私と彼と占いと

シャッシャッシャッシャッとカードを切る音が狭い部屋に響いている。目の前の女性は先程こちらを一瞥しただけで、つまらなそうに私の話を聞き、ふうん、と言ってカードを混ぜ始めた。本当に当たるのだろうか。態度が悪いがよく当たる。そういった噂を聞いてこの占いのお店にやってきたものの、あまり人はおらず、お店の奥に向かって、すみません、と声をかけると、こっちへどうぞ、と気だるそうな声が奥の部屋から返ってきた。奥の部屋へ進むと占い師と思われる彼女はぷかぷかと煙草を燻らせていて、私に手で前の椅子に座るように促した後、まだ長く残っている煙草を躊躇なく灰皿に押し付けて揉み消した。
「まだ言ってないことあるんじゃない」
彼女はカードを二枚テーブルに出してそう言った。タロットカードだとばかり思っていたが、見たことがないカードだ。シンプルな記号と英語の一文しか書いていない、質素なカード。
「えっ」
「情報はなくても占えるけどね、あれば当然当たる確率も上がるよ」
私は驚き躊躇った。所謂マイノリティである私は、誰かにその秘密を打ち明けることを恐れていた。もちろん守秘義務だとかきちんとあるのだろうけれども、それでも適当そうな彼女の様子を見て本当に大丈夫だろうかと疑念を抱いていた。
「――まあ、言いたくないなら無理に言わなくてもいいよ」
ぺしぺしと彼女はカードをテーブルの上に広げていく。私が言わないことを見越していたのか、ハナから聞く気がなかったのか。
「……あの」
「うん」
「……」
「まあとりあえず言うね」
彼女はカードを順に指さして言った。順に、と言ってもその順序はカードを出した順番などではなく、私には不規則なものにしか見えなかった。
「何か迷ってることがあるみたいだけど、それは何かしらのルールだとか常識だとか規範だとか、そういったものに縛られてるだけだね。視界が狭まってるっていうか。あるいは別の何かに気を取られてるのかな。でもそれは変えれるもののはずだ。今なら自分を変えられるだけの力を持ってるけど、それは自分が気づいてないだけ。今の身の丈にあった決まりごとを決めた方がいいよ。そういうのは自分の成長によって変わるべくして変わるものだから。あーとーはーねー」
 んー、と彼女は唸って顎に手を当てた。
「やっぱ変化、変化だね。今変わった方がいいよ。変わらないともっと悲惨なことになると思うよ。勇気を出してっていうとなんかかっこよすぎるけど、まあ私のとこに来たのがいい転機だと思って変わってみたら」
彼女はそう言って背もたれに体重を預けた。私からの言葉を待っているようだ。私はまだ迷っていた。本当に、しゃべっていいのだろうか。笑わないで聞いてくれるだろうか。引かないでいてくれるだろうか。もしかして私以外にもそうした相談を受けていたりするだろうか。
私が考えていると、彼女はふう、と息を吐いてテーブルの下から伝票を取り出した。
「はい。じゃあ今日はこれで――」
「あ、あの」
「ん?」
彼女は私を見た。彼女の瞳は強い光を放っていた。凛として黒々とした漆黒の闇のような瞳孔なのに、表面はつるりとしていてガラス玉のようだ。
「言う気になった?」
「……はい」
「なに?」
「……好きな人、が、いて」
「うん」
彼女は背もたれから背を離し、楽しそうに頬杖をついた。
「でも絶対会えなくて」
「うん」
「人にもなかなか言えなくて」
「うん」
「でも、なんとかしたくて」
「うん」
「なんとかって言っても、会うことは難しいから、難しいというか絶対にできない、叶わないから」
「うん」
「だから、踏ん切りをつけようと思って、ここへ、来て……」
「うん」
私は大きく息を吸って、吐いて。
「――私の好きな人、二次元の人なんです」
「うん。知ってる」
私は拍子抜けした。そんなあっさりした答えが返ってくるとは思わなかったのだ。
「これが変化のカードで、こっちは現実逃避っていう意味もあって、んでこれが知識が豊富だってカードね。それからある種の諦めがあるってカードも出てる。彼のことたくさん知ってるし考えたんじゃない?」
「え、は、はい」
私の言葉を彼女はすんなりと受け入れた。私が驚いている間にすらすらと彼女は説明を始めた。
