見出し画像

創造性は鍛えられる! でもどうやって? ~クリエイティブ教育に必要な場所とは~

こんにちは。福岡にあるデジタルとクリエイティブの会社「株式会社しくみデザイン」です。しくみデザインは街中や施設にあるデジタルサイネージを作ったり、アイコンに触るように動きで音楽を奏でられる新世代楽器「KAGURA」やiOSで動くビジュアルプログラミングアプリ「Springin’(スプリンギン)」を開発しています。

今回ウェブサイトをリニューアルするにあたり、オウンドメディアというか、自分たちで記事を書いていくことにしました。せっかく作った記事、ぜひ多くの人に読んでもらいたいと考え、今後noteにもいくつか記事を書いていこうと思います。どうぞよろしくお願いします。

しくみデザインウェブサイト
https://www.shikumi.co.jp/

第一回目はしくみデザインが立ち上げた「クリエイティブ教育ラボ」について。「クリエイティブ教育ラボ(EduCreative Lab)」はデジタルネイティブ世代がクリエイティブな大人になるためには「何かを創りたくなる」気持ちを育むことを目的とし、世界中の子どもたちがクリエイティブになれる方法と環境を研究し、そして実践する社内研究組織です。

「クリエイティブ教育ラボ」を立ち上げてまもなく2ヶ月。この夏はさいたまスーパーアリーナで開催したデジタルアトラクションパーク「Spaaark!!」やKAGURAのアップデートなどたくさんのことがあったのですが、クリエイティブ教育ラボについても、新しい取り組みを始めてきました。ではクリエイティブ教育ラボは今後どんなことをやっていくのか。そこで今回は「クリエイティブ教育の場」という視点から、クリエイティブ教育ラボ所長の中村俊介に話を聞きました。

聞き手・構成:香月啓佑(しくみデザイン)

成功体験のスパイラルとしてのコンテスト

――この夏もしくみデザインはたくさんのプロジェクトをやりましたが、僕としてはやっぱり「FUKUOKA Creators Award 2017」が印象的ですね。子ども向けのプログラミングアワードということで、ワークショップから授賞式、そして新たにオープンした福岡市科学館での展示など、これまでにないプログラミングコンテストができたんじゃないかなと思っています。

本当にアワードはやってよかったよね。福岡市科学館での展示に向けて、受賞者とのやり取りのメールの中で、子どもが自信をつけてくれてうれしいって保護者の方からの言葉があったでしょう? 僕のフェイスブックにもコメントがついていて。来年も応募するって今から楽しみにしてくれているみたいで。子どもたちに自信を与えられたこともそうだし、そこでとどまらない「次も頑張ろう」っていうスパイラルが生まれる場を作れたのはよかったよね。

――ワークショップに参加してくれた子どもたちもたくさんいましたね。そういう意味ではワークショップも場といえるかもしれません。初めてのプログラミング体験から、作品作り、そしてみんなの前での発表まで。3時間の濃密な経験ができたのかも。

それもそうだね。クリエイティブ教育ラボでやりたいことって、そういう場を作ることなんだよね。ニーチェが「永劫回帰」って概念で言ってるんだけど、人生ってものごとの繰り返しなわけ。その中で成功体験があると、またそれを繰り返すことでまた生きていける。そしてその成功体験の中としてコンテストが挙がってるんだよね。僕もコンテストはいい場所だと思う。能力を身につけて、競って、そして賞として認められることで、人生が循環し続けていく。コンテストってそのきっかけのひとつだよね。

――ただ一方で子どもにとってあまり競わせないほうがいいんじゃないかという見方もあるじゃないですか。個性を伸ばすには、競わせずにのびのびやらせたほうがいい的な。確かにコンテストって順位付けをするし、それによってショックを受ける子どももいるかもしれない。

それはコンテストを特定の分野に限ってしまってるからじゃないかな。色んなジャンルのコンテストをできるだけたくさんやればいいだけの話だと思う。今回のFUKUOKA Creators Awardに入賞した子どもたちは、デジタルコンテンツを作るってことに秀でていただけなんだよね。しかも審査委員長は僕だからね。ちゃんと評価したつもりだけど、言ってしまえば僕の目に残ったかどうかとしか言えない。運の要素も、好き嫌いの要素も多分にある。

