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何もすくえないスプーン

【三単語ショートショート】
三単語ショートショートとは、三つ単語を貰って書いた短い物語である。

**「動物」「スプーン」「パトカー」 **

ぼくの家は牧場を経営している。田舎のとても小さな牧場だけど、一人っ子のぼくにとっては、どの動物たちもみんな可愛くて、頼りになる友達のような、いや兄弟みたいな存在なんだ。だから、ぼくは一人っ子なんかじゃなくて大家族の一員なのだ。

この大家族の中でも、特に仲がいいのがブタのプニ太郎。時々、牧場に遊びに来た学校の友達にプニ太郎を紹介するのだけれど、みんな口をそろえて「どのブタがプニ太郎かなんてわからない」的なことしか言わない。このブタ小屋に住んでいるブタたちはみんなそれぞれ違った顔、性格、特徴を持っているのに、本当に失礼なことをいうなあ。とぼくはその度に不機嫌全開の表情を浮かべてしまう。そんな時にブオーと誰よりも大きな声で叫ぶのが、そう、プニ太郎だ。口を尖らせた不満顔のぼくを見つけて、いち早く声をかけてくれるとてもいいやつだ。どこからどう見たって、このブタ小屋の中にプニ太郎は一人しかいないじゃないか。しっかり見てほしい。プニ太郎はこのブタ小屋のボスでもある。特別身体が大きいわけではないが、お肉がぎっしりつまっていて、顔立ちは凛々しく、鼻もただのブタっ鼻ではなく、どこか欧米風なぴんと高い鼻をしている。まあブタ鼻はブタ鼻なんだけど。

「じゃあ、ぼくたちそろそろ帰るね」

プニ太郎を見つめていたぼくの後ろの方で誰かがそういって、みんな家に帰って行った。
今日はクリスマス・イブであった。ぼくとプニ太郎の目は少し寂しげな目に変わった。
ぼくの家は貧乏だ。たぶん「大」がつくほどの貧乏だ。今までクリスマスプレゼントなんて貰ったことがないし、クリスマスプレゼントをサンタさんから貰うために枕元に置いておく靴下が、たぶん、ぼくのうちではクリスマスプレゼントであった。ぼくはそれをクリスマスプレゼントと認めてはいないけど。クリスマスにはいい思い出なんて一つもなかった。

友達はクリスマス・イブが終わった翌日には、何をプレゼントしてもらったかの自慢合戦で、ぼくはその横で普通ならクリスマスプレゼントが入っているはずだった靴下を丸めたり伸ばしたりして、その場をやり過ごす毎年だった。これを貧乏といわずになんといえばよいのだろう。ぼくは子供だからよくわからないけど、この貧乏の原因はお父さんにあると思っている。だけど、ぼくはお父さんに怒りの感情なんて全然湧きもしないんだ。お父さんは、いつからか自分が育てた動物がかわいすぎて、動物を出荷できなくなっていたのだ。ぼくにはその気持ちが痛いほどわかるし、むしろ家族同然の動物たちを出荷していたら、逆にぼくはそれを許すことができなかったと思う。だから、大貧乏超ウェルカム。だって、貧乏を受け入れれば、ずっとプニ太郎たちと一緒に暮らせるんだから!

家に着くと、いつもと何も変わらないごはんがテーブルに用意されていて、いつもは電源つきっぱなしで煌々と光っているテレビが不自然に光を失っていた。たぶん、テレビをつけたら嫌でも今日がクリスマスだと気づかされるから電源を落としているのだろう。

「ねえねえ、今日ってクリスマスみたいだよ」

「そうなの?最近忙しくてね。全然気づかなかったわ。ねえお父さん」

「そうだなあ。まあうちは仏教だしクリスマスなんて関係ないだろう」

何が仏教だよ。うちには線香買うお金もありやしないのに。今年もうちにはクリスマスなんてない。サイレントナイト。夜が静かなだけ。いやプニ太郎が吠えているからサイレントナイトでもないや。プニプニナイト。プニ太郎の夜。