「変化っていうのは破るべき常識とかがあるか、何か物事が終わって新しく始まるときのことを言うのね。多分他の人にそのことを言ったら引かれるとか頭おかしいとかって思われるのを恐れてるんだろうけど、案外大丈夫だと思うよ。多分だけど。所詮占いだし」
所詮。自分が占い師なのに彼女は所詮占いだと言い切ったことにまた驚いた。
「まあそりゃあ人によるけどね。最近はいろんな人が増えてるから。増えてるというか堂々とするようになったから。もちろん真面目の捉えてくれない人もいるだろうけど、そういう人はしょうがないなって思って置いときゃいいのよ」
「はあ」
「そうやって自分が変われば周囲も変わるよね。もちろん。同じだって人が出てくるかもしれないし、他のマイノリティの人が何か言ってくるかもしれない。そうやって視野を広げてみると、また違った見方で世界が見えるようになるよ」
「……はい」
私はなんだか気が抜けて、一度深呼吸をした。
「と、まあこんなもんかな。何か質問は?」
「ええと……」
彼の気持ちを聞いたりできるだろうか。以前他の占い師に見てもらったときに、彼の気持ちは私には向いていない、と切って捨てられてしまった。けれどそうは思えないのだ。
「彼の気持ちを見て欲しいとか?」
言いあてられて、ごくりと私は唾を飲んだ。
「いいけど、もっかいカード引くことになるから追加料金になるよ」
「……構いません」
「わかった」
「お願いします」
彼女はテーブルの上のカードをかき集めてカードの山に戻し、鮮やかな手つきでシャッフルし始めた。さっきよりもなんだか楽しそうに見える。
「本当に、できるんですか」
「できるよ?」
彼女は私の問いを当然でしょ?というようなイントネーションで返した。
「二次元だろうが一次元だろうがそこに存在してるならそれは一つの塊で、塊は魂なんだよ。塊と魂ってのは漢字を見ればわかるけど右が人で、左が土と雲なんだよね。アニミズムって考えを基本的に私は信じてて――あ、占い師全員がそうってわけじゃないよ――土は土地の神を祭るためにもの、雲はエクトプラズム的なものを表してるわけ。土には人を捧げるし、その人は雲を吐き出すんだよね。土地に雲を捧げたならその大地から生み出されるものには雲が宿ってるはずでしょ。だからそれは魂なんだよ。まあ強引な説で私の自論でしかないんだけど」
「だから、キャラクターにも、魂があると……?」
「うん。そりゃあるでしょ。生きて動いてるんだから」
彼女は当たり前のことしか言っていない、という様子だった。自分以外にもそういった考えを持っている人がいたことにまた驚いていた。
「存在してるならそれには何かしらがあると思うよ。思いとか考えとかそこまでのものじゃないかもしれないけど、人間がそれに何かしらの名前を付けることはできるよね」
「な、なるほど」
彼女の考えに圧倒されていた。私はそこまで深く彼のことを考えていなかった気がする。正確には、彼の事は考えていたけれど彼の存在がどういうものか、そういったことを考えていなかった。
「じゃあはい」
ぺらぺらと彼女はカードをめくり、再度テーブルに広げた。
「うん。やっぱりさっきとほぼ同じカードが出たね」
「やっぱり、ですか」
「やっぱり、だよ。だってそりゃあ自分を好いてくれる相手がいるなら向こうも好ましく思うはずじゃん?」
「でも、好きなタイプとか――」
「んなもんアテにならないよ。好きになった人が好きなタイプでしょ。やっぱり向こうも変化を願ってるし、好ましく思ってる。でもそっちが変わってくれないと向こうからはどうしようもできない。というか、このアプローチが精一杯かな。ここに来れたのも彼のおかげかもよ」
その考えはなかった。さっきから彼女は私の思考の範疇外のことばかり言っていて、私は虚を衝かれてずっとロクに喋れていない。
「だから外野のことなんざ気にしなさんな。自分の想いに正直になって貫きなよ」
ストレートな言葉が、私の心を貫いた。
もっと自分に、正直になるべきだ。

私は、彼が、好きだ。

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