だから「自分はダメなんだ」って烙印を押さないでほしい。うまく行ったら自信をもってほしいけど、うまくいかなくても自信をなくさないでほしい。たまたま今回は入賞できなかっただけかもしれないし、デジタルコンテンツを作るのが苦手だったのかもしれない。だったら他の分野で頑張ればいいし、できれば「よし、来年に向けてSpringin’で作品づくり頑張ろう」ってなってほしい。もちろん別の分野に取り組んでも全然いいけど、ぜひその分野でもコンテストに応募してほしいね。ただそのジャンルが少ないのが問題なのかもしれないけど。競うことで能力も、技術も上がっていくし。人生は繰り返しだから。だからその繰り返しの場となるコンテストを来年も準備してあげたいと思ってるし、福岡市にも来年も協力してくださいってお願いしたよ。

創造性は鍛えられる

――Springin’に限らず、デジタルコンテンツを作れるようになりたいな、って子どもたちって多いと思うんですよ。プログラミングができるようになりたいとか、絵が描けるようになりたいとか。そういうクリエイティブな能力というか、創造性ってどうやって身につけていけばいいんでしょうね?

創造性と聞くとさ、なにか特別な、神様から与えられた芸術的な才能のように感じるひとが多いでしょ。そして「自分には創造力がないから……」と諦めてしまう。でも創造性って「こういうものを作りたい」「こういう問題を解決したい」という自発的な動機のもとに、それを実際に動かしていくことなんだよね。新たなモノやコトを作り出す能力と言い換えてもいい。いわゆるアートの文脈にとどまるものではなく、絵を描かなくても、音楽を演奏しなくても、私たちの普段の生活において創造性は必要なもの。もちろん日々の仕事においてもね。

――一種の問題解決能力と言ってもいいかもしれませんね。

そしてこれは断言したいんだけど、創造性って鍛えるものなんだよね。というか鍛えられる。さらに鍛え続けないと衰える。体力と似てるんだよね。運動することで体力は向上するし、運動をしなくなればどんどん体力も落ちる。創造性も同じ。僕だってさ、日常的に絵を描く機会がなくなったら急に描けなくなったもんね。

――それは僕もですね。本を読むと文章が書けるようになるし、本を読むのを止めたら急に文章が書けなくなってしまう。ただそういうのって生まれつきの要素もあるんじゃないですか? 絵の才能とか音楽の才能とか。

創造性が生まれつきのものなのか、あるいは生まれは関係なく育てられるものなのかを考える上で、米国の作家 デイヴィッド・シェンクが書いた『天才を考察する―「生まれか育ちか」論の嘘と本当』って本を読んだ。

天才を考察する―「生まれか育ちか」論の嘘と本当 | デイヴィッド シェンク, David Shenk, 中島 由華
https://www.amazon.co.jp/dp/4152093226

サブタイトルにあるとおり、天才は生まれつきか、あるいは育った環境によるものなのかを、過去の天才たちの奇跡の研究からゲノムによる分析まで、あらゆる角度から考察して、その議論に終止符を打とうとする内容なのね。詳細はぜひ本を読んでほしいのだけど、結論を言うと、才能はその環境や日々の鍛錬によって形作られるということ。もちろん遺伝子的な側面があることも認めてはいるけど、遺伝子的な要因だけでは才能が伸びることはないとしてる。これは僕の実感ともあってるし、まわりの人を見ててもそう思うね。

創造性は一つの才能。だから創造性、創造力は後天的に身につけ、鍛えられる。これは僕の経験上もそうだね。だから創造性を鍛える場が必要だなと思って、クリエイティブ教育ラボを立ち上げたんだよね。

創造性を鍛える「クリエイティブ・ジム」という考え方

――それってやっぱり普通の学校じゃダメなんですかね?

そう言い切れるものではないかな。別に今の教育制度を否定したいわけではないよ。小中高生くらいまでは広い分野を学んでおく必要がある。問題はそれらが別々のゴールを持つものとして教えられていること。そこは変える必要があると思ってる。

例えばさ、僕は「KAGURA」って楽器を作って、いろいろ賞をもらったりしてるけど、実は音楽経験ってまったくないのよ。だけど自分でも演奏できる楽器を作りたいなーと思って、いろいろ勉強したのね。プログラミングはある程度やっていたけど、そこで音楽理論を少しやって。そうすると音楽理論のある程度の分野って物理学の延長線上にあるのね。もちろん例外的なところはあるけど、まぁそこは目をつぶって。となると物理演算をプログラミングする必要がある。そうすると今度は行列演算が必要で、線形代数を勉強して……。KAGURAはビジュアルで演奏する楽器だから、画像認識とか処理も必要。となるとさらに必要な知識が増えていく。

