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「ピュア」が誉め言葉でなくなるお年頃

おそらく日本くらいなものだろうが、女性に対して「ピュア」というのは、主に「誉め言葉」だと解釈される。

20代あたりまでの「女子」に対してならば、あながち間違いではないかもしれない。
日本男性の処女信仰は、平成が終わろうとする現在でも一定数存在するようだし、処女でないにしても「どうせなら汚れた女より無垢な女のほうがいい」という男性は多い。

「ピュア」「透明感」そんなキャッチコピーをつけた化粧品や飲料水が売れるのは、いかにも日本人が「汚れていないもの」を好む傾向の表れだ。

ピュアじゃないからといって、汚れているとは限らない。
しかし化粧が濃かったり派手なファッションをしているだけで、その女性は(年齢を問わず)「ピュアじゃない」と勝手に解釈される。

大人になれば、世の中に腹黒い奴がたくさんいることも、決してキレイゴトじゃ済まされない世界があることも、だんだんわかってくる。
そんな薄汚れた世間に揉まれていけば、いつまでも赤ん坊のように無垢でいられるはずがない。仮に保てるとすれば、それはガッチリSPに守られた「深窓の令嬢」「箱入りお嬢様」(あるいは皇室)くらいなものだ。

ピュアな女を好む男どもは、おそらく「世間に揉まれていない=自分より未熟」な女を欲しているのだろう。「世間に揉まれている=自分より経験豊富」な女は、思い通りに操縦できないから困るのだ。
男性経験が真っ白な女だからといって、男性自身の女性経験が少ない(または皆無)ならば、「自分色に染める」ことすらできるはずがない。そもそも自分のカラーがないのだから。

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成熟した中年にもなれば、男も女にピュアさを求めなくなってくる。女のほうも、もはやピュアなんてとうの昔に失っているし、ファンデーションすら「透明感」より「カバー力」重視だ。

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