また友達のクリスマスプレゼントの自慢をされるのが嫌だなあ。って食卓に並んだお新香をぽりぽり力なく噛んでいたらやるせなくなって、食欲もどこかにいってしまって、いつもより早い時間に布団にくるまった。一応枕元にさっきお母さんから貰った靴下を置いて寝た。プニ太郎の鳴き声を聞きながら。

朝日がうっとうしくて仕方がなかった。けだるい朝。枕元の靴下にはどうせ何も入っていないんだろう。気分がしずむ。唯一の救いは今日も元気な大好きなプニ太郎のおはようの鳴き声だけだ。一応確認してみよう。って靴下を見てみたら、やっぱり靴下は何のふくらみもなくぺったんこのままだった。どうせわかってたことだし。って深いため息をひとつ吐いたら、白い息が部屋に広がった。身体が冷えて仕方がないや。って枕元の靴下に足を通したら「いたいっ!!」って何かが指先に刺さった。慌てて靴下を脱いでみると、足と一緒に何かが出てきた。それは床に落ちてカランと音を立てた。ぼくは震えた。震えた手でそれを握りしめてまじまじと見た。にやけが止まらなかった。ぼくの大好きなプニ太郎とぼくがいつの日か一緒に撮った写真が柄のところにプリントされたスプーンが靴下の中に入っていたのだ。これはクリスマスプレゼントでいいんだよな。そうだよな。初めてのクリスマスプレゼントだった。世界に一つしかないオリジナルスプーンだ。しかも、プニ太郎の!プニスプーンだ!

「お父さーん!お母さーん!プニスプーンだよ!プニスプーンが靴下に入ってたよ!」

ぼくは嬉しくってたまらなくて、プニスプーンを握りしめて、朝ごはんが用意されているだろう食卓にかけていった。朝ごはんをプニスプーンで食べるんだ。これから食べるご飯が楽しみでしかたがないや。って食卓につくと、知らないたくさんの大人の人たちがお父さんと揉めていた。

「おい!子どもが見てるだろう。抵抗しないでおとなしくしろ!」

「ふざけんじゃねえ!おれがここからいなくなったら動物たちがどうなると思ってんだ!」

お父さんは警察と怒鳴り合ってもみくちゃになっていた。お母さんは両手でぼくの目を覆った。その手がぶるぶる震えていて、そのぶるぶるがぼくの心を不安にさせた。

「あなたも同行お願いします」

野太い声が近くで聞こえると、さっきまでぼくの顔を覆いながら震えていた手が、ぼくの顔を離れて、視界が開けた。お父さんとお母さんが警察につかまれて外に連れられていくのが見えた。

なんで?ごはんは?プニスプーンで今からごはんを食べるんじゃないの?いやごはんとかそういう問題じゃない。なんでお父さんとお母さんが警察に連れていかれるの?

「ブオー!ブオー!」プニ太郎が小屋から警察に向かって吠えていた。そうだよね。わけわかんないよね。ぼくもわけがわからないから警察につかみかかった。

「お父さんとお母さんを連れていかないでよ!」

ぼくの声は牧場に虚しく響くだけで、警察は暴れるお父さんたちを力づくでパトカーの中に押し込んだ。

「お父さん!悪いことなんかしてないよね!」

パトカーの中のお父さんは口をもごもごさせて何も言い返してこなかった。
パトカーはランプを鳴らして牧場を出ていった。なんでお父さんたちが連れていかれちゃうんだよ。ってぼくも気づかないうちに口をもごもごさせていた。これからどうなっちゃうんだろう。って考えたら膝もがくがくしてきて、これはやばい。誰か助けて。って辺りを見回したら、まだ残っていた警察たちがいて、聞きたくもないことを話していた。

「どうしましょう。ここにいる動物たちの引取先も無いし、全て処分という形になるのでしょうか?」

「まあ、そうなるだろうな。このまま放置するわけにはいかないしな」

この大人たちは何を言っているんだ。処分する?殺すってこと?ぼくの大切な家族たちを?大好きなプニ太郎を?そんなこと絶対に許せない。

警察たちが小屋に向かっていった。プニ太郎たちが危ない。ぼくは大人たちを追い越して小屋に走った。必死な顔をしたぼくを心配したのか、プニ太郎も小屋の柵の一番手前まで駆け寄ってきた。小屋の出入り口はがちがちに鍵をかけられていた。ぼくはこうするしか方法が思い浮かばなかった。

