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まったく仕事をしない男。

僕の友人にYという男がいる。出会ったのは7.8年前だが、それから一度として仕事している姿を見たことがない。Yはフーテンの寅さんのごとく全国各地をふらついている。祭りに参加して地元の人の家に転がり込んだり、図書館や本屋に居候したり、飲み会にしれっと混ざっていたりする。ちなみに僕は、3ヶ月に一度くらい、Yが帰京したときに酒を飲む関係だ。

Yがどうやって生計立てているのか、誰も知らない。家はシェアハウスの居候を基本としていて、収入はどうやらパトロンみたいな存在がいるらしい。毎日5ー6冊本を読んでいる。話を聞いてもツッコミどころが多すぎて、情報が増えるだけ混乱が広がる。だからYを何かの会に連れて行ったりすると、だいたいみんな面喰らう。

「何やってるんですか?」「祭りをみたり、美術館みたり...」「そういう仕事ですか?」「いや趣味です」「仕事は?」「特に...」謎のやりとりが繰り広げられる。東京は色んな人がいて市場競争が激しいからか、多くの人が相手に所属や肩書きがないとうまくコミュニケーションできない。どういう態度で向き合えばいいのか判断できないのだろう。それでも話するうちに、人は少しずつYのペースに飲み込まれていく。圧倒的に興味深いからだ。

Yは極端なことを言う。「どうして、ただブラブラしてるだけのお前に、金をあげる人がいるんだ」と聞くと、「ガラパコス諸島ってあるやん?南米の。そこにいる絶滅危惧の亀みたいなもんだよ。みんな多様性として守るでしょ。それと同じ。みんなが仕事に生きがいを求める今、仕事せずにどう人生を楽しむかを地でやっている人間がいることも大切でしょ。」

Yの言ってることは無茶苦茶だ。でも、面白い。「日本で行ってないところはどこ?」と聞けば、「標高500m以上はあまり行けてないね」と、いちいち予想を超えてくる。仕事しないことに誇りを持ち、その分の時間を使って、この国の文化や地方を味わい倒す。そんな奴、他に見たことがない。

Yは存在そのものが、現代へのボケになっている。ソーシャルメディアが浸透した今、一億総ツッコミでみんなまじめだ。ニュース一つ取り上げても、正論のオンパレード。先生のようだ。でもまじめな先生は一人いれば十分。逆にボケが圧倒的に足りていない。みんなから笑われたり、つっこまれるような存在こそクラスを明るくしたように、ソーシャルはボケを求めている。逆に言えば、こんなにボケが美味しい時代はない。

ちなみに、ボケという花がある。織田信長が家紋にした花で、その花言葉は「先駆者」だ。