呼び戻さんとする。その間にサレニスが動いた。なんの前動作もなくロケットめいて射出! 上昇しながら縦回転! 勢いのままにカラテスカラベにカカト落としだ!
「ヌゥーッ!」
ギャリン! カラテスカラベの鎧とサレニスの踵衝突点に不穏な金属音が生じた。カラテスカラベは睨めあげる。サレニスの瞳が不穏に輝く……!
「イヤーッ!」
その両手に弾き散らされたクナイ・ダガーが舞い戻った。カラテスカラベは理解する。キネシス・ジツ。ヤクザブーツに仕込まれた鉄の靴底やクナイ・ダガーを操り、このような挙動か。キネシス使いは決して珍しいわけではない。しかしこの練度ときたら!
「……イヤーッ!」
首元を狙った挟み込むような斬撃を弾く! そして胴体を晒した相手目がけ対空カラテのポムポム・パンチを繰り出す。サレニスの眉間の皺が深くなる。その体がまた浮き上がった。追撃が来るか? あるまい。今、カラテスカラベの元にカラテボールが舞い戻る。
攻守交代。舞い戻ったカラテボールはポムポム・パンチ姿勢を保ったカラテスカラベの腕を渦を巻いて駆け上がった。そのまま射出! 退避しようとしたサレニスの右足を強かに打つ!
「グワーッ!」
サレニスがバランスを崩す。カラテスカラベはフルメンポの奥の顔をしかめた。浅い。咄嗟に蹴り返し、衝撃を弱めたか。サレニスはタタミ四枚分離れた距離に着地。その顔から闘志は消えず。
「スッゾコラー……! 面倒なジツ使いやがってよォ!」
「貴公の曲芸もまた厄介なことよ。だがしかし、これで俺の邪魔をせぬほうがよいと理解したか?」
「ザッケンナコラーッ! ソウカイヤクザがチンケな球遊びにビビって逃げるかッコラー!」
吼えるサレニスの懐から新たなクナイ・ダガーが落ち、紫の光に支えられ浮遊。巣を守るハチめいて彼の周囲を旋回し始める。カラテスカラベは舌打ちした。勝てぬ相手ではない。しかし、片手間でどうにかできる相手でもない。
畢竟、石棺の奪還はレッドコブラらに任せねばならぬだろう。もしものための『供物』は用意したといえ、果たしてかの者が目覚めるまでにミッションを完了できるかどうか。一抹の不安がよぎる。
「「イヤーッ!」」
その不安はすぐにイクサで押し流された。カラテスカラベとサレニスは再度、各々のジツとカラテをぶつけ合う……!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後3時を過ぎたオヒナサマ美術館はひどく静かだ。ウルタールはその静謐さが落ち着かない。先導するブレイジングアイとの距離を保ちつつも、しきりに周囲を見渡す。
「随分と待ちきれぬご様子」
「エッ? アー、まぁ、うん。そうかも」
ブレイジングアイの言葉にもうわの空の返事。もっとも、相手がそれを気にした様子もなかった。ヴェールの奥の瞳が笑みの形に歪む。
「そう慌てずとも、石棺は逃げませぬ。もうしばしのご辛抱……」
「ねェ、ブレイジングアイ=サン」
「なんでしょう」
「あの中にはいるのは誰?」
ブレイジングアイが足を止める。折しもそこは石棺展示場の入り口。彼女は振り返る。その目が紅く、怪しく輝いた。
「ウフフ、ご冗談を……ご存知のはず。貴女ならば」
「……わかんないな」
「いいえ、わかるはずです。バステト・ニンジャ=サンのソウルを宿す貴女であれば。なればこそ、貴女はここにいるのですから!」
バステト・ニンジャ。ウルタールは顔をしかめる。最近その名を聞く機会が嫌に増えた。夢だけではない。現実においても、見ず知らずのニンジャがその名とともにすり寄ってくる……
少しだけ、不愉快だった。
「あのね、ブレイジングアイ=サン。アンタとあたしは初対面でさ……」
感情の赴くまま、ウルタールは不満をぶつけようとした。そのときだ。反対側の入り口から敵意。ブレイジングアイが振り向くと同時、飛び込んできたのは炎に包まれたクナイ・ダートだ!
「キエーッ!」
CHOOM! ブレイジングアイの瞳から放たれた光が炎のクナイ・ダートを捉え、無力化。もはやただのクナイと化したそれらは硬い音を立てて床へ落下する。その間にウルタールはブレイジングアイの横に躍り出、襲撃者たちの姿を捉えた。二人。濃紺色のニンジャ装束を纏うビッグニンジャに、いまだ燃え盛るクナイ・ダートを持つニンジャ。
「チィーッ! ニンジャだと!? ドーモ! フレアダートです!」
「ブルータルブルです!」
「ドーモ。はじめまして。無礼者の皆様。ブレイジングアイです」
「ウルタール」
ニンジャたちは手早くアイサツを終えた。ウルタールは襲撃者たちを睨み据える。モータルであれば失禁しているであろう敵意と殺意とともに。彼女は己の瞳が輝きはじめたことにも気づかぬ。ただ、苛立っていた。肝心のときに……下等なニンジャ風情が……妾の邪魔を!
