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美容院ジプシー、永住の地を見つける

去年までずーっと美容院ジプシーだった。
自分と相性のあう美容院が見つからない。

何年か前までは車で15分ほどのショッピングモールの中にある美容院に通っていた。

選んでいた理由は

①駐車場がある
②予約制ではない
③担当の美容師さんが上手だった

この3つ。

当時は何だかすごく公私ともに忙しくて、時間、体力、メンタルともに余裕がなかった。
用事が入らない休日は少なくて、その日を美容院に使いたくなかった。
なのでその日の自分のコンディションで、予約しなくても飛び込みで行ける美容院はありがたかった。
お値段もそんなに高くなくて気楽に行く事ができた。
担当してくれた方も上手で、仕上がりはたいてい満足だった。
なのになぜやめたのか…。

それはこの担当さんのトークにある。
同性で年齢も近く、フレンドリーで話しやすかった。
けれど、回数を重ねその度を超してきた。
自身のプライベートを、毒を持った感想と共に語る。
声が大きい、止まらない。
そして私にもつっこんだ質問をしてくる。
広めの店内、周囲には丸聞こえ。
緊張しがちな私をリラックスさせてくれようとしていたのかもしれなけれど、私は気が気ではなかった。
疲れていたのでぼーっとしていたかった、ということもある。
仕上がりは満足できたがとにかく気持ちが疲れた。
気が付くと足が遠のいた。

次に言った店では、デジタルパーマをかけたもののすぐにとれてしまい、リパーマをしてもやはりすぐとれる。
次に予約した時に「これから予定もあるので時間もないし、すぐにとれてしまうのでコールドパーマでお願いします」と予約したのに、その時になって
「新しいいい薬が入ったから、絶対におすすめ」
と言われ、時間がないままばたばたデジタルパーマをかけた。
約束の時間には遅れ、ただただ疲れ、そしてパーマはすぐにとれた。
因みにデジタルパーマはコールドパーマよりかなり高い。
やはり足が遠のいた。

合間で1000円カット、カラー専門店を使いながら、美容院探しが始まった。
いくつかのお店を訪れたが、どこもなかなか気に入らない。
気に入らない点は5つ。

① したい髪型をお願いしても加齢による髪質の変化や毛量、くせを理由に  「難しい」と言われる。
② なのに提案をしてくれない。
③ 予約が取れない 特に2回目以降にすると担当さんとの予定が合わない
④ 駐車場がない
⑤ スタッフさんとの会話が負担 沈黙も負担

この中にはもちろん私都合の超勝手な理由もあるけれど、したい髪型をお願いした時に、加齢や髪質を理由にして全否定されるのは本当に気持ちが落ちる。
私にとって美容院はワクワクするところ。
そこで出鼻をくじかれてしょぼんとすると、来たことを心から後悔して速攻で帰りたくなる。

若かった頃は「固い、太い、多い」の三重苦の髪質だった。
年齢と共にそこはずいぶん緩和されて扱いやすくなった。
けれど「白髪」という新しい苦が登場。

「白髪が多いから乾燥しやすくて広がる」
「白髪が多いからうねる」
「白髪が多いからうまく薬剤が乗らない」

ショートにしたいと伝えると、難しい顔で
「軽くなるので広がる」
「縮毛矯正をしないとまっすぐにはならない」
という答えが返ってくる。

はい、わかりました。
それでどうしたらいいですか?

ぱっと見見た目は直毛なのに、髪の内側に少しうねりがある。
いつもそれを指摘される。

それはわかっているんですが…縮毛矯正じゃなきゃだめですか?

問い返したいけれど言えない。
沈黙が続く。
ぐっと言葉を飲み込んで、
「じゃあ、広がらない程度に毛先を切ってください」
やっと美容師さんの表情が明るくなる。

白髪が増えたことで、似合う髪型を探すことはもうできないのか…と、気持ちが暗くなる。

すっかり美容院が苦手になって、コロナ禍の外出自粛の頃は自分で切っていた。
内側を短くしたり漉いたりして、思い切ってショート近くまで切ってしまっていた。
職場でも好評だったので、このまま自分で切っていてもいいかな、とは思ったけれど、自分で切っているとなぜかどんどん短くしたくなる。
きちんと技術があって切っているわけではなかったので、ちょっと不ぞろいかな、と思うところがあるとすごく気になる。

