常に怯えて過ごす長い時間

ツイッターで見かけた言葉

子供が3時間寝てたからといってゆっくりできた時間が3時間あったと思わないでほしい。その3時間はいつ中断されるかわからない3時間であって、はじめから約束され確保された3時間ではないのだ。結果として3時間何もなかったというだけ。

それだって思った。

父の命が「長くて1カ月」と言われて、なんとなく勝手にやや少なく見積もって父と向き合って来たけれど、どうもこちら側が疲れてしまった。

父と向き合って来たこの1カ月は、初めから予定された時間ではなく「いつ死んでもおかしくない。そのタイミングは今日かもしれない」と常に心に抱えながら過ごした時間だった。

いつその日が来ても後悔しない様に、精一杯気を使い接して来たけれど、それが1カ月も続けばこちらが壊れてしまう。

介護と子育て、近い様で遠い様な気がするけれど、何か似たストレスは抱えているのかもしれない。

頂いたお金は両親の病院へ通う交通費などに活用させて頂いております。感謝いたします。