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ジャレド・ダイアモンド氏が語る、「これからの日本の針路」とは #世界経営者会議

2019年10月28日・29日に開催された「第21回 日経フォーラム 世界経営者会議」に、Nサロンからの招待枠で参加して来ました。2日目には『銃・病原体・鉄』著者で進化生物学者のジャレド・ダイアモンド氏から、新著『危機と人類』をベースに「危機を突破する国家経営〜明治維新から学ぶ日本の針路」のテーマでの講演があり、非常に今後の日本への示唆に富んだ内容でした。

はじめに

 まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている。
*『坂の上の雲(1)』司馬遼太郎(文藝春秋)より

司馬遼太郎氏が代表作『坂の上の雲』の冒頭でこう語り始めた、明治期の日本。ジャレド・ダイアモンド氏の新著『危機と人類』は、まさにその明治日本と比較することで、現代日本の抱える問題点とその解決策を明らかにしていきます。日本ほか7つの国の事例を取り上げ「個人の危機克服の過程から国家を見ていく」ユニークな視点で、ダイアモンド氏は講演の初めにまず「公正な自国評価のために」は何が必要か?と、以下の二つを上げました。

(1)苦しくつらい真実を直視する意志
(2)世界から客観的に得た「知識」

これがあったからこそ、明治期の日本は1853年のペリー来航から50年ほどで大きく変わることができたのだ、と。
以下、ジャレド・ダイアモンド氏の講演内容の要旨をまとめました。

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「変える事だけ変える」と決めた、明治期の人々

黒船が代表する強大な西洋文明と接触して、攘夷を主張する強硬派はいたが、多くの日本人は危機を認識し、外交で時間をかせぎつつ、自分たちが責任をもって日本を変えようとした。それは第一次世界大戦後のドイツが、敗戦の惨めさからしばらく立ち直れなかったのとは対照的だった。

自ら変わることを決めた日本だが、すべてではなく、変えると決めたことだけ変えるという戦略をとった。天皇制、日本語文字のように文化的に重要な点はそのままに、政治・社会制度、軍隊、教育などを外国の支援も受けて変革していった。海軍は英国、陸軍はドイツ、教育は米国・フランスというように、最も優れていると思うものを、日本の状況に合うよう調整して取り入れた。

明治政府は諸外国への誠実性を重視して、自分たちの政治的・軍事的な改革を慎重にステップバイステップで進めた。後の昭和時代の日本やドイツは、それができなかった。この明治政府のやり方は、個人的な危機を克服するのと同じ手法で国家的危機を解決するのに成功した最高の例だ。

岩倉遣欧使節団

1871年から1年10ヶ月に渡って、海外制度を取り入れるため欧米を視察して巡った、岩倉遣欧使節団。写真左から、木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視(特命全権大使)、伊藤博文、大久保利通) 
*ドラえもん社会ワールド『なぜ?どうして?日本の歴史』(小学館)より

現在、米国のリーダーは自分の責任をみとめず、よりよいモデルを取り込もうとはしない。英国も他の良い例をさがさず、悪いのはEUのせいだとしたが、ブレグジットはうまくいっていない。

明治期と比べた、現代日本の問題点とは

では今の日本は? 少子高齢化、女性活躍など、さまざまな課題をうまくまわせていない。私(ジャレド・ダイアモンド氏)は82歳になるが、高齢者を上手に仕事に組み込む仕組み、女性が活躍できる制度設計、移民を日本社会に受け入れるための政策など、日本自身がリーダーシップをとって(移民政策が成功しているカナダの事例など)海外のリソースを制御できないままだ。

日本の人口減においても、一億二千万人から三千万人へというような激減ではなく、八千万人への減少ということなら、それは海外資源依存からの脱却という結果も生むので、そうひどい状況にはならないのではないか。「実直な自己評価」が、今の日本にはできてない。

企業においてはこうした危機克服の意識を、自らの危機においてどう生かすのか。ボーイング、コダックは、危機をきちんと認識した実直な自己評価ができなかった。一方、ユニリーバや米ウォルマートは、持続可能性や食品の廃棄といった環境問題へ積極的に取り組んでいる。

個人とは違って、国家には周辺状況について、ドイツなど大陸国家では地勢的な制約があるが、他国と国境を接しない日本はアジアの周辺国との問題はあるけれども、強いナショナル・アイデンティティを持ち、選択の自由を得て、制約なく事態にあたることができる。日本のCEOたちも公営企業は別として、IT企業のトップには広い行動の自由がある。本日会場にいらした皆さんが、個人の危機、国家の危機、そして将来的な事業の危機を考えるにあたって、今回の分析をあてはめてみてほしい。