楽器を作ろうとすると、理系・文系の教科関係なく、あらゆるものが有機的に絡まっているんだよね。で、それに気づくと、やってきた勉強が楽しくなるのね。これに早く気づいてほしい。僕たちに5教科を全部教えるような場所は作れないけど、そういう「つながり」に気づかせる場所や機会なら作れるはずなんだ。

――その手法としていま注目されているのがSTEM教育とかSTEAM教育とされているものですよね。

そうそう。だけど単にSTEMと言っているだけではダメだと思っていて。さっきKAGURAの例を出したでしょ? 僕は「楽器を作りたい」という気持ちがあったから、色んな分野がつながっていることに気づけた。「作りたい」って気持ちがあったからだよね。でも実際のところ一番難しいのはさ、その「作りたい」ものに出会うこと。自分が没頭できるものを見つけるってそうそう簡単なものじゃない。むしろ子どものころにそれに気づけたなら、それに向かって走り出せばいいのよ。子ども向けのビジュアルプログラミングなんてやってる場合じゃない。さっさとコードを書けばいい。問題はさ、その創造性の源になる「作りたい」気持ちに出会うまでに何ができるか、ってことなんだよね。創造性は鍛えられるんだから、じゃあ鍛えとこうぜっていう場所を作りたい。

――創造性は鍛えられる。体力と一緒。となると創造性のジムみたいなものが必要ってことですかね。

まさに。クリエイティブ教育ラボがつくる場は、創造性のジムのようなものを考えてる。まだ構想段階だけどね。名前もまだ決まっていないけど、「クリエイティブ・ジム」とでも呼べばいいかな。

「次、なにやったらいいですか?」と言われないように

――クリエイティブ・ジムには何があるんですか?

それよりまず大切なのは、目的がなくても来れる場所であること。大事なのはなんとなく「クリエイティブになりたいな」「なにか面白いことをやっていそうだな」というだけで、子どもたちが通えるような場所じゃないとダメなんだよね。さっきも言ったけど、すでに没頭できるものがあれば、それに没頭すればいいだけだから。

――で、そこにはファブスペースみたいに自由に使えるツールや機械があって。

それはもちろん。ただそこにあるツールは「すぐにやってみる」ことができるものが必須だね。例えばね、なんとなく来ている子どもたちに、最新のコンピューターと本を与えて、プログラミングに詳しい人を配置して、「はい、ご自由にプログラミングどうぞ」と言ったところで、それは困るでしょ?

――確かに(笑)。まだ作りたいものがないんですし。

そうそう。だから最初は動かしてみて楽しい、そしてその裏にあるものに興味を持てるようなツールが大事だよね。例えば「Springin’」はプログラミングを学べるんだけど、あくまでもプログラミング「も」学べるアプリなんだよ。大前提としては、まずはデジタルで作品を作るためのアプリなの。難しいことを抜きにして、やって楽しい。楽しんでいるうちに作りたいものが生まれたり、少しずつこだわって、問題にぶつかるうちに、その背面にあるものを学べるようなツールが重要だと思うね。

――その場所にはどんな先生がいる必要がありますか?

必要なのは何かを教えられるインストラクターではなく、なんとなく来た子どもたちに教えるのではなく、「こうしてみたらどう?」と、きっかけを与えられるトレーナーだと思う。だってさ、先生がゴールを設定する形のカリキュラムでは、どうしてもツールの使い方が主目的となってしまいがちでしょ。「これに向かってやりましょう」「よしできた」の繰り返しではクリエイティビティは育たないよ。ゴールがあったらさ、それに到達した次の瞬間に子どもたちは「次、何やったらいいですか?」って聞いてくるよ。これで創造性を育むのはちょっと難しいかもね。

もちろんチュートリアルとしてのカリキュラムはあってもいいと思うけど、その分野の一線で活躍するトレーナーがどっしりいて、作ったものの評価をしてくれたり、手が止まったときのきっかけを与えてくれたり、というのが大事だと思う。聞いたら教えてくれるくらいの、スゴい人。そのトレーナーの人がジムで仕事をしているくらいでもいいかもしれない。

――なるほど、評価してくれるトレーナーか。

あとはもう一つの評価のしくみを考えているんだけど……。それを話すにはまだ早すぎるかな(笑)

――えー(笑)。じゃあそれは次回にしましょうか。

いや、それは機が熟したらね(笑)

【まとめ】

・創造性は鍛えられるし、鍛えないと衰える。なので鍛える場所が必要。
・想像力の源になる「没頭できるもの」を見つけることは難しい。でもそれが見つかるまでにやれることがある。
・学校で学ぶそれぞれの教科はバラバラに学んでも楽しくない。それらが有機的に絡み合っていることに気づけば、今の勉強が楽しくなる。