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ようこそ全ゲノム解析の時代へ——DNA DAY TOKYO 2019

4月25日は「DNAの日」。66年前の今日、DNAが2重らせん構造であることを示す論文が『nature』誌に掲載されたことが由来です。

昨年に続き、遺伝子解析会社のジェネシスヘルスケアは遺伝子解析啓発イベント「DNA DAY TOKYO 2019」を開催。今年はテーマを「Whole Genome Sequencing and the Future(全ゲノムデータが変える未来)」として、海外事例と新サービス、全ゲノム解析に関連する最新の研究などが紹介されました。

全ゲノム解析の意味

genome(ゲノム)とは、gene(遺伝子)と、-ome(すべて)を組み合わせた言葉。ヒトがもつ約2万2000の遺伝子だけでなく、遺伝子の「文字」に相当する「塩基」30億すべてを読み取ることを今では「全ゲノム解析(whole genome sequencing)と呼んでいます。

最初に登壇したジェネシスヘルスケア社の佐藤バラン伊里代表取締役は、「全ゲノム解析によって、今では治療法がない疾患を克服できるかもしれない」と、全ゲノム解析の必要性を強調。

今、インターネットから注文できるタイプの遺伝子解析サービスは一塩基の個人差(SNPs)のうち数十万箇所を見ることができるとはいえ、全ゲノムから見れば0.002%にしか過ぎません。これ以外の99.998%のほとんどは遺伝子としての意味がないと思われていますが、ここにこそ治療法のない疾患や希少疾患の鍵が眠っている可能性が十分に考えられます。

ジェネシスヘルスケア社は全ゲノム解析が可能な次世代シーケンサーを購入し、主に研究機関向けに全ゲノム解析を受注するとのこと。

その一方で、一般向けにも遺伝子やゲノムについて身近に感じてもらうためのアピールも必要と考えています。昨年はテレビCMでニューヨーク・ヤンキース所属の田中将大選手を起用しましたが、今年はこの人です。

PART1 海外の最新事例

まずは海外の最新事例の紹介。なお全講演でスライドの撮影は禁止と言われたので、登壇者だけの写真となります。

米イルミナ社シニアバイスプレジデント兼チーフコマーシャルオフィサーのマーク・ヴァン・ウーネ氏による「ホールゲノムシークエンスのテクノロジー」

イルミナは、現在全ゲノム解析をするのに必要な次世代シーケンサー市場をほぼ独占している企業。

特に力を入れているのが、がん、集団ゲノミクス、希少疾患。

がんの領域では、腫瘍細胞の全ゲノムを10日間で解析できるようになり、遺伝子の変化に合わせた薬(分子標的薬または免疫チェックポイント阻害薬)の投与につながっています。

集団ゲノミクスの例では、英国のゲノミクス・イングランド社と提携して英国民10万人の全ゲノム解析を実施中。未診断疾患のうち20〜25%で診断を下すことができ、50%のがん患者で治療選択ができたとのこと。これらにより医療費の削減につながるだろうと説明しました。

希少疾患の領域では、特に小児患者を全ゲノム解析することで、60人中41人で遺伝子バリアント(個人差)発見によって診断を下すことができ、このうち20人については適切な治療方針に変更することができたということです。

「製薬メーカーにとって全ゲノム解析は、これまでとは一線を画すアプローチになる」と強調。さらに全ゲノム解析を通じて今後10年で、新生児のルーチンな診断、免疫システムやマイクロバイオームの解明、一般消費者向けによるライフスタイルや医療選択、農業にも貢献したいと述べました。

米AncestryDNA社シニアバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーのケン・シャヒーン氏による「Ancestry.comと米国の遺伝子検査市場」

Ancestry.comは、いわゆる祖先解析サービス。

米国は多民族国家であることから関心が非常に高く、米国ではすでに1500万人が利用しています。しかし実際には、単にルーツを知るだけでなく、祖先由来の身体的な特徴(ビタミン欠乏になりやすいなど)を把握することでヘルスケアに貢献したいという目的を持っています。