モデレーターからの問いかけ

続いて、モデレーターを務める日本経済新聞の渡邊園子さんとジャレド・ダイアモンド氏とで、さらに深く講演の掘り下げがありました。

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渡邊)
日本の人口減少は危機ではあるが、解決作として諸外国から成功した移民政策について学べるということでしょうか?
ジャレド・ダイアモンド)
人口が減ることは、ある意味で喜ぶべき。資源他、リソースを使わなくてすむ側面もある。カナダでは、移民政策を選別的な仕組みに変えた。どのくらい自分の国のために働いてくれるのかということを問うて、その条件を満たした人だけを受け入れるやり方だ。

渡邊)
中国は今後どうなるのか。米中の、未曾有の対立状況の行方は?
ジャレド・ダイアモンド)
個人的には、中国へは一回しか行っていない。米国で不安を抱く人々は、対立を大げさに語っている。中国自体、未来にそんなに大きくは自信を持っていないのではないか。現実的に見ると、中国は民主主義がなく、自由がなく、政策が過去と全く真逆になることもある。そんな状況が過去からずっと続いている。

渡邊)
次の著作として、どのようなテーマを予定しているか?
ジャレド・ダイアモンド)
次はリーダーシップについての本、「リーダーが差を生むことができるのは?」というテーマを考えている。ビル・ゲイツ、チャーチル、そして今回のラグビー日本チームも好例だろう。仏陀やモハメッドが生まれなかったら、アジアやアラビア半島はどうなったか?にも興味がある。

渡邊)
『銃・病原体・鉄』ではイノベーションの歴史を扱ってきたが、今の世界情勢を見てどう感じるか?
ジャレド・ダイアモンド)
これから先、30年を意識すべきだ。2050年に、持続可能な経済を作り上げなければ手遅れになる。私自身は注意深く、かつ楽観主義で見ている。世界的に大きな問題はあるが、よいことも起こっている。気候変動も、多くの人が認め始めている。良い方向51%悪い方向49%、あるいはその逆のせめぎ合いかもしれない。どう転ぶかは、まだわからない。
イスラエルや米国では、とてもイノベーションが進んでいる。日本は研究開発に投資をしているが、イノベーションが進まないと言われる。米国では移民の人々が、リスクをおそれずイノベーションしている。日本の人たちはなかなか言わないが、年上の人々に向かって、間違っていると勇気をもって言うことも必要だ。

おわりに

ジャレド・ダイアモンド氏は新著『危機と人類』の中で、明治期の日本と、国を破滅させた昭和初期の日本との相違について、下記のように述べています。「公正な自国評価」がいかに大切かが示され、日本に戦後の高度経済成長を経て、なぜ「失われた30年」が出現したのかのヒントにもなりそうです。

 さらに、明治の日本人指導者と、一九三〇年代の指導者が経験した歴史が正反対であったこともある。明治の指導者たちが成長したのは、弱い日本、いつ強力な敵国が現れ攻撃されるかわからない状態の日本だった。だが一九三〇年代の日本の指導者にとって戦争といえば、痛快な勝利をおさめた日露戦争だった。
(中略)
 そういうわけで、勝算が絶望的にないにもかかわらず日本が第二次世界大戦をはじめた理由の一部(あくまで一部)は、一九三〇年代の若い軍幹部に現実的かつ慎重で公正な自国評価をおこなうのに必要な知識と経験が欠けていたことだ。そしてそれが日本に破滅的な結末をもたらしたのである。
*『危機と人類(上)』ジャレド・ダイアモンド(日本経済新聞出版社)

さらに明治日本がどのような時代であったのか、特にその維新から日露戦争までの期間について、再び司馬遼太郎氏の著書『坂の上の雲』にもどると、こう描かれています。

 維新後、日露戦争までという三十余年は、文化史的にも精神史のうえからでも、ながい日本歴史のなかでじつに特異である。
 これほど楽天的な時代はない。
(中略)
 社会のどういう階層のどういう家の子でも、ある一定の資格をとるために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも官吏にも軍人にも教師にもなりえた。
(中略)
 しかも一定の資格を取得すれば、国家成長の初段階にあっては重要な部分をまかされる。大げさにいえば神話の神々のような力をもたされて国家のある部分をひろげてゆくことができる。素性さだかでない庶民のあがりが、である。しかも、国家は小さい。
 政府も小所帯であり、ここに登場する陸海軍もうそのように小さい。その町工場のように小さい国家のなかで、部分部分の義務と権能をもたされたスタッフたちは所帯が小さいがために思うぞんぶんにはたらき、そのチームをつよくするというただひとつの目的に向かってすすみ、その目的をうたがうことすら知らなかった。この時代のあかるさは、こういう楽天主義(オプティミズム)からきているのであろう。
*『坂の上の雲(1)』司馬遼太郎(文藝春秋)「あとがき」より

いろいろな課題が山積している現在の日本社会ではありますが、ジャレド・ダイアモンド氏の分析を参考に、坂の上にたなびく白い雲を目指して楽観的に進んでいけば、必ずや道は開けるのではないか。そんな思いを新たにした、ジャレド・ダイアモンド氏の講演セッションでした。



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