外出自粛が明けて、きちんとプロに整えてもらいたくなり、またジプシーに戻った。

新しい店を探して、日程を調整して予約、希望の髪型を伝え、そして沈黙…結局変わり映えせず、足が遠のく…をまた何度か繰り返した。

車で行けて駐車場がある、という条件があるお店はそんなにない。えり好みしているうちに、ネットで調べても近所には条件に合う店がなくなってきた。

流石に困り始めたある日見つけてしまった。

鳥がさえずるような北の国の地名がついた美容院。
自宅から車で15分、駐車場あり。
予約はなかなか取れないけれど、今の私は比較的時間の都合がつけやすい。
なかなかひっかからなかったのは、大手SNSの予約サービスに登録されていなかったから。
インターネットでも予約ができないので電話で予約するシステム。

ホームページで見たお店の雰囲気はこじんまりして、ちょっとこだわりのあるおしゃれな感じ。
そういえば車で国道に出ようとした時に、何度か前を通ったことがある。
美容院なのかカフェなのか、夕暮れに温かい色のライトが素敵なお店だと印象に残っていた。

予約したメニューはカットと白髪染め。
初めて行ったときにはまだコロナ禍は続いていて、マスクも換気も必要だった頃。
重い木の扉を開けると、ほどよくこじんまりとしているけれど、大きな窓越しに見える街路樹と差し込む光が明るく居心地がよさそうな空間があった。

私の担当は笑顔がかわいい、おそらく娘くらいの年齢の女性スタッフ。
スポーティなシャツを着て、失礼ながら動きがちょっと子供っぽくてほほえましい。
施術スペースはランダムに配置されていて、それもまた自然な感じで落ち着いた。

それでも希望の髪型をスマホの写真を使って伝えた時には緊張した。
希望の髪型は、少しくびれのあるミディアムショート。
頭の中には
「うーん、ちょっと難しいですねぇ」
と困った顔をされる場面が浮かぶ。
お店の雰囲気もスタッフさんもとても印象が良かっただけに、断られたときのショックを和らげるために早めに気持ちを構えた。

彼女はまるで小動物のようにちょっと首をかしげてちょっと考えると、にっこり笑うと
「かしこまりました」
とべコリと頭を下げた。

この瞬間、行きつけフラグが立った。
もし仕上がりが多少不満でも、また次はここに来よう、と決めた。

施術が始まってから、自分の髪質や毛量、白髪のことで悩んでいることを伝えてみた。
念のために「大丈夫ですか?」と聞く。
彼女は
「そうなんですね~」
としばらく考えると
「大丈夫です」
とまたまたにっこり笑った。

私は髪を切っているときの美容師さんの手の動きを見たり、髪が切られるときの音やはさみが動く音が好きだ。
時折長さを確認したり、顔に近い場所を切るときの「失礼します」以外は、必要以上の語りはなく、私は少緊張しながらもおおいに、カットの時間を楽しむことができた。

カラーをしてもらっている時に少し会話をした。
私は仕事のことを話し、彼女がウサギを飼っていること、コロナ禍になって好きな美術館巡りができないことを知った。
私も以前ウサギを飼っていたので、ウサギのあるある話が共通の話題になって少し距離が縮まった。
年齢を聞いてみたら思った通り、娘と同い年だった。

カット、カラーが終わり、ブローしてもらっている途中から、もうすでに満足していた。
思った以上の仕上がりで、縮毛矯正やストレートパーマをかける必要もなかった。
ワックスをつけながらスタイリングの方法を教えてもらった。
ストレートアイロンをちょっと使うと大きく印象が変わった。

「え~!めちゃいいじゃーん!」
と心の中ではしゃいだ声があがったけれど、実際はちょっとたどたどしく満足と感謝の気持ちを伝えただけだったように思う。
けれど鏡越しに、彼女がニコニコと嬉しそうだったので私も更に嬉しくなってニコニコ笑った。

初めての受付から、帰りのドアを開けるまで、否定的な言葉は一つもなかった。自宅でのスタイリングもそんなに難しくなく、新しい髪型は周囲にも好評だった。

それから定期的に通っている。
今は髪を伸ばしてパーマをかけていることと、白髪染めを自宅でのカラートリートメントに変えたことでちょっと間隔が空くようになったけれど行きつけプラグは健在だ。

娘と同い年の彼女とは、今ではいろいろな話をするようになった。
私生活で抱えている彼女の悩みもいろいろ聞くが、全く不快ではない。
むしろ、彼女に会うこともお店を訪れる楽しみの一つになっている。
できればお店を変わらず、私の担当でい続けてほしい、と勝手な思いを持っている。

美容院ジプシーの旅をやっと終えて穏やかな気持ち。
お気に入りの店は、髪だけではなくて気持ちのコンディションも整えることができる永住の地だ。

前回行ってからまだ間がないが、もう少ししたらショートボブにしたい、と伝えてある。
涼しくなったら髪を結ぶ必要もない。
次に行くときには思い切ってリクエストしてみようかな。








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