言い換えると、消費者の関心と医師の知識の橋渡しとなりたいとのこと。しかし医師は必ずしもゲノムに精通しているわけではないので、全ゲノム解析が実用化したとしても診断に役立てるようなレポートをどう作成するかの課題があると述べました。

一方で、全ゲノム解析を希少疾患のスクリーニングに活用できれば、医療にも貢献できるとのこと。「全ゲノム解析は、インターネットと同じくらいの革命であり、その一部を担いたい」と締めくくりました。

デンマークナショナルバイオバンク ディレクターのヘレ・ボッセン・コンラドセン氏による「デンマークナショナルバイオバンク;過去、現在、未来」

デンマークナショナルバイオバンクは、国立血清研究所(Staten Serum Institute)を母体に2012年に設立された組織。

デンマークは人口580万人の比較的小さな国家ですが、1963年に日本のマイナンバーに相当する制度が施行され、家族歴からワクチン接種歴まで登記されています。これを利用し、ゲノムだけでなくプロテオーム(生体内にある全タンパク質)やメタボローム(生体内にある全代謝物)データを取得するための大量のサンプルが保管されています。

例えば血清は約95万人から330万サンプル、脊髄は1万6000人から2万9000サンプルが保管されています。DNAも約45万人分が保管されています。DNAについては、1日で1200サンプルからDNAを抽出できるよう自動化されており、余ったものは冷凍保存する仕組みになっています。

血液サンプルに至っては、現在生後1日の赤ちゃんから採血してデータを登録しています。こうすることで、バイアスがほとんどないデータベースが構築できます。いわば「揺りかごから墓場まで」をキーワードに、例えば病気の発症前後や治療前後でサンプリングをおこない、生体内の物質がどう変化したかをトレースできるようになっています。

このデータベースを利用して、乳児でまれに見られる、胃の出口が狭くなる「幽門狭窄症」の患者1001人と健常者2401人のゲノムデータを比較し、幽門狭窄症の原因となる遺伝子バリアントを4種類発見することができました。

PART2 遺伝データの社会的有用性

ここではジェネシスヘルスケア社の新サービス「GenesisGaia(ジェネシスガイア)」の紹介。

このサービスでは、ユーザーが自分の遺伝子データを研究利用してもいいと同意した場合、アンケートに回答することでポイントがもらえます。データを利用したい研究機関や企業がジェネシスヘルスケア社に利用料金を支払い、その一部がユーザーにポイント還元される仕組みです。

アンケートの内容は、高血圧や睡眠など。どのアンケートに答えるか、どの研究に協力するかはその都度選択できます。1つのアンケートでもらえるのは100ポイント前後。このポイントは、当面は自社製品の購入に当てることができ、将来的には他社ポイント(マイルやPontaとか?)に交換できるようになるそうです。

また、これまでジェネシスヘルスケアが得た71万人分のデータやアンケートについてはデータベース化してオープンに利用できるとのこと。

PART3 行政・学術・医療の視点

ここからは全ゲノム解析に関連する最新研究の紹介です。

東京工業大学 生命理工学院 准教授 相澤康則氏による「ゲノム工学革命がもたらす未来」

「ヒトゲノム計画はバイオ版アポロ計画」と話す相澤氏。ゲノムは解読から編集の時代に移っており、そして次は構築つまりゲノム合成の時代に入るだろうと予想。ゲノムをOS、細胞をハードウェアに例え、合成生物学は今や材料化学の領域に進出していると述べました。

例えば、ソフトバンクが136億円を投資したZymergen社は、ロボットを利用した自動遺伝子組換えシステムを構築し、金属塗装に使う材料を細胞で作らせようとしています。このように合成生物学が産業化され、生物学ではなく工学として見られる未来がやってくるだろうと話しました。

国立科学博物館 副館長・人類研究部長 篠田謙一氏による「古代ゲノムデータから見た日本人の起源」

縄文人や弥生人の由来を研究する篠田氏。Eテレ『又吉直樹のヘウレーカ!』で出演したとき、又吉のミトコンドリアDNAの解析を依頼したのがジェネシスヘルスケア社という縁があって今回登壇したそうです。

