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ヒーローじゃない25


 ──次のニュースです。先週発表された特級ヒーロー・青葉千晃氏の機関脱退について波紋が広がっており、国民の間でも不安の声が挙がっています。
 ──これを受けて機関は記者会見のスケジュールを大幅に繰り上げ、早ければ今週末にも行なうとしています。

 ここ数日間全く変わらないニュースの内容に、ソファでコーヒーを飲みながらアマネは思わずため息を吐き出した。半年以上全く動きがないと思えば唐突に出てきた特級ヒーローの機関脱退ニュース。驚きはしたが、予想していたことなので狼狽えることはなかった。その日の内にひめのが家に突撃してきてあれこれ聞いてきたことだけが多少困ったくらいだ。
 世界を守っていたヒーローが、その中枢ともいえる場所を辞める。世論としては既に批判的な意見が出つつあるのはネットで確認済みだ。記者会見で彼が上手く話せれば多少和らぐかもしれないが、それでも損なわれたイメージを回復させるのは難しいだろう。
 暫くの間食い入るようにテレビの画面を見つめていると、後ろから「おーおー、熱烈に見つめちまって」とからかい交じりの声が飛んでくる。振り返ると、そこには大きな紙袋を抱えた力也が立っていた。

「力也さん……入るなら一言くらい声かけてよ。お邪魔しますとか」
「お前だって俺ん家には勝手に入ってるじゃねえか」
「一人暮らしの娘の家にずかずか入ることがデリカシーないって言ってるの、大きくなったひめのちゃんに愛想尽かされても知らないから」
「ぐ……痛ぇ所を……」

 バツが悪そうな顔をしつつ、力也は持っていた紙袋を差し出してくる。座ったまま受け取ると、中にはごろりとした筍がいくつも入っていた。

「ありがと、山で採ってきたの?」
「まあな。今年はこれで最後だ、あとはでかくなりすぎた」
「そっか……後でアク抜きしとかないと」

 一旦紙袋をテーブルの下に置いていると、力也は立ったまま「で?」と話を続ける。

「連絡は来たのか」
「魔獣が出たなんて電話は来てないけど」
「チアキからだよ、お前分かっててはぐらかしてんだろ」

 呆れたようなため息を吐き出す力也に、今度はアマネの方がバツが悪くなる。
 別にはぐらかしたわけではない。ただ、いつも通りのことを聞かれるとは思っていなかったから察することが出来なかった。それだけだ。

 十一月の頭にチアキが都心に帰ってから、早半年。この間にアマネはチアキと一切連絡を取っていない。
 チアキがスマホを持っていなかったのもあるし、何よりも去り際に『落ち着いたら連絡するね』といつもの調子で言われたのを深く考えずに承諾してしまったのだ。お陰でアマネから連絡を取りたくても出来ず、気付けは桜の花も散りかけの季節が来た。
 冬を越し、春を迎え。その間、都心に戻ったチアキの活躍は取り上げられない日などないくらいに目覚しいものがあった。数々の高難易度の任務を捌き、功績を積み、三ヶ月で国の栄誉賞候補に選ばれる程である。テレビで見る度、やはり自分と彼は違う世界の人間なのだと折角落ち着いた嫉妬心がまた頭をもたげてしまうくらい、とにかく凄かった。
 もしかしたら向こうで別の生きる道を見出して、こちらのことなどどうでも良くなったのではとネガティブな考えをし始めた矢先に機関脱退という大ニュース。喜ぶべきだろうが、何せ本人と連絡がつかないのでどうすれば良いか微妙に分からない。そんな心境だった。

「来てない。あっちも忙しいんでしょ、見ての通り」
「ウチの二種誑かしといて無視たぁ良い度胸だな……帰ってきたらこってり絞ってやんねえと」
「誑かすって……」
「文字通りだろ、俺との契約切ってアイツと外国巡業なんざ勝手な約束しやがって。不良娘め」

 口では文句を言っているが、力也はどこか楽しそうだった。手のかかる子ほどなんとやら、ということだろうか。彼の娘になったつもりは今までもこれからも全くないが。

「契約のことは、まあ……悪いとは思ってるけど。でも今すぐってわけじゃない。現に脱退発表しただけでこんなことになってるし。この調子じゃ年単位はかかりそうね」

 機関内部のことについてはアマネが知る術はないが、世論的なことを考えるとそう簡単にはいかないだろう。無理やり辞める選択もあるが、そうすればヒーローとしての評判に傷が付く。引退するわけではないので、そうなることも避けたい筈だ。特にフリーで仕事をするなら評判の良し悪しというものはどうしても付いて回る。今は力也と組んでいるとはいえ、根本的にはフリーの立場であるアマネにはその辺の事情も理解出来た。

