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なぜ清水に新しいサッカースタジアムが必要なのか (1)

【本稿は2020年2月現在の情報です】

エスパルスの2020シーズンは、劇的な変化から始まりました。社長・GM・監督が揃って交代し、リブランディングでエンブレムも刷新。外国籍選手を中心とした積極的な補強で、選手層も厚くなりました。
また、運営(サービス)面でも、ダイナミックプライシングの導入、席割りの変更(指定席の増加)、シーズンシートのICカード化、リセール・譲渡サービスの開始など、観戦者を取り巻く環境が変化しています。

ソフト面が進化する一方で、既存のホームスタジアムであるIAIスタジアム日本平(以下「アイスタ」)は、ハードに起因する多くの懸案事項を抱えていますが、さまざまな制約もあり一向に改善の兆しが見られません。
こうした中、山室社長が2月6日に静岡市長を表敬訪問した際、スタジアム新設を直訴したほか、2月9日には市民有志によるシンポジウムが開催されるなど、スタジアムの新設機運が高まりつつあります。

そこで、本ブログでは、既存のスタジアムがどんな問題を抱えており、なぜ清水に新しいサッカースタジアムが求められているのか、その理由を多角的な観点から改めて整理してみようと思います。恐らく既知の内容ばかりですが、網羅的に情報を整理し、今後始まるであろう議論のベースとしてもらうことを企図しています。
まず第1回は「エスパルスにとって必要な理由」です。

1.クラブライセンス制度上の問題

J1リーグ戦に参戦するクラブには、リーグに参加するための資格要件として「J1クラブライセンス」の取得が義務づけられています。
クラブライセンス制度では、5つの審査基準が設けられ、それぞれの基準には項目ごとに「A~C」の等級が付されています。

(5つの審査基準)
①競技基準:育成部門の整備や選手との契約締結義務など(7項目)
②施設基準:スタジアム、練習場の確保やそれらのスペックなど(17項目)
③人事体制・組織運営基準:部門別担当者の配置など(19項目)
④法務基準:競技規則、Jリーグ規約の遵守義務など(6項目)
⑤財務基準:適法かつ適正な決算、監査の実施など(8項目)
【3つの等級 】
A等級:達成が必須。達成しなければライセンスが交付されない
B等級:達成しなかった場合は、制裁が科された上で、ライセンスが交付される
C等級:達成が推奨されるもの。ライセンス交付には影響しない

エスパルスもJ1クラブライセンスを取得していますが、施設基準における「B等級」の項目を1つ満たしておらず、制裁が科されています。

【B等級 スタジアム:屋根】
スタジアムの屋根は、観客席の3分の1以上が覆われていなければならない
(制裁内容)
①対象スタジアム名公表
②屋根のカバー率不足への改善策もしくは構想の提出

アイスタは、各サイドスタンドの1階が雨に濡れない構造となっていますが、屋根はバックスタンドの一部にしかかかっていません。屋根の増設は、スタジアムの敷地の狭さや構造上の制約(傾斜地・崖地に立地)などから、実質不可能とされています。(※2/9のシンポジウムにて、屋根を増設するには100%作り替えする必要があり、スタジアムを建て替えるほどの費用がかかるとの発言がありました)
また、スタジアムは静岡市の所有物ですが、クラブライセンス制度の基準未充足を理由として屋根の建設資金に数十~百億円の税金を投じるのは、現実的には困難でしょう。

2.キャパシティの問題

(1)試合開催の制約

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日本サッカー協会(JFA)は、スタジアムを収容人員によってクラス分けし、クラスごとに開催可能な大会(リーグ)を定めています。収容人員20,299人のアイスタは「クラスA」に分類されるため、昨シーズン、エスパルスは天皇杯の準決勝に進出しましたが、仮にエスパルスのホーム扱いだったとしても、アイスタでは試合ができなかったことになります。

また、アジアサッカー連盟(AFC)では、AFC主催試合を開催できるスタジアムの条件として「観客席(※個席で30cm以上の背もたれがあるもの)5,000席以上の確保」を求めており、アイスタはこちらの基準にも抵触します。つまり、アイスタではAFCチャンピオンズリーグの開催は不可能だということです。

(2)営業収益の頭打ち

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まず、上図は2020シーズンをJ1・J2で戦うチームのホームスタジアムを収容人員順でリスト化したもの(※スタジアムを複数使用しているクラブは、フットボール専用を優先。J2はアイスタを上回る収容人員のスタジアムのみ列挙)。
単純なスタジアムの規模で比較すると、アイスタは19位。J1所属の18クラブの中でも小規模であることがわかります。
また、数字上の収容人員こそ20,299人ですが、東サイドスタンド2階のアウェーサポーターとの緩衝帯や、バックスタンド側エレベーター周辺の死角、メインスタンド指定席の死角などを考慮すると、実質的な上限は18,500人程度と推測されます。

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次に、上図は平均入場者数とクラブの収支を、J1平均とエスパルスで比べたもの。
直近の2019シーズンにおけるJ1の平均入場者数は20,751人に達し、もはやアイスタの収容人員を上回っています。2014シーズンからの伸び率も、J1平均+20.4%に対してエスパルスは+5.5%と、大きく伸び悩んでいます。また、クラブの営業収益の約15%を占める入場料収入の比較でも、J1平均+18.6%に対してエスパルスは+8.0%と低調です。
平均入場者数の伸び悩みは、入場料収入の頭打ちだけではなく広告的価値や物販収入などにも跳ね返り、クラブの収支に直結します。2014年にはJ1平均と肩を並べる水準だった営業収益も、左伴前社長の尽力により必死に食らいついているものの、現在は大きく水をあけられている状況です。(エスパルスの詳細な決算分析は過去エントリを参照)
さらに、営業収益(稼ぐ力)の差は、チームの強化に大きく影響します。チーム人件費とリーグ順位に正の相関があることは知られていますが、エスパルスが優勝を目指すのであれば、入場者数の底上げや収益源の多様化が不可欠です。

