マイノリティの生存戦略。「みんな」に背を向けて。「わたし」と「あなた」をたいせつに。

「マイノリティ」って響き、悪くない。むしろ、他とちがってかっこいい。ただ、自分が平均値から外れていると、マジョリティよりも苦労することもある。左利きの人ってさ、左利き用のはさみ、どこで買ってるの?


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おはようございます、原口あゆみです。昨日はこんな記事をお送りしました。4年前に書いた、ちょっとやんちゃな言い切り系。

自己肯定感が低く、意識の高い就職活動生へ。「社会を見る」「経験を積む」ためだけの新卒入社は人生の無駄使いかもしれない。

そしたらなんと、まさに就職活動的なことをしているnoterさんの目に留めていただいて、嬉しかったです。臨場感あふれる今の彼女の文章は、とてもまぶしい。ぜひ読んでみて欲しいです。


上記noteのコメント欄に、こんな事を書いてきました。

みんなとは違う人は、みんなと同じことをしないほうがうまく(楽に)生きられるんじゃないかなあ。

成功テンプレほんとにないから、とにかく自分の性質をよく研究して、それに合う形で活動を進める。自分の性質をわかってくれる人に協力してもらう。それができたら何かしらオリジナルのストーリー始まるって思っています。


こうして読み返すとだいぶ偉そうで恥ずかしいけど...

この関連の話をもう少し書いてみます。


「みんな」に背を向けて

マジョリティな人のこと、嫌いになれってことじゃない。でも自分の中の「みんなみたいになりたい」という気持ちは自分を縛る枷になってしまうだけだから。少しでも自覚して、少しでも手放していったほうがいい。

だって、マイノリティな人は、どうせなれないもん。みんなみたいな方法で、みんなみたいになることはできない。早く諦めた方がいい。


これはたとえ話だけど。昔私は男性として生きたいと思ったことがあって。男性服を着ても男性には見えなくて。「男性はみんなメンズ服着こなしてるから、私も着こなそう!あ、でも私女体だったわ!」って当たり前のことがあって。

その時はけっこう辛かった。なんで自分はお尻が大きいんだろう。肩幅がないんだろう。身長が低いんだろう。髪を短くしても、この顔では男性に見えない。どうやったら男性に見えて男子トイレに入れるのか。どうやったらパス度(その性別に見える度合い)をあげられるか。ばかりを考えた。

...若干複雑な例を出してしまった。

そういう心と体の性自認が違う人にはいろんなタイプの人がいて、本当に体を変えた方が楽に生きられる人もいれば、変えないでうまくいく人もいるし、私のように年をとって性自認の不一致が解消されることもある。それこそ人によって本当にさまざまで、私がどうこう言えるような立場にはない。

私の場合は、結局男性服を着ているよりも女性服を着た方がかっこよくなれるということに気づき、どうしたら自分がより男性らしく見えるかということよりも、どうしたら魅力的に見えるかに注力することになった。その魅力の中には、おそらくいわゆる女性っぽさも入っていて。

そういうのでもいいのかなあと思っていたら、そういう私でいい。と言ってくれる人が現れて、それでもいいか。いや、それってむしろすごくいいじゃん。ということにだんだんなっていった。

ちなみに、実際に手術やホルモンで体を変えた元女性の方も、元から男性だった人とまったく同じには見えない場合もある。でも、その人なりの魅力があるから、むしろそのほうがかっこいいと思う事が多い。


「わたし」と「あなた」をたいせつに。

人生を成功させるには、基本的に就職したほうがいいとか、基本的に結婚した方がいいとか、いうことが大多数の意見かもしれない。

ただ、それは「マジョリティ」の、しかも古い法則であって「わたし」の法則ではない。だんだん、古い法則に悲鳴をあげる人も増えている。もしかすると、もはや誰の法則にもならないのかもしれない。

私には私の弱さがあるし強さもあるし、先天的・後天的な性質があるし、体の特徴があるし、できることできないことがある。

本当は、誰もがそうだったりするんじゃないかな。今まで、マジョリティに合わせられる人が、なんとかかんとか合わせていただけ。「平均の顔」という顔を持っている人がいないように、全てが「マジョリティ」でくくれる「普通な」人間なんていない。


「私って、マジョリティじゃないんだ。」

という気づきは、朗報でしかない。

マジョリティになれないからって、何もかも失ったわけではない。むしろ、「みんな」に背を向けて自分の中を覗いてみると、とんでもなく色とりどりで、豊かだったことに気づく。

その目で、周りの人を見てみると、みんなそれぞれの顔に見えてくる。彼は「サラリーマン」じゃなくて、「満員電車の中で、自分の好きな事を模索している最中の人」だったり、あの人は「ワーママ(ワーキングママ)」じゃなくて「自分の子育てに悩んでいるけど、誰にも話せなくて困っている人」だったりするのかもしれない。

私たち全員の生存戦略として。「みんな」ではない「わたし」と「あなた」への視点をたいせつにし続けたいな。と思うのです。



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原口あゆみ

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原口あゆみのある瞬間の記

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コメント10件

マジョリティとかマイノリティとか、どうでもいいかなって思っちゃうんですよね。
みんな違う。個性がある。それでいいじゃないですか。
マジョリティってなに?同じ人なんていないよって。
みんながそう思う世界になったら良いなって思います。
織穂乃さん
反応が大変遅くなってしまいました(汗
織穂乃さんらしさ、本当に貴重だと思います。

いろいろ大変なこともあるけれど、マイノリティ万歳✨
個性を大事に生きていきたいですね。
優まさるさん
反応が大変遅くなってしまいました(汗
ですよね、いくつ集まっても「大きな塊」じゃなくて「1個がたくさん集まった集合体」っていう感じ。社会は人の集合体。大人数だとなかなか難しいこともありながら、その視点は忘れずにいたいですね。
あずきさん
反応が大変遅くなってしまいました(汗
本当にそうですよね。一人一人みんなちがうから、マジョリティ側、マイノリティ側じゃなくて、1人1人を見ていきたいし、自分もそうありたいです。
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