8034のコピー

うなぎ

『お昼くらいに行くね』日曜日の朝、なおちゃんにメールをする。なおちゃんはあまりスマホを触らない。なので自動的にメールも気がつかないことが多い。けれども返信はきちんと返してくれる。だから返信がなくてもなんら心配などはない。
 メールあるいはLINEなどの返事を待つもどかしさったらない。ある種の拷問いや嗜虐プレイに過ぎない。とくにLINEがそう。相手が既読にならないとどうにかなりそうになってスマホばっかり気にしてしまうし意識が全てLINEに向かってしまう。よく、あ、忙しくって気がつかなかった。などという人がいるけれど、はい? って思う。だって既読をつけてスタンプでも返しておけばそれだけで乙女たちは安堵するのだから。駆け引きだかなんなのか知らないけれどあたしとなおちゃんの間においてもうそのようなくだらない駆け引きなどはなくただただ凡庸に時間が流れてゆく。しかしながらなおちゃんはLINEをしていないのでいつもショートメールでのやりとりだ。
『うん』
 電車に乗ったタイミングで返事がきたので、あ、と思いつつ
『駅までお迎えに来れる?』と打ち返す。
『いいよ。何時につく?』
『12時45分』
 その後はもう返事はない。きっと駅についたときなおちゃんはカローラワゴンに乗ってタバコをふかしつつ待っているに違いない。

 やあ、という顔を向けなおちゃんが微笑む。暑いなぁとつぶやきながら。
「そう。暑いからお迎え来てもらって悪いね」いつもは駅に停めてある自転車で勝手になおちゃんの家までいく。
「いいよ。だってこんなに暑いんだし」もう人間の高熱を超えてるよ。と顔をしかめる。
「そうね」
 あたしはそのなおちゃんの横顔をみながらこたえる。なおちゃんはすっかり日焼けをしている。顔が赤鬼のように真っ赤だった。
「どうしてそんなに日焼けしてるの?」気になって切り出してみる。
「え? 俺?」なおちゃんはどうやら自分がいやに日焼けをしていることに気がついてないらしかった。あたしはケケケと笑う。普通は気がつくでしょうに。
「そうよ、俺」
 あー、あー、と口を開き、昨日出張で東京に行ってきたんだよ、と説明を開始する。
「東京ビックサイトに」
 あ、それ昨日だったんだ、あたしはいい返し、それで日焼けしたんだね。と続ける。まあそうかもしれないなぁ。となおちゃんも認める。とにかく暑かったよ。とか新橋でさんざんのんでラーメン屋に行ったまではおぼえているけれどお金払ったのか記憶が曖昧なんだ、と目を細め笑う。そんなに飲んだのというあたしにうんそう飲み過ぎたとまた認める。
「とにかく飲み過ぎたし」最後はそう締めくくった。

「腹減ってない?」
 そういわれて空腹を意識する。けれどさっき駅の中の喫茶店でソフトクリームを食べたのでさほどお腹は空いていなかったけれど
「減った」
 というといきなりうなぎ弁当がテーブルに並んだ。
「うなぎ食べよ。元気になるし」
「わ、うれしい」
 1週間前の日曜日の夕方にも食べたけれどとにかく大げさに喜んだ。うなぎは好きだから。
 しかし。よく見るとなおちゃんとあたしのうなぎ弁当の大きさが明らかに違うしあたしの方の入れ物の方が豪華に見える。ではなく豪華だった。
「いただきます〜」
 お互いにいいあいうなぎを食べる。ふんわり蒸し焼きの蒲焼きうなぎのおいしいこと。半分しか乗っかってないけれどご飯がわりに多く案の定ご飯だけ残す。そうするとなおちゃんはなにもいわずしてあたしの残りを平らげる。
「やっぱりね。そっちの方がちょっとだけ大盛りだったから」
 だよね〜。と思ったけれど黙っておいた。食べ終わって片すときになにげにうなぎいくらだろう? と値段をみてみると、あたしの方が500円も値段が高かった。少食なのできっと残すだろう。それなら高くてもいいや。なおちゃんの考えていることが手に取るようにわかりその些細な優しさがひどく心地よかった。
 食べ終わるともうすることがなくなる。テレビもつまらなくてなおちゃんはビールを飲んであたしはその傍らで本を読む。会話がなくなっても気詰まりではない。この空気をつくるのに丸3年はかかることをあたしはなおちゃんと付き合って知った。
 夕方ちょっとだけ日が陰ってきたことお布団にはいる。そうして素っ裸になりなおちゃんの腕の中に入れてもらい少しだけ眠る。
 冷房が効いているので汗ばんではいないけれど肌と肌が密着したところは自然と汗がたまる。
「暑苦しくない? 大丈夫かな?」うたた寝を開始し始めるなおちゃんに問うと頭をまるで子どもにするよう撫ぜられて、その手が大丈夫だよ、と告げる。何度も往復する手はあたしの気に入りの手でその手の動きのいちいちにあたしの心は歓喜に満ち溢れ生きている証しをくれる。
「寝たの?」
 部屋はだんだんと明るさを失ってゆく。日は落ちだすとあっという間に落ちてゆく。恋や愛のように。深く深く漆黒の闇に堕ちてゆく。
「ネタ」
「へー」
 あたしはついクスクスと笑ってしまう。この時間が永遠に続かないことはすでに知っているしあたしたちがもう大人になり過ぎている。きっとあと1時間もしたら、駅まで送る、といわれるだろう。明日は仕事なのだから。
 あたしはなおちゃんの寝息を聴きながら天井をみつめる。それもにらめっこのよう眉間にシワを寄せ睨むようにみつめる。ヒッー! きっとこの顔をなおちゃんがみたら驚くだろうと考えると心の中で笑いがこみ上げてきてけれど泣きそうになる。

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