見出し画像

ゲノム時代を切り開くのは楽天なのか?——DNA DAY TOKYO 2018

65年前の4月25日、DNAが2重らせん構造であることを示す論文が『nature』誌に掲載されました。わずか2ページの論文が、今の遺伝子時代につながっています。現在、4月25日を「DNAの日」として祝うようになってきました。

J. D. WATSON & F. H. C. CRICK Nature volume 171, pages 737–738 (25 April 1953)

2018年4月25日、遺伝子解析会社のジェネシスヘルスケアは遺伝子検査啓発イベント「DNA DAY TOKYO 2018」を開催。新サービス発表だけでなく、ユーザーのデータを活用した日本人の起源の研究、今後の展望について広い分野の登壇者が発表しました。

58万人の実績、2020年300万人を目指して

まずはジェネシスヘルスケアからの発表。ジェネシスヘルスケアは14年前に設立され、医療機関や研究機関からの遺伝子解析を受託していました。数年前から個人向けの遺伝子解析サービスにも力を入れています。累計で約58万人の遺伝子を解析しており、個人向けとしてはシェア率は70%にもなるとのこと。2020年には300万人を目指し、これとは別に1000人の全ゲノム解析も計画しています。

しかし佐藤バラン伊里代表取締役は、アメリカと比べると遺伝子解析分野への投資は日本では20分の1で、さらに遺伝子解析を広める必要があると言います。そこで「国民の理解にはサービスとソリューションが必要」「国民のデータをオープンにしてデータシェアリングを進める」ことを考え、データベースの拡大、保有データの質の向上に加え、特に次の2つについて詳細に発表しました。

過去のユーザーの行動を機械学習してアドバイスするアプリ

遺伝子の個人差のひとつである一塩基多型(SNP)のうち58万箇所を調べ、394項目の解析結果を教えてくれるGeneLife Premium。これに対応したアプリを5月にリリースすることが発表されました。最大の特徴は、食事や運動を記録していくと、これまでのユーザーデータと遺伝子情報をもとにAIが適切にアドバイスしてくれるというもの。

例えば、普段から脂質の摂取が多く、脂肪がたまりやすいユーザーには「豆乳など植物性タンパク質を多めに」「晩酌のおつまみはナッツ類」というようなアドバイスです。これは、ジェネシスヘルスケアの過去のユーザーで行動データ3万人分を機械学習で解析したものがベースとなっているとのこと。

データシェアリングプラットフォーム

こちらは製薬企業や研究機関向けで、ユーザーのデータを基礎研究や製品開発に広く活用しようというものです。ゲノム解析は安くなったとはいえ、1万人規模のデータを集めようとするとまだまだ膨大な費用と時間と手間がかかります。そこで、組織がデータを独占するのではなく、シェアすることで研究を加速させようとする試みがデータシェアリングです。ジェネシスヘルスケアは新たにデータシェアリングのためのプラットフォーム「Genesis Genome Bank」を6月からスタートさせます。

研究機関などがユーザーのゲノムデータを使いたいとき、間にGenesis Genome Bankが入り、ユーザーに同意するかどうかの通知を送ります。ユーザーの許可制とすることで、ある程度ユーザーがコントロールできつつ、なるべく研究機関などがデータを活用できるようにしようというシステムです。

すでに提携が決まっているところは、楽天とオムロン。楽天は「楽天技術研究所遺伝子ラボ」を5月に設立し、最新マーケティング手法を探るとのこと(実はすごいことにチャレンジするようだけどそれは本記事の最後で)。オムロンは得意とする家庭用測定デバイスからの生体情報(体重や血圧など)と合わせて疾患発症リスクや予防との関連を研究する予定。

ちなみに、これらを含めた遺伝子解析の啓発のため、6月からニューヨーク・ヤンキーズの田中将大選手を起用したCMを展開するそうです。

キットとデータの活用、将来への課題

次は異なる分野の3人のプレゼンテーション。

最初はメンタリストDaigo氏。スライドを使わずスマホをカンニングペーパーとするプレゼンスタイルで、メンタルの強さと遺伝子の関係、その活用法などを紹介しました。

次は国立遺伝学研究所の斎藤成也教授が、ジェネシスヘルスケアのユーザー1万5000人分のミトコンドリアDNAデータを用いた日本人のルーツ分析の結果を発表しました。47都道府県ごとに分けて主成分分析を行い、福岡から東京の細い帯の地域でクラスターを形成することから、日本人のルーツの新たな一端を解明できそうだと述べました。

