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良き師を持つということ

あらゆる物事には先駆者がいて、茨の道を切り開いてそのコンテンツを更新していくものです。
後進の者は、先駆者の道の切り開き方を、見聞きして盗み、また別の先駆者のそれと掛け合わせて自分だけの武器を作っていく。
気づけば後進だった者の後ろには更に後進の者が続き、また道を切り開いていきます。

僕も音楽を作る者として、そうやって武器を手に入れてきました。

気づけば様々な先輩に恵まれました。

僕のバンドをサポートしてくれる先輩、ギターを教えてくれる先輩、忙しい中ゲームをしながらお互いの近況を報告しあう先輩、とても尊敬している人たちです。

天邪鬼で他人にあまり興味のない僕が、なんでこの人たちには自然と惹かれるのだろうと少し考えると、言葉は安いけれどもその人の人柄、生き様と、それを裏付けるコンテンツに対する技巧のバランスなんだなあ、と思いました。ようするに、なんか面白い人たち。

僕の思う「面白い人」とは、「そういう考え方があったのか!」という気付きを与えてくれる存在です。
その人たちと交流していくことで、面白い人の面白い部分を自分なりのフィルターを通して自分の一部にしていくイメージ。
そうして、いつか自分を面白いと思って付いてきてくれる人が現れたらありがたい話やでほんま。

当たり前の話で、技術だけ秀でていたとして、上手だなあ、くらいの感情は抱くだろうけど、たぶん次の日の朝には忘れてますし、いくら人柄が合っても、まあ友達にはなるかもしれませんが、特別尊敬したりはしないんじゃないかな、と思います。もっと言えば、しょっぱいと思った人間とはできるだけ関わりを断とうとしますね僕なら。
その逆もまた然りで、「あ〜、なんか俺って相手にされてないな」、と感じる場面もあると思いますが、それは自分が相手にとって面白くないからで、相手と仲良くなりたければ自分を変えるしかないし、自分を変えてまで交流を持ちたいと思わないのであれば、ご縁がなかったということです。

そこで腐らず、様々な現場に出向いていれば、自分を面白いと思ってくれる人、平たく言えば評価してくれる人はきっと現れます。
あるいは、少し時間が経ってかつてご縁が無かった人が評価してくれたり。

これからも面白い人に会いたいし、面白い人間になりたいですね俺さんは、という話でした。

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