おやっさんの腕

「銭湯で湯船に浸かっていると、隣に角刈りのヤクザが座った。程よい筋肉質で、肩から腕にかけては立派な彫り物があり、顔面は傷だらけの、渋いおやっさんであった。自分は、おやっさん、自分はおやっさんに憧れてこの世界に入ったようなもんです、こうしておやっさんと肩を並べて風呂入れるなんて、夢のようでございやす、と心の中で呟きながら、勝手に舎弟気分を味わっていた。

おう若いの、すまんけどな、ちょっと小便行かせてくれるか?突然おやっさんが話し掛けてきたので驚いた。まさか心の声を読まれたのか、そんなはずはあるまい。それにしても、小便へ行くのになぜ自分に一言伝える必要があるのか。自分は、あ…はい、と、現代退廃的ヤングの如く、か細い、気の抜けた返事をした。一瞬どやされるかと思ったがそんなことは無く、おやっさんは真顔で、小便行ってる間な、腕持っといてくれ、すまんけどな、と言った。

自分はハテナマークの顔をして、え?あ、はい。と言った。ちょっとよく分からないが、もしかすると、おやっさんは身体が悪くて小便をしている間腕を支えとけば良いのかな、と思っていると、おやっさんはおもむろに右腕を取り外した。肩のあたりからパカッと外れた右腕を、ほれ、と自分に手渡した。更には、ちょっとこっち持って、と言われて持った左腕も、パカッと外れた。ほな、行ってくるから、あとこの腕やけどな、絶対に湯につけんなよ、と言い残して、腕無しのおやっさんは浴槽を上がり、小便へ行った。

ちょっと待ってください。意味分からないんですけど。何なんですかこの腕二本。おやっさん、義腕やったいうことですか。いや、義腕に入れ墨てだいぶダサいやないすか。ていうか、なんで小便行くのにいちいち腕外すんですか。ほんで、湯につけたらあかん、て何なんですか。この腕溶けるんですか。ていうか、それやったら脱衣場で腕外してから風呂入りなはれ。意味分からんす。おやっさん、おやっさーん!

と心で叫びながら、自分は言われた通りに義腕を持ち、湯につけないよう、天高くかかげるスタイルで風呂に浸かっていた。ちょうど背面にあたる銭湯の壁絵には大きな太陽と富士、その前で義腕を天高くかかげた裸の自分、何となく、レオナルド・ダ・ヴィンチ的だな、と思った。それにしてもこの腕、湯につければ一体どうなるというのだろう。変な気を起こした自分は、興味本位でおやっさんの義腕を湯につけてみた。すると湯につけた部分がみるみるうちに赤紫に変色していく。やばぁっ!と自分は再び義腕を天高くかかげた。バレたらおやっさんにどやされるだろうか、何か言い訳は無いものか、と怯え焦る自分の身体はどんどんとのぼせていく。おやっさんの小便を待ちながら。」

謎の多い夢であった。ヤクザの義腕を預かり、それを厳重に守らなければならない状況、これはなかなかのプレッシャーである。今、我が店では移転資金の寄付を募って、沢山の人が好意的に寄付をしてくれている。非常に嬉しい反面、果たして無事に移転出来るかどうか、不安な気持ちもある。大切なお金を頂いた以上、必ず移転を実現しなければならない。決して湯につけるような真似は、許されないのである。皆にどやされぬよう、一層気を引き締めなければならない。

何もいりません。舞台に来てください。