「プニ太郎ごめん!」

ぼくは全力でプニ太郎のおしりの穴にプニスプーンをさしこんだ。

「ブオーーーー!!!」

プニ太郎は痛みで小屋の中を暴れ回った。続けてぼくは柵の近くにいるブタのおしりの穴に手当たり次第にプニスプーンを全力でさしこんでいった。次々とブタたちが小屋の中で暴れ回った。

「おい!何やってるんだ!やめろ!」

ぼくが警察に羽交い締めにされると同時に、プニ太郎が柵をぶち破って小屋の外に飛び出てきた。

「プニ太郎!!逃げろーー!!!」

ぼくの絶叫をかき消すほどの大声でプニ太郎は泣き叫んで走り回った。プニ太郎に続いて次々と他のブタたちも小屋の外に飛び出してきた。

「おい!あの柵をどうにかしろ!」

警察が壊れた柵をなんとか塞ごうとしていた。しかし、その背後からプニ太郎が全速力で突進した。警察は花火が打ち上がるかのように宙に打ち上がった。プニ太郎の鼻息は荒く、ぼくの横でもごもご何かいっていた。

「乗れよ」

ぼくには何故かそう聞こえた。
ぼくがプニ太郎にまたがると、プニ太郎は全速力で駆け出した。
「ブオーーー!!」プニ太郎の雄叫びに他のブタたちも「ブオーーー!!」と応えて一斉にみんなで走り出した。

「行けーーーー!!!」

向かう先はひとつしかなかった。そうだろう?プニ太郎。ぼくたちはお父さんたちが乗っているパトカーを追いかけた。ぼくたちは家族なんだ。家族が家族を救って何が悪いんだ。五十匹を超えるブタたちが公道を走った。左車線を。ぼくたちは悪いことをするわけじゃない。家族を救うだけなんだ。先の方に赤信号に足止めされているパトカーが見えた。

「ブオーーー!!」

プニ太郎の雄叫びを合図にして、ぼくたちは一気にスピードを上げた。

「行けーーーーー!!!」

ぼくはプニスプーンでプニ太郎のおしりを叩きまくった。五十匹のブタたちはいっさいスピードを緩めることなくパトカーに激突した。パトカーはフィギアスケーターみたいにくるくる宙を舞って電信柱にぶつかった。
ぼくはプニ太郎から飛び降りてパトカーに駆けつけた。窓ガラスを覗きこむと、お父さんとお母さんが頭から血を流していた。

「お父さん!お母さん!」

ぼくはプニスプーンで窓ガラスを叩き割ろうとした。しかし、いくらやっても窓ガラスにひびのひとつもつかなかった。
「ウーーーウーーーー!」パトカーのサイレンの音が近づいてきた。不安を煽るサイレンの音をかき消そうとプニ太郎たちがみんなで叫びだした。
割れろ!割れろ!ぼくは何度もプニスプーンで窓ガラスを叩いた。
パーン!
後ろで音がした。応援に来たパトカーから出てきた警察にブタたちが射殺されていた。
助けてよ!お父さん!家族がいなくなっちゃうよ。窓ガラスの向こう側のお父さんが血を吐いて白目をむき出していた。

「プニ太郎!」

ぼくはプニ太郎を呼んで、プニ太郎の頭が窓ガラスに向かい合わせになるように調節した。
「ごめん!!」ぼくはプニ太郎のおしりの穴にプニスプーンを突き刺した。プニ太郎は「ビイイイイイ!!!」と声をあげ、窓ガラスに頭から突っ込んで、窓ガラスをぶち破ったが、お腹の真ん中辺りで挟まって動かなくなった。状況はさっきより悪くなった。ちくしょう。なんなんだよ。こんな誰も何も「すくえない」スプーンなんてプレゼントしてくれやがって。プニ太郎のおしりからぶら下がってるスプーンにプリントされていたぼくたちは、バカみたいに笑ってはしゃいでた。


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