縄文人や弥生人の全ゲノム解析により、中国大陸からの進出の時期や混血を探ることができます。例えば、東北地方の弥生時代から発掘された人骨を全ゲノム解析すると縄文人に近いことから、弥生時代でも地域によって縄文人が存在しており、縄文人と渡来人の混血は1000年以上にわたってゆっくりと進んでいったのではないかと推測できるとのことです。

順天堂大学大学院医学系研究科 泌尿器外科学 教授 堀江重郎氏による「全ゲノムデータが導くアンチエイジング」

抗加齢医学会理事長でもある堀江氏。老化の根本にはDNA損傷があり、全ゲノム解析は老化の解明や予防につながると考えています。2017年にはイルミナ社と提携して役員など41名を全ゲノム解析しました。

そして今年はジェネシスヘルスケア社と提携して、学会員8000人から応募して全ゲノム解析を実施するとのこと。加齢に関連する疾患(糖尿病、がん、心血管疾患、認知症)とも合わせて研究に活用するそうです。

参議院議員 慶應義塾大学法科大学院 教授・医学部外科 教授 TMI総合法律事務所 弁護士 古川俊治氏による「全ゲノム解析時代と今後の医療政策」

国が主導となっている主なプロジェクト紹介。3400人以上が登録している未診断疾患イニシアチブ、51疾患27万人が登録している疾患バイオバンク、健常者の前向きコホートである東北メディカル・メガバンク計画。特に東北メディカル・メガバンク計画では先日、日本人基準ゲノム配列JG1が公開され、日本人のゲノム研究が本当の意味でスタートラインに立ったと言えます。

医療政策として、バラバラになっているデータベースの共有、ゲノムデータの情報処理と知見の集約、質の高い臨床情報データベースの構築、ELSI(倫理・法・社会的問題)に関係するプライバシーと情報活用のバランス、そしてゲノム差別防止がキーワードになると述べました。

全ゲノムをこの手に

以下は私の感想です。

昨年はジェネシスヘルスケアの新サービスや会社の方向性を紹介することがメインでしたが、今年は全ゲノム解析をテーマに国内外の動向を紹介する方針でした。個人的にはデンマークの取り組みがかなり先進的に見え、日本はゲノム解析を含めた生命科学分野のデータベース構築で遅れていると実感せざるを得ませんでした。

その辺りは、最後の話で出た様々な国主導のプロジェクトが進むことで少しずつステップアップしてほしいと願うしかありません。あるいは、国が危機感を覚えるような民間企業が台頭するのもアリかもしれません。ゲノム解析でいえばジーンクエストかDeNAライフサイエンスのMYCODEあたりが候補でしょうか。

ビジネスパートナーの参加者の名刺をチラ見すると通信会社の名前をよく見たので、IT業界が参入する余地もありそうです。

さて、なぜ今回のテーマが全ゲノム解析なのかというと、ジェネシスヘルスケア社が全ゲノム解析できる次世代シーケンサーを購入して、主に研究機関から全ゲノム解析の受託サービスを開始するからなのですが、それを記念してこんな企画がありました。

なんと、無料で全ゲノム解析を受けられるというものです。

とはいえ、それなりの条件があります。まず、募集人数は30人。事前と事後で提携クリニックでカウンセリングを受けること、申し込むときに注意事項に同意するなどの必要があります。結果はネットではなく、英語で書かれたレポート用紙をもとに医師から直接説明を受けます。

ざっと見たところ参加者は200名近かったので、かなりの狭き門。ただ応募用紙には「抽選」と書いておらず、「弊社により対象となる方を決定させていただきます」とあるので、もしかしたらワンチャンあるかもしれません。応募理由のところに通っぽく「WGSを知りたいから」と書いたけど、どうでしょうなあ(WGS: whole genome sequencing、つまり全ゲノム配列)。

個人的には、いずれは全ゲノム解析を受けたいと考えていたのですが、いざ現実味が帯びてくると、ほんの少しですが躊躇する自分がいたのに驚きました。とはいえ、おそらく10年もすれば当たり前になっている可能性は高いので、このような感情は今だからこそ、かもしれません。

採用されたらまたnoteに書きます。当たってほしいなあ。

おまけ

#おやつタイム

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