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母の仕事の悩みと哀川翔の教え

こたつに座る母の顔を見ると暗かった。

息子はこれからどうするのか、と不安に苛まれているのかもしれない。

母の頭上から湧き出た不安の積乱雲から、僕に雷が落ちそうだ。

逃げようかな、と思ったけど、何か別の悩みがあるのかもしれない。

母の悩みや愚痴はなるべく聞いてあげたいと思っている。僕が母にできる数少ない貢献の一つだからだ。

雷が落ちるのか、愚痴がこぼれだすのか。僕は恐る恐る、「どうしたの?」と聞いてみた。そう自分で言った瞬間に、”どうしたの?”はまずかったかもな、と後悔した。「どうしたの?って、それお前が言う?」って話になるもんな。ビクビクしながら反応を待っていると母は、「ん~…」と短く息を吐いた後、「なんかね~…」と言って、そこから仕事での悩みを話し始めた。

僕は雷でなかったことにひとまず安堵して、それから母の話に同情した。

母の悩みは、気がついた人がやるべき仕事を、どうすれば気がつかぬふりをする人にもやってもらえるようになるのか、というものだった。

職場には家庭で言うところの、「なくなった麦茶を新しく補充する仕事」とか「新しいトイレットペーパーをホルダーにセットする仕事」とか「いっぱいになったゴミ箱に新しいゴミ袋をかぶせる仕事」というのがあるらしい。

母によると、これら皆が気持ちよく仕事をするために必要な仕事を、自分には関係ない、といった姿勢で無視をする輩が多くいるという。

「気がついているのにわざとやらない」と母は言う。

彼らはボトルに麦茶を1cm残し、冷蔵庫に戻す。トイレットペーパーは、芯まであと10cmのところで紙を残し立ち去っていく。ゴミ箱があふれていても、そのゴミの上にジェンガよろしくゴミを積み上げる。次の誰かが確実に困ることがわかっていても、とにかく自分のターンで処理をしたくないのだ。

もちろん母も指導をしているというが、暖簾に腕押しらしい。

結局そういった、気がついた人がやる仕事をしっかりとやる人は固定されていき、その人には鬱憤がたまって、疲弊していってしまう。

僕は母の話を聞いて、「優しい人ばかりが損をするなんておかしい。そういう人(気がつかないふりをする人)は人間としてどうなのか。職場でも道徳を解かなければいけないのか。」と例のように自分を棚上げして母に賛同した。

「いや本当に、哀川翔じゃないんだけどさ。ゴミを跨ぐなって話だよ。」と母は言う。

キレイ好きで知られる哀川翔の「ゴミを跨ぐな」という名言は、以前僕が感銘を受けた言葉として母に語ったものだ。

母は僕から聞いたことを忘れて、「ゴミを跨ぐな」について語り始めた。僕は話の途中で、「それ俺が教えたんじゃん」なんて野暮な突っ込みは入れない。素晴らしい言葉が母の血肉になっていたことがうれしいし、今の僕の役割は母の話を聞くことであって、その言葉は俺のほうが先に知っていた、なんてアホなマウンティングをすることではないからだ。

「ゴミを踏んでしまったならいい。見えていなかったということだ。でもゴミを跨ぐということは、ゴミが見えていながら、気づいていながら、見てみぬふりをして通り過ぎようとしたということだ。その行動の裏には、まぁ誰かがやってくれるだろうという甘えがある。それが気に入らない。」

哀川翔はこの教えを自らの子供たちに言い聞かせ、家をきれいに保っていたという。ちなみにゴミを跨いだことが発覚すると、鉄拳制裁で半殺しになるそうだ。哀川帝国の人権問題はさておいて、「ゴミを跨ぐな」という言葉が、ただの掃除の話ではなく、道徳をも説く素晴らしい教えであることは間違いないだろう。

母の気持ちは少し軽くなっただろうか。

仕事はとても辛そうだ。大変な仕事をさせてしまっているという申し訳なさもある。

また話を聞かせてほしい。いくらでも聞くから。

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shimo

大学卒業以来無職の29歳。 最大のコンプレックスはアトピーであること。

雑記

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