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少し視点を変えて、上図は「Jリーグ スタジアム観戦者調査2019」より、観戦者のチケット入手方法を他クラブと比べたものですが、エスパルスは招待券の割合が16.7%とJ1クラブでは最も大きくなっています。各クラブに共通することですが、いかに新規顧客層を取り込み、ファン・サポーターに昇華させ、シーズンチケット等の購入に誘導していくかが経営課題となっており、エスパルスにとってはより重要性・緊急性が高い問題です。
(※エスパルスの場合、招待券は多くがスポンサーに割り当てられたものと考えられるので、入場料収入への影響は大きくないという考え方もある)

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上図も観戦者調査2019からの引用ですが、招待券を多数配布しているにもかかわらず、2019シーズンから新たにサポーターになった人の割合は2.1%とJ1最下位の不名誉な数字です。
新規顧客層の取り込みが不十分な背景には、サッカーの勝ち負けや試合内容、魅力的なイベントの有無など、さまざまな要因があると思いますが、キャパシティやアクセス(後述)など、スタジアム自体に起因する問題も無視できません。

3.アクセスの問題

アイスタは、最寄りの鉄道駅であるJR清水駅から約5km、静岡鉄道の新清水駅からも約4.5km離れており、徒歩だと1時間以上かかります。従って、来場者の多くは、①自家用車でスタジアムの周辺まで来て駐車場を利用するか、②清水駅・静岡駅を発着するシャトルバスを利用することになります。

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スタジアム駐車場・場外駐車場は、関係者やシーズンシート指定席購入者限定となることから、通常は停められません。そこで、一般の来場者は、スタジアム近隣の企業や個人が貸し出している駐車場(推計700~800台)か、エスパルスドリームプラザ周辺(同1,500台)、JR清水駅周辺(同950台)に駐車せざるを得ませんが、駐車料金として1,000円以上の負担を強いられるうえ、スタジアムに辿り着くまで少なくとも30分以上を要し、気軽に利用できるとはいえません。また、もちろん上図の駐車場すべてがサッカー観戦者に割り当てられているわけではないため、実際に駐車できる台数は相当に少ないのが現状です。
駐車場は近隣企業・住民のご厚意に頼る部分も大きく、その受入可能な数は年々減少しています。スキームとして持続可能とは言い難いのが現実です。

シャトルバスは、JR清水駅発とJR静岡駅発の2系統が用意され、清水駅系統はエスパルスドリームプラザに立ち寄るルートとなっていますが、バス内は混雑しており、2~3度乗車を見送るケースもよくあります。
シャトルバスも試合の都度、スポンサーでもある静岡鉄道さんがあちこちからバスや運転手を調達して、ようやく成り立っています。人材の確保難やエネルギーコストの上昇を踏まえると、スポンサー側に相応の負担がかかっているのは間違いなく、エスパルスにとっても運営費の増加要因となります。早急かつ抜本的な対策が必要です。

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上図は、同じく観戦者調査によるスタジアムへの平均アクセス時間の分布ですが、アイスタは車ならばJR清水駅から15分、JR静岡駅から30分で行くことができる立地にもかかわらず、アクセスに平均60分以上を要すほど「距離がある」スタジアムです。
また、試合終了後にはシャトルバスに長蛇の列ができ、乗り込むまでに1時間、目的地に着くまで1時間を要することも珍しくありません。道路も、帰路につく車や送迎の車、バス、タクシーが入り交じり、渋滞が頻発。これでは、試合に勝った喜び・感動は半減し、敗戦の怒り・悲しみは倍増され、観戦者の満足度は向上するはずがありません(←これは主観です)。
地元に住む私たちがこのように感じるのですから、土地勘のないアウェーサポーターにとってはなおさらです。アクセスの問題は、エスパルスというクラブの評価が下がるだけではなく、清水という街のホスピタリティにも関わる問題として認識する必要があります。

4.まとめ

1~3で触れた問題点を考慮すると、アイスタのキャパシティは現時点で限界に近く、これから平均入場者数を伸ばすのは相当に難易度の高いミッションだと考えられます。いち観客として見ていても、観客数15,000人を超えたあたりからコンコースやシャトルバスの混雑が目立ち、運営側としてもソフトの工夫だけではどうしようもないレベルに達しているように感じます。
また、2019年シーズンにクラブは座席の価格引き上げを敢行しましたが、観戦環境の改善が見られない中で、来場者に値上げ分の付加価値が提供されたとは言い難く、一層の客単価の上昇や顧客満足度の向上を図るためには、ハード面のテコ入れは不可避です。

もちろん、アイスタにも良いところはたくさんあります。ピッチとスタンドとの近さはリーグ屈指で、選手とサポーターが一体となったときの雰囲気は、他所ではなかなか味わえません。清水の街と富士山・海を眼下に望む眺望も素晴らしく、いつ見ても感動します。また、山の中腹に位置していることから芝の生育環境も良く、ピッチ状態は常に良好です。アイスタの立地は不満でも、晴天下でサッカーを「観る」施設としては、未だに全国有数だと評価する声も聞きます。

ただ、以前はサッカーを見るためのものだけだったスタジアムも、時代とともに求められる機能や役割が変化しており、街の賑わいづくりや地域・産業の活性化といった、いわゆる「地方創生」にも貢献することが求められています。次回は、そうした観点から、「清水という街にとって、スタジアムが必要な理由」を考えてみたいと思います。


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