「手段の目的化」そのものが悪いわけではない。

世の中では、「手段の目的化」は、悪いという扱いを受けている。
なんか違和感を感じたのでちよっと考えてみた。

とりあえず、ネットで意味を調べてみる。

手段の目的化
読み方:しゅだんのもくてきか
ある目的を実現するために採用した行動やその方法が、
本来の(目的を実現するという)意義を逸脱して、
行動する事それ自体を目的として行動するようになってしまうことを指す表現。
形骸化に伴って生じやすい。
※weblio辞書

手段が目的を果たさなくなるという意味で「手段の目的化」を使ってしまうから、不当に悪い扱いを受けているんですね。
「形骸化」と結びつけるなんて、かわいそうに。

でもね。

目的:綺麗な水を飲みたい。
手段:綺麗な水を作る。
手段:綺麗な水を運ぶ。

目的:綺麗な水を作る。
手段:浄水場を作る。

目的:綺麗な水を運ぶ。
手段:水道管を張り巡らす。

「手段の目的化」を進めていくことで分業化して、世の中は成り立っていませんか?
これが違和感の正体でした。

私をサポートしてくださる方のために、ささやかですが、スキ、フォロー、お礼におみくじを付けさせてもらいました。