「良く待てる気でいるなあ、それも愛の成せる業ってヤツか?」
「さあ。でも約束しちゃったし。破ろうとは思ってない」
「そんなら、一回ちゃんと会って確認した方が良いんじゃねえのか」
「だから、連絡先知らないんだってば……」

 出来るものならとっくにしている。そんな不満を込めて力也と見ると、真顔の彼と目線があった。こんなに真面目な顔をしている力也は久しぶりだ。

「アイツを信用してねえってワケじゃねえが……つうかお前、チアキの性格全然見抜けてねえな?」
「は?」
「あの手のタイプはな、放っとくとすぐに一人で抱え込んじまうんだよ。誰かが無理にでも引き剥がしてやんねえとまた折れる。お前に連絡先教えなかったのも、これ以上情けねえ所見られたくないってカッコつけかもしれんぜ。案外」

 そんなわけない、とは言えなかった。アマネも勿論だが、期間限定とはいえ力也も一応上司としてチアキを見てきたのだ。同じ都心で働いていた一種同士というのも妙な説得力がある。
 黙ったままでいると、力也はにやりといつもの笑みを浮かべた。

「王子サマを健気に待つお姫サマ、なんて柄じゃねえだろ気持ち悪い。とっとと行って、アイツに喝入れてこい。今が一番キツイ筈だ」
「でも……」
「特別に三日有給休暇をやる、ついでに機関へのアポ付き紹介状もな。土産は買ってこい」

 しっしっ、と追いやるように手を振る力也にぱちりと目を瞬く。じっと彼を見上げてから、アマネはにやりと笑った。

「力也さんのそういう不器用な所、嫌いじゃない」
「そうかよ」
「確かに、待ってるだけなんて性に合わない……私が巻き込んだんだもの、機関でもどこでも乗り込んでやる」

 ぐっと拳を握って立ち上がると、彼は呆れたように笑って「おいおい、道場破りでも行くつもりか?」と茶化した。

「ふふ、あながち間違ってないかもね」
「怖え怖え、暴れんなよ」
「誰が暴れるってのよ……ありがと、力也さん」

 素直に礼を言うと、照れ臭いのか力也はまた手で追い払う仕草をした。
 それにくすくすと笑いつつ、アマネは再度テレビに視線を向ける。画面の向こうでは、今日もチアキが戦っていた。

 部屋の片隅で蹲っている青年を見つける。広い背中も、太陽のように明るい金髪も、何もかもが半年前と変わらなかった。
 ただ、力なく頭を垂れているせいか今は子供のように小さく見えることに苦笑してしまう。どうやら力也の言う通り、限界まで我慢を決め込んでいるようだ。そこは何も学んでいないのか、と叱りたくなるがその前にやるべきことがあるだろう。

「しんど……」

 近寄ると、小さな声で彼が呟く。前に回り込んでも同じ目線になるようにしゃがんでも全く気付かないようで、彼が顔を上げることはない。

「……死にたい」
「そうなの?」

 声をかけると、ばっと青年が顔を上げる。銀色の目は変わらず綺麗だ。ただ、その下にはうっすらとクマが出来ているしやつれた気がする。それだけで、彼がどれだけ辛いのかが手に取るように分かった。
 目の前の光景が信じられないのだろう、青年は完全に固まってこちらを凝視しているばかりだった。目を見張る彼に、アマネは一つ笑って手を伸ばす。

「それなら……どうすれば、私は貴方を救える?」

 触れた頬は、確かに温かくて。彼はまだ生きているのだと心の底から安堵した。
 きっと彼は何度でも同じことを思うのだろう。辛く、悲しい、絶望の果てに、楽になる術に縋りたくなるのだろう。
 それを引き止めることが本当に正解なのか。アマネには分からなかった。
 それでも──彼と一緒に生きる道を諦めたくはない。誰よりも大切な彼を救える人になりたい。これが、皆が望むヒーローにはなれなかった月見野舜が望む、絶対の夢だった。


fin...


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