裸の女

先日、近所のスーパー銭湯へ行き、毎度のようにあぶく銭を支払って、素っ裸で湯に浸かった。夜の露天風呂、裸の身体を温めながら吸い込む冬の空気は冷たく、見上げれば天空が露わになっている。隣では、陰毛もまだ生えぬ餓鬼が父親と楽しげに遊んでいる。また、サラリーマン風のおっさん二人は、何何証券がどうのこうのです、それならば年内には目処をつけたまえ、と裸のまんまで仕事の会話をしている。良きかな、と思った。自分はそれらの会話をBGMにしながら、ふにゃふにゃになっていく貧相な身体を、蒸気ぬくもる湯の中で悪戯に浮かべていた。

そのとき、青天の霹靂とはこのことだろうか、露天風呂の向こう、内湯の方に、バスタオルを身体に巻いた女の姿が見えた。茶髪ロングでグラマラスな女が、確かに男湯の中を歩いているのである。自分は目を擦り、瞬きをして、頬を平手打ちしたが、夢では無かった。女はしばらく内湯のあたりをうろついていたが、そのうち露天風呂からの死角に入って、見えなくなった。おそらく洗い場に行ったのだと思われる。

露天風呂にいる男たちは、確実に女の姿を目に焼き付けたはずで、その証拠に、露天風呂内では明らかに先程とは違う空気が流れている。隣を見ると、まだ陰毛の生えぬ餓鬼が口をあんぐりと開けて小うさぎのようにガタガタと震えている。後ろにいる父親は、お、お、おぷろは、きもちよいね、なんて冷静を装いつつも、紅潮した顔面で息子と同じく震えている。サラリーマン風のおっさんたちに至っては、何何証券は傷だらけの天使ですか、豊臣秀吉はもう死んだんだよ、海老反りの儀式までには間に合わせますので、なんて支離滅裂な会話をしている。全員の視線が内湯の方向に向いていた。

自分は、心臓が破裂しそうになるのを抑えつつ、深呼吸をして、洗い場へ行こう、と決意した。しかし、このタイミングで露天風呂を上がり洗い場へ行くのはあまりに助平が過ぎる。そうだ、見なかったことにしよう。自分は何も見ていない。ところで少し湯に浸かり過ぎたな、身体が火照ってきたぜ、と言わんばかりの仕草をしつつ、キョロキョロしながら露天風呂を上がり、男たちの、お前行くんか、という視線を感じながら、まず水風呂へ行った。これは自分ながらに良く出来た作戦で、いきなり洗い場へ行くというのはあまりに分かりやすく助平、そこで水風呂を一旦挟んでから洗い場へ行くことで、偶然を装って女の裸を拝めるというわけである。

入りたくもない水風呂に15秒ほど浸かり、無駄に身体を伸ばす体操など挟みながら、自分は満を持して洗い場へ向かった。そろそろ身体洗おかな、という仕草と、キョロキョロも忘れずに、した。しかし目当ての洗い場に行くと、既に女の姿は無かった。内湯を見渡してもその姿は無い。小汚い爺が炭酸風呂に浸かりながら金玉をいじっているだけである。脱衣所へ上がってしまったのか、それともやはり、幻だったのか。しかし、確かにこの目ではっきりと見たのである。自分は、洗髪しながらもう一度先程の映像を脳内で再生した。少し背が高めで、茶髪ロングで、バスタオルこそ巻いていたが巨乳っぽい感じの、グラマラスな裸の裸の裸の裸の女が、男湯にいた。それは幻や幽霊の類ではなく、確実に生きた人間で、となると、脱衣所しかない。女は早々に風呂を切り上げて脱衣所へ行ったのだ。

周りの視線を気にして水風呂なんぞ挟まずに洗い場へ直行すれば良かった。しかし後悔しても何も始まらぬ。舌打ちをひとつして、自分は脱衣所へと急いで向かった。シャンプーが少し髪に残っているような気がしたが、今はそれどころでは無い。グラマラスな、茶髪ロングの、女の裸を、何としてでも拝まなければならない。

脱衣所には、金玉をぶら下げた男が四、五人ほどいた。どいつもこいつも猿だった。やはり幻、と諦めかけたそのとき、一番端のロッカーの影に、女が立っているのを見た。上下ともに真っ赤な下着を付けた、先程の女である。幻ではなく、現実だった。奇跡ってあるんだね、乾杯。自分は膨らむ股間を抑えて、あくまで平静を装った真顔を固定しつつ、辺り構わず女を凝視した。女は、茶髪ロングの濡れた髪をタオルで拭いていた。真っ赤なブラジャーに隠された乳房は谷間クッキリでFカップ以上は確定の代物、色は白く、腰はくびれていて、足は長い。背は175センチほどだろうか。やはりグラマラスだった。顔は美しい、けれども鼻が異様に高くて、眉毛が無かった。目線を下にやると、へそにピアスが光っている。そして、ブラジャーと揃いの真っ赤なパンティーを履いている。その股間は、モンマリとしていた。陰茎と金玉の形をしていた。自分は溜め息とともに頭に血が昇るのを感じた。安堵と憎悪が同時に襲ってきたのは生まれて初めてである。そして、真っ赤なパンティーに隠された膨らみを凝視しながら、自分の股間は、しゅるしゅると縮んでいくのであった。ジーザス。

何もいりません。舞台に来てください。