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今年のバレンタインに何があったか、ウソ偽りなくお話ししたい。

2018年2月14日、私は所用で朝9時から新宿にいた。

新宿駅構内の売店はバレンタイン一色。特にゴディバの店舗には長蛇の列ができており、「前日までに用意しておかないから何分も寒風にさらされる羽目になるんだよバカどもめ」と思いながら自分も列に並んだ。寒かった。

寒かったのは気温だけじゃない。どこからか誰かの視線を感じ、「えー? 幽霊? 季節選んでよね……」などと思いながら辺りを見渡すと、高校生らしき男子がこちらをジッと死んだような目で見つめている。

ああ、やっぱり幽霊だ。だってもう学校始まっているはずの時間なのに、こんなところにいるんだもの。間違いなく幽霊だ。霊感って花粉症みたいにある日突然発症するものなのかな。――そんなことを考えつつ横目で彼を観察し続けた数分後、スーツを着たおじさんが「突っ立ってんじゃねぇよ! 邪魔だどけ!」と、彼の肩を思いっきりぶん殴った。幽霊じゃなかった。

それにしても気味が悪い。チョコを購入し、そそくさとその場を後にしようとしたら「あの」と後方から私を呼び止める声。振り返ると、彼だ。

うわーめんどくせー。とっとと逃げよ、と思い「急いでるんで」と言いかけた矢先に「悩みを聞いてください」と彼。

うわーめんどくせ―。とっとと逃げよ、と思い「そんな暇はない」と言いかけた矢先に「学校に行きたくないんです」と彼。

うわーめんどくせ―。とっとと逃げよ、と思い……はしたが、彼の死んだ目を見つめているうちに、妙に放っておけなくなってしまい、「数分だけなら」と近くのプロントで話を聞くことにした。

彼はモーニングセットとガトーショコラ、私はビールを注文。「お財布忘れました」というクソ発言が飛び出すも、私は大人なので笑顔で全額支払った。しかし、財布ないのに2品頼むとは大したクソガキである。

店の奥の席に座るやいなや、クソガキが話し始めた。なんでも、生まれてこのかた一度もバレンタインにチョコをもらったことがなく、学校に行ってもチョコをもらえない絶望感にもう耐えられなくなってしまったらしい。

おいクソガキ、なんだその悩みは。うすはりガラス過ぎんだろお前のハートは。と思ったが、悩みの深刻さは当人にしか分からないもの。心から悩んでいるからこそ、知らない相手なんかに話しかけてしまったのかもしれないと思い直し、こうアドバイスした。

「行かなきゃいいじゃん」

無責任にもほどがあるが、そもそも私には何の責任もない。するとクソガキは、「そうなんですけどね、会社辞めてまで入った学校ですし……」とポツリ。

え? 会社? 「あ、もしかして未成年だと思いましたか? 実は僕、31歳なんです。よくコンビニで年齢確認されます」

クソガキじゃなくてクソジジイだった。私より年上じゃねぇか、財布忘れてんじゃねーよ金返せ! とクソババアは思った。

歳が近いこともあり、クソジジイとクソババアは徐々に打ち解けていき、悩み相談もおろそかに世間話に花を咲かせた。するとクソジジイは流れるように「いやー、こんなに楽しい時間が過ごせたのも教祖様のおかげです」と一言。

「毎日お祈りして、宇宙の声に耳を傾けているからこそ、こんな僕でも救われ始めている。あなたもどうですか? 一緒に宇宙の声、聴きませんか?」

突然の展開に面食らったのは言うまでもない。逃げたい。早くこの場から立ち去りたい。

相手がトーストを口に入れた瞬間、今だ! と逃げる気満々で「すみませんちょっとお手洗いに」と言い席を立ったら「逃げても宇宙からは逃れられませんよ」とクソジジイ。

もちろん耳を貸さずに逃げ出したが、怖かった。超怖かった。幽霊の方がよっぽどましだった。


みなさんは、知らない人にホイホイついて行かないよう、お気を付けください。おわり。

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