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6.6 ラ・リーガ最終節~ビーゴ

巡礼41日目。ここ3日間はビーゴにいる。ビーゴは入江の入口にある北向きの港町。どこか福岡や長崎を思わせる大都会である。

前回書いたように、ビーゴに来たのはこの街を拠点とするサッカーチーム・RCセルタがFCバルセロナと対戦するラ・リーガ最終節を観戦するためだ。しかしチケットはあっという間にソールドアウト。それでも私は汗水たらしてビーゴを目指した。

街に着いたのは試合当日6/4の17時。キックオフが21時からなのでわずか4時間前になる。そもそもこの日は33キロという強行軍で、体力的にはほうほうの体である。だがその成果であるサッカー観戦のチケットがないというのが我ながら本末転倒で微笑ましいというか、嗚呼オレ一体なんのためにここまで歩いてるんだろうというか……。

しかしチケットなどなかろうが、いてもたってもいられないのがサッカー好きの性分である。ホテルで軽く休憩すると私は外に出た。バルセロナはこの2日後に日本で親善試合するという弾丸ツアーの直前だが、セルタは現時点で降格圏一歩手前の17位。バルサにとっては消化試合にすぎないが、セルタにとっては地元最終戦であると共に、ここで負けたら2部転落もありうるという重要な試合なのだ。そりゃサンフレが同じなら私も現地に駆け付けるよ!!!と思いながら外を歩くが、街はイマイチ盛り上がりに欠けている。

なんだよ、ガリシアっ子のクラブ愛はこんなもんかよ!

私は落胆を隠せなかった。来季の運命が決まる大事な一戦、ビーゴは街を挙げての大騒ぎで、あちこちで発煙筒がたかれたり殺気立っていると思っていた。だが日曜ということもあって店はやってないし人も少ない。私はバルで地元サポーターと一緒に観戦しようとサンダル履きで外に出たが、拍子抜けしたような気分になった。

せっかくビーゴまで来たのに……聖地サンチャゴもロクに観光せず、試合に間に合うようやって来たのに……。

私は少しでも盛り上がっている場所を探して、街を歩きはじめた。スタジアムは郊外にあってホテルのある場所から4キロ。近所のつもりで外に出たのに自然とスタジアムに足が向かう。するとだんだんユニフォーム姿の人が増えてくる。やはり現場はこっちか! 次第に騒然とする雰囲気にも気分が上がる。道の向こうに見える水色のUFOみたいな物体……あれはパライドス競技場じゃないか! カッコいい!! 結局サンダルと短パンで4キロも歩いてしまったじゃないか私!!

辿り着いたスタジアム周辺はカオスだった。会場からあふれ出たサポーターが集まり、路上にビール瓶がアホほど転がされている。パトカーがあたりを行き交い、サポーターが奇声を上げている。そうか、もうひと騒ぎ終わって、みんな会場に入った状態なのか。しかし道路は割れた瓶のカケラが散乱していて、サンダル履きの私はめちゃくちゃ足が危ないぞコレ!

とりあえずケバブで腹を満たし、私はキックオフの笛を聞いた。いったいどこにこれだけの人がいたのか、あたりは人でいっぱいだ。みんな歴代のユニフォームを着て、マフラー持参。チーム旗をマントのように羽織る人もいれば、旗は店の外にも掲げられている。サポーターは年季の入ったじいさんからモデル風のギャルまで全世代網羅。これぞ街のクラブ、ガリシア地方が継承する「ケルト文化」の象徴という濃密さである。さすがDESDE 1923。

試合はチーム生え抜き21歳のガブリ・ベイガのゴールで先制。1‐0でセルタが折り返した。私は最初バルの外からテレビを見ていたが、だんだん気が気じゃなくなってきた。しっかり逃げ切れよセルタ! ということで後半は店内に潜入し、サポと並んで画面に見入る。そしてガブリ・ベイガの2点目。その瞬間、店は大爆発。2‐0なら大丈夫だろう。その後1点を返されハラハラしたが、バルサを退け見事勝利。来シーズンの1部残留を確定させた。

キックオフの21時は明るかった周囲もすっかり暗くなっていた。この時点で23時。スタジアム周辺はまるで優勝したかのような大騒ぎである。店からは大音量のダンスミュージックが流れ、サポーターは道の真ん中でチャントを合唱。発煙筒がたかれる。警察の青ライトがそれを照らし出す。おおテレビで見た風景だ! これこれ、こういうのが見たかったんだ!

残留決定のお祭り騒ぎを眺めながら、私は痛快な気持ちになっていた。サンティアゴ到着時に襲ってきた「だから何だ?」という醒めた感情。あれ以降、私はずっとその想いに支配されてきた。780キロ歩いたから何だ? 巡礼したから何だ?……私が聖地で感じたのは達成感でも充実感でもなく、すべてが虚しく、無意味に思える虚無感であり無力感だった。

だけど目の前のこの景色はどうだろう? 別に優勝したわけではなく「たかが残留」なのに、こんなに喜び、はしゃいでいる。

残留? だから何だ? しょうもないことで歓喜してる? だから何だ、それがどうしたっつうんだよコノヤロー!!!!

「だから何だ?」の意味がくるりと反転する。サポーターの誰かが手持ちの花火を打ち上げ、それが夜空に花を咲かせた。頭上で開いた花火を見上げ、祝福のおたけびが再び響き渡る。

それを見ながら私は、まるで自分の巡礼の成功を祝ってくれているみたいだと感じていた。意味はなくてもイベリア半島の780キロを歩き通した。それは楽しく、素晴らしい経験だった。それでOK、十分じゃないか。他に何が必要だっていうんだい?……

私の旅の「巡礼編」は、このビーゴの花火でピリオドを打てたような気がする。

帰り道、ほろ酔いのサンダル履きでホテルに帰った。ほんの数時間前ここに来たばかりなのに、もうずっと前からここに住んでいる気がする。自分はどこででも暮らしていける、どんな街でも楽しく生きていける――そんな根拠のない自信が海風に心地よかった。

だったらもっと遠くまで行ってみたい。もっと見たことのない景色を見てみたい。

ここから旅はまた新しい段階に入っていくのだろう。



セルタのチームカラーは水色。恋は水色? いえいえ、恋は桃色。



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