最後は参議院議員で慶應義塾大学の古川俊治教授が、今後の医療政策と遺伝子検査サービス事業について講演しました。今後の医療費増加を抑えるためには健康寿命を延ばすことが必要で、遺伝子解析は個人の行動をよい方向に変える可能性を秘めているものの、分析的妥当性と科学的根拠の確保が欠かせないと触れました。

10年後のヘルスケア産業を見通す

トークセッションでは楽天の三木谷代表取締役会長兼社長、オムロンヘルスケアの江田執行役員、IBMの金子氏が登壇。10年後のヘルスケア産業についてトークを行いました。

三木谷氏は医薬品のインターネット販売を例に挙げながら「テクノロジーを使った遠隔診断も視野に入れている」、江田氏は「血圧計が家庭に普及したように、10年後くらいには生まれたときに全ゲノム解析されるようになっているかもしれない」、金子氏は「人、モノ、サービスのヘルスケアエコシステムを支援したい」などと述べました。

「個人情報でもあるゲノムをどう活用するか」を考える時期へ

以下は私の感想です。

登壇者が幅広かったことから、ジェネシスヘルスケアがかなりいろんなアプローチを考えていることがうかがえました。GeneLife Premiumと生活習慣の記録とAIを統合したアプリはその集大成であり、データシェアリングを通じて今後さまざまなサービスとの融合の場になりそうだと感じました。アプリが自然と問いかけてくれることで「何をしたらいいのかわからない」という人には相性がよさそうです。

ただ、そのアプリの紹介のシーンで気になるところがありました。それが次の写真です。

AIからの質問に答えたときにAIがサプリを紹介したのですが、誘導先の販売サイトが楽天市場なのです。

ジェネシスヘルスケアは昨年の7月に楽天から約14億円の出資を受け、今年の4月には楽天ゴールデンイーグルスとスポンサー契約を結ぶなど、両者の距離を縮めてきました。楽天側の目的のひとつに通販サイトへの誘導があるのではないかと思わざるにはいられませんでした。

この点については三木谷氏もある程度は意識しているようで、トークセッションでも「個人情報とはトレードオフになる。トラッキングができないと、例えば薬の副作用の情報を提供できない」と述べていました。データシェアリングのところで触れた「最新マーケティング手法」と関係してくるのは間違いないでしょう。

現時点でゲノム情報とどれくらいリンクしているのかはわからず、この辺りはアプリの利用規約で確認しないといけません(私がデモ機で体験したときにはYouTubeのトレーニング映像が出てきたので楽天以外にもいくつかのサイトが候補に入っているようです)。

賛否両論が出そうですが、確実に言えるのは、「ゲノム情報とネット通販を連携できる」、正確には「こういうことに実際に取り組む事業者が出てくるステージに入ってきた」ということです。参加者の名刺を覗き見すると大手化粧品メーカーや製薬メーカー、ネット通販事業者がかなりいたので、業界としてもかなり注目してそうです。

しばらくはユーザーがどう受け入れるか注視する段階だと思いますが、「ゲノムは究極の個人情報」というありきたりな言い回しで片付けるのではなく、「個人情報でもあるゲノムをどう活用するか」を考える時期にいよいよ入ってきたと感じたイベントでした。

おまけ

おみやげをいろいろもらったのですが、一番のインパクトはこれ。

スタッフも着用していたDNA DAYロゴ入りTシャツ(Mサイズ)。いつ着るのが正解なのだろう。来年かなあ。

ここまでご覧いただきありがとうございました。他ではなかなか読めない内容だと自負しています。せめて交通費くらいは回収したいので、下のクリエイターサポートから寄付をお願いします。

ここまで読んでいただきありがとうございました。サイエンスの話題をこれからも提供していきます。いただいたサポートは、よりよい記事を書くために欠かせないオヤツに使わせていただきます🍰