第40回

熟女になったからこそ、女の魅力は「器量」だと気づく。

若さを失い、色仕掛けも通用しなくなったあかつきに残る魅力は「器量」に他ならない、とあたしは思う。
果たして「器量」という表現が的確かは微妙だが、要は「外見の可愛らしさと内面の美しさ(や面白さや器の大きさや愛嬌)を兼ね備えたもの」というニュアンスだ。

美人かどうかより、いい笑顔ができるかどうか。
ただ明るいだけでなく、相手を思いやったり時には潔くリードできたりする大人の心意気。

「女という性」で男を惹きつける必要がなくなった(需要が減った)からこそ、それ以外の魅力(つまり器量)が問われる──それが熟女とオバサンの差なのではないだろうか。

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「女の子は器量がよければいい」というのが、あたしの親の教育方針だった。男ならもっと厳しく躾けたのだろうが、あいにく女の子として生まれてしまったため、親世代的には「ちゃんと嫁に行ける娘」として育てることこそが正義だ思っていたらしい。

「仕事より花嫁修業。経済力などつけたら、女は生意気になる」
「どうせ妻は『無給の女中』なんだから、せめて不自由なく生活させてくれる家に嫁げ」
昭和ヒトケタ世代の父は、事あるごとにその言葉をあたしに刷り込ませた。

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