街裏ぴんくの、美しい雫。

誰にとっても日常生活というものは億劫で、退屈で、暗鬱な部分がある。労働せねば金も無くて、毎日の晩飯を食うためにせっせと働く日々にストレスを感じている人も多いと思う。現実から逃亡するために自分がよく使うのは、想像する、という行為で、たとえば仕事でミスをしたり恋人に振られたときなどに、蟹や妖精やチャイナドレスについての想像を巡らせることで、少し気持ちが落ちつく。想像、これを使えばひとときの間は現実を薄めることが出来る。

街裏ぴんくという芸人は漫談を主にやっている。氏の話すストーリーは想像力に溢れていて、観客を日常から引き離してどこか遠くに連れて行ってくれる強さがある。自分は、氏とは長い付き合いなので、氏の面白さについて語ろうと思えばいくらでも語ることが出来る。舞台を拝見すればいつも刺激を与えられると同時に、自分も間違っていない、という安心感も与えられる。

氏の漫談が、各所で高評価を受けていると聞く。嘘漫談、などと評する人がいるが、舐めてんのか、と思う。そんなことを言い出したら、ほとんどの漫才、コント、漫談は、嘘ではないか。もっと言うと、現実社会の方がゴミ溜めの嘘ばかり転がっているではないか。あまりに野暮だと思う。

氏の漫談は、現実の世界にナイフでそっと切り込みを入れたときにポタポタとこぼれ落ちる雫のようで、それらは独特のカラフルな色合いをしていて、美しさに満ちている。

氏は、漫談というジャンルの奥深さを信じていて、漫談でどこまで飛んでいけるのかをいつも考えている。それは漫談家として当然のことだと思う。そして、不確かな日常、不確かな現実社会を見つめているからこそ、あの確かに面白い漫談が生まれる。

あまり他人を褒めると虚しくなってくるので、このあたりにしておく。自分もまた、漫才の可能性を追っていて、まだまだ飛んでいけるような気がする。観客と同時に、演者もまた、どこか遠くへ飛んで行きたい気持ちでいっぱいなのだ。

氏とは、「街裏ぴんく・ヤングの競演会~我らの言葉に理由は無し~」を大阪と東京で毎年開催している。これは、氏と自分で考えたタイトルで、お笑いライヴにしては硬すぎる字面だが、そのとおり、我らの言葉に理由など無く、理由が無いからこそ、話す言葉が存在する。

おそらく来年の春頃にまた開催するので、是非。

何もいりません。舞台に来てください。