「不敬であるぞ。下郎」
呟いた言葉は、果たして誰のものだったか。ウルタールはカラテを構え、飛びかかった。
……フレアダートはほくそ笑み、構えたカトン・クナイを投擲しようとした。彼のジツによりカトンをエンハンスメントされたクナイ・ダートは威力を増すのみならず、カトンの燃焼により速度を変化させ確実に敵を殺す。突っ込んできたこの無謀な少女も、その餌食となる。フレアダートは爆発四散する少女のヴィジョンを思い浮かべた。
少女と目が合う。その目は超自然の輝きを湛え、こちらを見ていた。意味がわからぬほどの怒り。フレアダートは……彼に宿ったニンジャソウルはそれを恐れる。
(イヤーッ!)
フレアダートはカトン・クナイを投擲……投擲? 彼は訝しんだ。身体が嫌に重い。ニューロンの速度に追いつかない。実際の彼の身体はクナイ投擲姿勢に入ったところであり……風めいて駆けてきた少女がガラ空きとなった己の懐へ飛び込む……!
(なんだ、これは)
「ミャオーウ!」
「グワーッ!?」
激痛! フレアダートの意識が現実に追いつく。再投擲よりも遥かに早く、少女はワン・インチ距離に踏み込んでいた。そして彼の腕を引きちぎっていたのである! なんたる見かけに似合わぬバイオグリズリーめいたニンジャ膂力か!
「フレアダート=サン!? おのれーッ!」
傍らのブルータルブルもまた意識が追いついたのだろう。憤怒の表情で腕を振りかぶり、ビッグカラテ・パンチで少女を叩き潰さんとする。少女は興味なさげに一瞥し、フレアダートを無造作に蹴りつけ(「グワーッ!?」)その反動で飛び離れた。1秒後、ブルータルブルのカラテが床にめり込む。
ブルータルブルは血走った目で少女を睨む。彼は見た。輝く目で悠然とこちらを見返す少女を。そしてその頭越しに、不穏に紅く輝く瞳でこちらを見据えたブレイジングアイを。
「イ、」
「キエーッ!」
「アバーッ!?」
ブルータルブルは動けなかった。ウルタールの瞳に……ギョウシ・ジツに阻まれたがためだ。そしてブレイジングアイの瞳から放たれた真紅のカラテビームがブルータルブルの上半身を焼き焦がす!
「サ、サ……サヨナラ!」
ナムアミダブツ! カラテビームに焼き尽くされたブルータルブルが爆発四散! ブレイジングアイがザンシンする。少女は……ウルタールは顔をしかめ、超自然のソウル煙の向こうにまだ生きているはずのフレアダートを見つけようと、
「イヤーッ!」
不意に、ウルタールは腕に痛みを感じる。彼女は視線を下ろした。赤い鱗の蛇と目が合う。蛇はその牙を無慈悲に腕へ突き立てている……蛇。ナンデ?
「イヤーッ!」
「フギャーッ!?」
蛇に引っ張られ、ウルタールの身体が浮いた。彼女は見やる。蛇の尾はフレアダートらが侵入してきた入り口へと伸び……砂色のローブで全身を覆う、新たなニンジャの腕へと繋がっていた。
ブレイジングアイが何か叫んだように思った。砂色ローブのニンジャが飛び上がる。蛇はウルタールを解放し、そのニンジャの袖は急速に戻っていく。そして
「イヤーッ!」
「フギャーッ!」
痛烈な回し蹴り。防御もままならず、ウルタールの身体は展示室の壁に叩きつけられた。亀裂の入る音。
「イヤーッ!」
「ンアーッ!?」
砂色ローブのニンジャはそのままブレイジングアイにカラテを仕掛け、彼女を苦もなく床に這わせた。苦悶するブレイジングアイを見下ろし、彼は侮蔑的に鼻を鳴らす。
「ようやっと合間見えたぞ。ドーモ。ブレイジングアイ=サン。レッドコブラです」
「ウウ……」
「貴様の申し開きは聞かぬ。セト=サンの裁きを震えて待つがいい」
レッドコブラがブレイジングアイの頭を足で押さえつける。ウルタールはもがこうとした。できぬ。身体に力が入らない。目が霞む。意識が朦朧とする……毒。先ほどの蛇か。
「フレアダート=サン。生きておるな」
「あ、アバッ……ああ……」
「チョージョー。此奴らは俺が抑えておく故、棺から例のものを回収せよ」
「わか、わかった。アバッ」
フレアダートがよろよろと石棺へ向かう。レッドコブラは冷然と、しかし機を見計らうかのように注意深い視線でその様を見守っていた。ブレイジングアイは動けぬ。自分もまた、同じだ。視界がぼやける。フレアダートが石棺に到達する……
(バステト・ニンジャよ)
ウルタールの視界が澄み渡る。足元には銀の砂漠が広がり、暗い空には黄金立方体が浮かぶ。そしてタタミ三枚分離れた場所には、赤い砂嵐が音もなく舞い上がっていた。
(オヌシにしては珍しいウカツよな。あのようなアンブッシュを許すなど)
密やかな笑いが響く。砂嵐の奥に人影が浮かんだ。赤い眼がこちらを見ている。ウルタールは朦朧とそれを見返した。
(そしてコブラの毒に侵されるとは。昔では考えられぬ……クフフ! 生きてはみるものよ。とはいえ先のイクサは目が覚めるようであった。うむ。目が覚めた)
ウルタールは目を見開く。彼女が目覚めた。今の時代に。もはや彼女の意識と溶け合ったバステト・ニンジャのソウルがそれを知らしめる。
(オヌシもまた半分眠っておるようだの。ま、よい。妾のカラテを見れば嫌でも目を覚まそうて!)
哄笑が響き、赤い砂嵐が爆発的に周囲を蹂躙する。ウルタールはなんともいえぬ心地のまま、砂嵐に飲まれる自分を幻視した。
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