ゴーストタウン十八時


 先日、新聞の下部に掲載された書籍の広告に、キャッチコピーのように「ドイツ人は午後六時以降は仕事をしない」と書いてあって仰天した。
 ドイツは労働者を取りまく問題について敏感なのかもしれない。さすが、数十年前にも「労働者」と名称に含まれた政党が政権を握っていただけのことはある。


 それはさておき、午後六時以降仕事をしないとなると、果たして街はどのような様子のだろうか。無知な私は空想を膨らませた。


 普通の会社員の退勤時刻が午後六時として……と考えたところで、私は自分の誤りに気づく。午後六時以降に仕事をしないということは、午後六時を過ぎればスーパーも飲食店も公共交通機関も機能していないはずである。
 帰宅するのにそれでは困るだろう。自炊するにも食材を買えないし、食事もできないし、そもそも帰宅できない。


 となれば、会社員の定時はそれより何時間か前だ。最終電車や最終バスが午後五時台の終わりと想像できる。

 そうしてきっと、小売業や公共交通機関の運営に従事する人々も、退勤する会社員のために午後六時まで勤務をした後に帰宅するのだ。徒歩か自転車か自家用車で通勤すれば問題ない。


 日本ではたまに行われる、電気や水道を一旦止めての夜間工事もないのだろう。昼間に「工事のために二時間停電しますので」と告知をしてから電気を止めるのだ。


 もちろん、学生の授業や部活動もそんなに遅くまでは行われていない。教員も午後六時には職場である学校から帰宅するはずだ。学生が早く帰宅するのだから、塾や家庭教師が存在するとしても午後六時には勤務を終えられるのだろう。


 どこの国にも存在する、いわゆる「夜の街」というやつも、夜に営業はしていないはずだ。ドイツでは有給の消化率が高いらしいので、休日に昼間から歓楽街に行く人も多いのかもしれない。それはそれで風情があるだろうか。


 さて、無事に帰宅したとして、午後六時以降の夜間に強盗が家へと入ってきたとする。その場合、住人はきっと警察に通報するだろう。

 だがドイツ人は午後六時以降は仕事をしないらしい。きっと警察官は来ないだろうから、近未来的な警備ロボットだとかそういったものが駆けつけてくれるのだ。
 ドイツに旅行することがあればぜひとも見てみたいものである。消防隊の代わりとして消火ロボットもいるだろうか。

 それか、強盗も午後六時以降は仕事をしない可能性もある。しかし外国からやってきた犯罪者だったならば話は別になるので、ことさら考慮する必要はないだろう。


 他には、例えば心臓発作を起こしてばったりと倒れたとする。おそらくは同居している家族が救急車を呼ぶ番号に電話するだろう。

 だがドイツ人は午後六時以降は仕事をしないらしい。救急隊員の代わりに救護ロボットが駆けつけるか、あるいはもしかすると自然淘汰として放置するのかもしれない。一見非道なように思えるが、地球上の総人口は爆発的に増加しているそうだ。運の悪い人間から頭数を減らしていくという方針かもしれない。


 まあ、そんなはずがないのは私も承知している。


 我ながら大人げないことだ。からかうようなことを書いてしまったが、実際、日本よりドイツの方がはるかに労働環境が良いとは、頻繁に耳にする話である。

 ただ、私の想像が現実となっていない限りは、ドイツにも午後六時以降に働いている人間は必ず存在すると思うのだ。おそらくはシフト制で、日本人の多くよりもホワイトな労働環境にいるかもしれない。

 だが、すべてのドイツ人が午後六時以降に一切の仕事をしないわけではない。


 もしも私の想像が正しくなく、しかも本当にすべてのドイツ人が午後六時以降に仕事をしないのだとしたら、それはきっと午後六時以降の労働を請け負っているのがドイツ人ではないか、あるいは人間として認識されていないだけだろう。


 つまり何が言いたいのかというと、キャッチコピーはつけ方が大切だということである。

 ここまで書いた中で、私にとって大事なことはたぶんそれだけかもしれない。


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