見出し画像

わすれさせて

 少なくともはじめは『燃えるような』あるいは『すさましい』という言葉がぴたりとあてはまるほど両思いだった。なにせお互いが惹かれあってからというとんでもないラブな期間は毎日少しの時間でもあっていたしメールもそれこそ頻繁に交換をしていた。
『さっきあったぶんなのにもうあいたくなってるよ』とメールをしたら
『俺もだよ』と、それはまるで『山』『川』の忍者の合図のよう返ってきた。
『明日どう? どう? あえる?』
『胃胃世』(いいよ)
 彼はおもしろい漢字を駆使してあたしを笑わせようとやたらと中国語もどきの返事をくれた。
 けれど、そんなラブな時期など永遠になど決して続かない。既婚の彼は仕事に家庭に犬に部下に子どもにそしてあたしにひどく疲れていった。だし奥さんにあたしの存在がバレたあたりからめにあまる態度であたしから距離を置くようになった。

 5年……。経った今でもあたし的には彼は好きだ。けれど上記の『燃えるような』はもうなくてそんなに情熱的ではないし依存もしていない。もう立ち直ってはいるし自分の足だけで立つことができている。いっときはストーカーじみたこともしてみたり自殺未遂までおかした。睡眠薬をラムネのよう大量摂取をし気がついたた丸々2日眠っていただけで死にそこないのあわれな女に成り下がり過ぎていた。
 彼はあたしの書くブログを読んでいて『もう俺のことは書くな』と何回も怒られた。『じゃあ、みないでおけばいいでしょうに』と食い下がれば彼は顔をしかめ『嫁さんも呼んでるから』とおどろくことを知ることになった。名もなき物書きのあたしが書くものなどノンフィクションでもフィクションでも『嫁さん』にしてみたら混乱は隠せないし取り乱す。彼はなのであたしから距離をとったことも一理ある。
 あたしはすっかりくたびれてしまい鬱っぽくなって筆を折った。筆を使い有名になる前よりも先に筆を折った。
 彼に『殺して』と行為のたびに口にするようになってから彼の態度はあからさまにあたしを娼婦のあれとみなしひどくぞんざいに扱った。果たしてそれが裏目に出てしまいおそろしいほど超が200個くらいつくあたしはそのいちいちの行為にますます彼に溺れた。首を絞められ髪の毛を掴まれ背後から尻を掴んで身体の芯をつらぬくよう生身の棒を躊躇なく差し込み何度も何度も奥までついた。シーツに顔が醜く歪む。声は出ない。首を絞められているから。朦朧とする意識の中で『ほ、ほんとうにこのまま、このままころして……。おねがい、』
 彼は背後にいるしその表情などはわからず憶測に過ぎないけれどきっと眉間にしわをよせ、めんどくさ、まじで殺そっかな。なんて一ミリでも思ったかもしれないし、こいつほんとうにバカと嘲笑ったかもしれない。恋は精神的に滅亡を導くおそろしい病。恋愛依存体質すぎるあたしには彼と出会った時点でもう死んだも同然だった。

「あのさ、何度もいう。もうそうゆうその感情はないから」
「そういう感情って? なに?」
『嫁さん』が旅行に行ったと聞き彼にあっている。彼はすっかりまた日焼けをしていた。
「だからそうゆう感情だよ」
「は? あたしに対してのっていう意味合いの?」
 車に乗り込んできた彼は、ホテルにいってとまるで喫茶店にいってのように告げる。だって『そうゆう感情』がもうないんでしょ? と助手席にいる彼の顔を覗き込むと、んん、と顔をしかめる。それ以上訊かないでくれオーラをまといながら。好きな横顔をあたしにさらして。
「_____、」
 無言が続く。あたしは地味に落ち込んでいた。地味に。別に抱きたくないっていえばいいのに。男は好きでもない女でも涼しい顔を向けて抱くことができる。けれど女はそれを『愛』というたった一文字と勘違いする。
「最近は誰かとしてるの?」
 ベッドに横たわってなんとなく訪ねる。まあどうでもいいことだけれど。
「まあね。たまにね。てゆうか秘密」
へー。そうなんだ。彼が背後からあたしを抱きしめる。会うのは実に2ヶ月ぶり。その間。誰としたんだろう。まあいいけど。いいか? それ? いいのか? 自問自答するもわからない。
「お前は? してんの?」
「してない」
 とっさに嘘をついた。いやいやおととい彼氏としたしその前はセフレともしている。保険をかけないとあたしはうまく情緒を保てないのだ。
 ふーん。彼もまたそのこたえになんの感心もみせなかった。行為の最中、早く終わらないかな。あたしはそう頭の中で思っていた。あ、。あたしは、あ、と心の中で声をあげる。あ、これいかんやつだ。と。
 あたしももう彼のこと好きではないと認めてしまった。あれほど枕を濡らした日もあったというのに。もう時間がたち過ぎてしまった。あたしと彼の間の時間が。男と女ではなく牡と牝になったみたいに。
「時間の流れってさ、残酷だよね」誰にでもなくつぶやくと彼はまあそうかなとちょっと笑いながらこたえる。なに笑ってんの? はぁ? なんとなく。おかしいから。といいながらあたしの首筋に歯をたてる。
「ヤダよ。跡つけないで」
「だーめ」
 まあ、いっか。あたしは誰の所有物ではないのだし地味にまた振られたのだし。
 噛んで噛んで食べちゃっていいよ。なんならこのまま殺しても。いいよ。
 あたしはどうしてだか涙を流している。痛いとかそういうのではない。不明瞭な涙に戸惑っている。
「痛かった?」
 心がね。とはいわず「いいえ」とこたえる。泣いてるのに? 彼は怪訝そうな顔をよこす。
 眠たかった。彼もまた眠たいとぶつぶつとお経をとなえる。朝、4時起きだし。と付け足して。油断した大欠伸をしながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?