増税と財政健全化と金融緩和

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2018 年 6 月 18 日 森信茂樹 :東京財団政策研究所研究 主幹 中央大学法科大学院特任教授 東京財団上席研究員
国民的議論のチャンスを奪った「ぬる
い」新財政健全化計画の罪
6 月 5 日の経済財政諮問会議より 写真:首相官邸 HP
6 月 15 日、「骨太方針 2018」とともに、新たな財政健全化計画が公表され た。これまでの計画の頓挫が明らかになり見直されたものだが、経済政策の検

証を踏まえて策定されたというより、甘い経済見通しを前提にして、目標をさ らに 5 年間先延ばした、「ぬるい」内容だ。
成長前提の「ぬるい」内容 アベノミクス“失敗”の検証なく
新計画の注目点は以下の 2 つだ。
第 1 に、財政健全化の指標である基礎的財政収支(PB=プライマリーバラ ンス)の国・地方を合わせた黒字化時期を、これまでの 2020 年度から 5 年間 遅らせて 2025 年度とした。
第 2 に、中間年である 2021 年度に中間指標を設定し進捗を管理する。
具体的には、PB 赤字の対 GDP 比について 2017 年度からの実質的な半減値 (1.5%程度)とすること、債務残高の対 GDP 比について 180%台前半(2017 年度実績見込みは 189%程度)にすること、財政収支赤字の対 GDP 比について
3%以下とすることだ。 この新計画について検証してみたい。

まず 5 年間、目標達成時期を延ばした理由について「骨太」は、(1)成長 低下に伴い税収の伸びが当初の想定より緩やかだったこと、(2)消費税率引 上げ延期や補正予算の影響、(3)人づくり革命の安定的財源を確保するた め、2019 年 10 月の消費増税の使途を変更したことをあげている。
しかし(2)の消費増税の 2 度にわたる延期やバラマキ補正予算が行われた 理由は、アベノミクスの経済政策が効果を上げず成長が予定通りいかなかった ためだ。
そこで、計画見直しにあたっての最大の反省点は、なぜアベノミクスがうま
くいかなかったのかという点でなければならない。
しかし「骨太」には、その分析はなく、幼児教育無償化、高等教育無償化と
いったバラマキ気味の歳出拡大のメニューが躍っている。
金利急騰などのリスク
歳出抑制の「支え」消えた
筆者は、今回の財政健全化計画について、人間ドックで検査を受ける際、厳
しい検査結果・数値が出てくると、精密検査や入院などいろいろ面倒なので、
甘い数値にしてほしいとドクターに頼む患者の姿を思い浮かべる。

こうしたことすれば、真の原因究明がなおざりになり、それに対する有効な
処方箋や治療を遅らせ、いつか手遅れになってしまう。
つまり甘い経済成長率見通し(図表 1)を前提にして作られた新たな財政健 全化計画のもとでは、面倒な議論、例えば、団塊の世代が後期高齢者に突入し
始める前の 2022 年を目途にした社会保障改革とか、負担と給付のアンバラン スを見直すための消費税率 10%超えの議論などは、当分、出てこないことにな る。
◆図表 1:金利と GDP 成長率(試算では 2025 年まで成長率が金利を上回る)
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以下では、より具体的に問題点を指摘したい。

第 1 に、2025 年に PB 黒字化というような悠長な財政健全化計画で、日銀の 現在の超金融緩和策からの「出口」との関係を考えても、日本経済のリスク (危機管理)は大丈夫なのかという点だ。
金利と経済成長率の関係を見ると、「推計」では、2025 年まで成長率が金
利を上回ることになっている。
これを実現するためには日銀は低金利を維持せざるを得ず、金融政策に大き
なプレシャーになる。ひいてはこのことは、財政赤字をファイナンスするため
の金融政策だという評価につながり、国債暴落のきっかけになりかねないリス
クを負うことになる。
米国の長期金利(10 年債)は 2%弱に上昇、欧州でもイタリアが財政問題を 発端にきな臭い動きを見せる中、日本だけが超金融緩和策を、今後、数年間に わたって続けるということが本当にあり得るシナリオなのだろうか。
第 2 に、歳出削減について、今回の健全化計画では、これまで行われてきた
の予算(一般会計)との連動が断ち切られたことだ。

これでは毎年の予算編成の「よすが」がなくなってしまうので、財務省が予
算を厳しく査定する「支え」がなくなってしまった。
16 年度から 18 年度の 3 年間、社会保障費については、自然増の 7000 億円 を 5000 億まで抑え込むという一般会計レベルの具体的目標を策定したので、
社会保障費の肥大化は抑えられ、結果的にそれ以外の経費も含めた一般歳出は 3 年間ほぼ横ばいだった。
新財政目標では、この支えががなくなったわけだ。折からの不祥事で政治へ
の影響力が弱体化している財務省にとって、目標なき査定ではどこまで効果を
発揮することができるのだろうか。
このことはは、今後の財政運営を考える場合に、ボディブローのように効い
てくるかもしれない。
「消費税率 10%後」の増税と 社会保障改革の論議は封じられた
最後に、PB 目標を達成するための手段の一つである「歳入増の努力」につい ては、具体的なことが全く記述されなかったとことだ。

図表 2 は、OECD 諸国における社会保障支出と国民負担率の関係(いずれも GDP 比)を見たものだが、日本は先進諸国のトレンドからすでに外れており、 2025 年にはさらに乖離が大きくなる。
◆図表 2:OECD 諸国における社会保障支出と国民負担率の関係
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先進諸国の中で日本だけが、高齢化の下で、負担増なくして給付が継続でき
るということになっているが、これがどこまで信憑性のあることなのか。
新しい黒字化目標は、2020 年代を見据えることになり、消費税率 10%まで は織り込まれているが、歳出削減努力や経済成長によってもなお不足する財源 は、増税に頼らざるを得ない。

そのことを正直に議論することが新目標の役割だったはずだ。逆に言えば、 「消費税率 10%後の増税議論は当面、封じられた」ということである。
その結果、将来を見通した社会保障のグランドデザインは策定されず、パッ
チワークの社会保障削減策でのやりくりが続くことになる。
団塊の世代がすべて後期高齢者になる 2025 年というのは大きな節目であ る。それを前に、社会保障の在り方やそのための負担をどうするのか、国民的 な議論にしていく絶好の機会を失った(失わせた)といえよう。
DIAMOND,Inc.

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