風のつよい日の思い出

夜勤オペレーターなので休みの日も夕方過ぎに起きてしまう。
ふと寂しくなってふらふら町を彷徨うも、夜遅くまでやっている喫茶店やレストランなどは僕の近所にはなく、結局短い時間で自分のアパートに舞い戻る。
帰る途中、夜の濡れた路面に梅の花びらちらちらと落ちていて、梅ちゃんも桜ちゃんも僕が知らないうちに勝手に咲いて勝手に散っていくなと毎年思う。

春が近づくといつもちょっとした事で気分が深く落ち込んでいけない。
先週も職場の社員の席が一人だけ空くよ、という話しを耳にしたのでチャンスだから頑張ろうと思ったのが、昨日上司にあたる人と酒を飲んだら、
「その話し、もう○○君で決まりだから」と自分とは違う人と言う事で内々に話しがすっかり決まっている事実を知って愕然としてしまった。

そういう事でいちいち感情を振り回されている小さな自分が恥ずかしい。
でも、不安な日常から少しでも早く抜け出したい気持ちも本当なのだ。

こういう時、インターネットがあるというのはとても救いだ。なんとなく誰かとずっと繋がっていられる。それが嫌になればパソコンを閉じるだけでよい。

大人になると仲の良かった友人も皆結婚したり、仕事で昇進したりと忙しくなって全然遊べなくなる。
世の中の役に立てるような大したスペックもなく、基本的にコミュ障で根暗な僕は一人取り残された気分になり、やるせない思いの丈をどこにぶつけたらいいか分からずに、こうして夜中にうじうじとネットで記事を書き始める。

今、外では雨が激しく降ったり、急に止んだりを繰り返している。

三月一日は春の嵐。電車のダイヤが乱れる可能性あり。皆様お気をつけて出勤を、みたいな事が予報で言われていた。

春になると嫌な事ばかり思い出す。基本的に花粉症なので外にも出れない。
でも、いい思い出ももちろんあるので、その事を書く。

小さな頃、僕は傘で空を飛びたかった。

多分、まだ小学校に入るか入らないかくらいだったと思う。
あの頃の僕は、単純にアニメとかの影響で、強い風→傘を差す→飛べる、と思っていた。

ある春の風が台風並みに強い日。
どういう風の吹き回しか、父が近所にある土手まで遊びに連れて行ってくれると言い出した。
僕は死ぬほど喜び、今こそチャンスといわんばかりにレインコートを着て、玄関に合った大人の傘を手に取り、父と一緒に十分くらいかけて土手を目指した。

その時、町を歩いているのは僕と父だけしかいなくて、雨も激しく降っていたので、アスファルトの上で雨水が風に吹き上げられて小さな波になり、灰色の海みたいになっていたのを覚えている。

いざ土手に着くと、普通の道路とかより風が想像以上に強くて、父親に必死にしがみついていないと立っていられないくらいだった。

風がゆるくなった瞬間を狙って、僕は閉じていた傘を開いて、土手の斜面に向かってダイブするように思い切り跳んだ。

跳んだ瞬間に風の強さで傘が手からすっぽ抜けて、十メートルくらいの斜面をごろごろと転げ落ちただけで終わった。

口の中に入った、雨水と泥と草の混じった味が忘れられない。
あと、僕を指差して笑っていたうちの父親の事も。

今ネットを調べてたら、ちょうど僕が土手から転げ落ちたのと同じくらいの年に琵琶湖からアメリカに向けて風船の力で飛び立って、行方不明になった人がいたそうだ。

いろんな人がいるなぁ、とつくづく思う。

あと、書いてたら気分がちょっとすっきりした。

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ほがらか帝国

都内コールセンター勤務。33才。 ほがらかです。上島竜平ではありません。

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