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それは、デザインとは言わない。

金融畑であった自分にとって、「デザイン」は最も縁遠い存在でした。

デザインに関する教育を受けることなく、投資銀行でキャリアをスタートさせた自分にとって、「デザイン」とはあくまで「意匠」であり、見てくれを整えること、表面を美しく仕上げることに過ぎず、日常業務に置き換えると、資料をキレイに仕上げること、会社指定のデザインテンプレートやカラースキームを丁寧に踏襲することとほぼ同義でした。

もちろん資料はビジュアル的に美しいだけではダメで、伝えるべきメッセージが分かりやすく整理されていなければならないこと程度は誰でも分かります。したがって、「見た目と有用性の両立」くらいの感覚は持っていましたし、デジタルマーケティングの仕事に関わるようになってからは、もう少し踏み込んで理解したつもりでいました。表示速度、視認性、セキュリティや、エントリーフォームの入力容易性などもデザインの一部なのだな、と。

要は、美しく機能的に整えるのがデザインであり、その機能性の中には使い勝手が含まれる、程度の理解です。

ところがある時、自分の中途半端な理解、明確に言語化・体系化しきれていない薄っぺらさが露呈してしまう出来事がありました。

知ったかぶりがバレる

とあるご縁で、欧州出身の著名なサービスデザイナーと夕食を共にした時のことです。

なごやかで楽しい宴席だったのですが、「デザイン」についての会話がどうも噛み合いません。会食の終盤に差し掛かった頃、やや逡巡しながら、そのサービスデザイナーが自分に向かってこう言いました。

「デザインとは、そもそもの定義として、特定の問題解決のため要素を設計すること。」

「ビジュアル的に美しくすることは(それ自体が問題解決につながらない限り)直接的に何の関係もない。」

「あなたの言っていることは、デザインではなくスタイリングだと思うので、そこを混同するとどこかでトラブルになるかもね」と。

え??

え????

そうなの????

衝撃を受けました。

「問題解決のため」という最重要ポイントを明確に言語化され、かつ「by definition」という言い方で念押しされたこと。ビジュアル的に美しくすること自体はデザインとは無関係と断じられたこと。さらに、「それを理解しないとトラブルになるかも」とまで言われたこと。

自分の考えていた「デザイン」って一体・・・。

しかも、トラブルって・・・。

非常に優しい言い方で、見下したような態度は微塵もありませんでしたが、それだけに彼我の理解差がなおさら惨めでした。知ったかぶりを見抜かれ、気の利いた切り返しもできず、その後の会話は何も覚えていません。唯一記憶にあるのは帰り道のタクシーで、「サービスデザイン」と名のつく書籍を片っ端からAmazonでポチったことです。

ちなみに、その時に購入した本は、Amazonの購入履歴を辿るとこんな感じでした。(昔の出来事なので、大分古い本です。)

Marc Stickdorn, Jakob Schneider (2012).  "This is Service Design Thinking: Basics, Tools, Cases"

Reberto Verganti (2009). "Design Driven Innovation: Changing the Rules of Competition by Radically Innovating What Things Mean"

Tim Brown (2009). "Change by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires Innovation"

今の自分から思うと、信じられないくらい浅い知識しかなかった頃です。

「そんなの当たり前でしょ。バカなの?」と思う方もいらっしゃるでしょうし、実際あの時の自分はバカでした。デザインについて踏み込んで考えたことは一度もありませんでしたし、「サービスデザイン」「デザイン経営」という概念がここまで一般化していなかった時代というのもあったと思います。

ただ、仮にデザインのなんたるかを知っていても、それを実現できるかどうかは全く別の問題なのだと痛感させられた、もう一つのイベントをその後体験することになります。

知っていてもできない

前述のディナーから数ヶ月後。お手伝いしていた会社に、オフィス移転の話が持ち上がりました。(注:特定を避けるため主要な前提事実を一部変えています。)

お手伝いしていた会社自身ではなく、その親会社主導の移転であるため、子会社側のメンバーは、自分も含め残念ながら意思決定に関わることはできません。ただ、親会社は、世界的にも有名なサービスデザインの専門家集団をグループを抱えており、親会社の担当チームも「素晴らしいオフィスを作るのだ!」と大変な意気込み。

そんな彼らが主導するオフィス移転ということで、一体、どのような課題解決をオフィス移転で果たすのか、大変な関心を持って眺めていました。

子会社としての要望を聞かれた時に、私が伝えたポイントは大要、下記の通りでした。

1.  「集中してクリエイトする空間(独創空間)」「大人数で協業する空間(共創空間)」を高いレベルで両立させてほしい。

2.  特にデザイナーやエンジニアなど、業務の性質上、大型モニタが必須のメンバーには、快適な作業空間(独創空間)を旧オフィス以上に優先して確保してほしい。

3.  全体のレイアウトでいうと、旧オフィスは、複数フロアに分断されている上、個々人のスペースが手狭でフロア内の回遊性も低かったので、それらの改善を図ってほしい。

4.  上記を実現させつつ親会社との融合を図り、かつ事業拡大を図るのであれば、拡張性確保のため旧オフィスの少なくとも倍の広さを確保したい。

5.  画一的で没個性だった旧オフィスを反面教師とし、我々らしい、遊び心あふれる、求職者にアピールできるスタイリングを希望。

6.  日本人が多数を占める日本のオフィスなので、意匠面でも本物の日本を表現して欲しい。ラスベガスにあるような、意味不明な仏像が置いてあるラウンジみたいな奇天烈な表現は絶対にやめて欲しい。一方で多様な人材が働く場所なので、排他的・独善的にならず、世界中の誰にとっても居心地のよいスタイリング、質感にして欲しい。("Unmistakably Japanese, universally relatable”, “Authentic"というスローガンを提言しました。)

単純化すれば、「狭い」「集中して仕事ができない」「交われない」「誇りを持てない」という現オフィスの問題を解決して欲しい、ということに尽きます。これを、デザインの専門家たちは、どのように解決してくれるのか。楽しみでした。

経過報告のない居心地の悪い数ヶ月が経過した後、出来上がったオフィスの図面とパースを見て、絶句しました。

例のディナーの時とは、正反対の衝撃。課題が、何一つ解決されていないのです!

出来上がったもの

これで承認されました、と事後報告された図面を見ると、ほぼ全ての点で旧オフィスよりも悪化しており、自分の提言もほとんど顧みられた様子がありませんでした。

見た目(スタイリング)は、パッと見、確かにそれなりのレベルです。

ただ、最低でも倍にすべき、と提言していた全体床面積は、旧オフィスから大きく縮小。

共創空間を大きく確保した煽りを受け(これ自体は良いアイディアだったのですが)、個々人のデスクスペースはさらに狭くなり、専用机を用意できないメンバーが多数発生。独創空間は、ほぼ消滅していました。

また部屋数が足りなすぎて、そもそも普通のミーティングすらできそうにない。

共創空間がオフィス中央に配置され(これも、本来は素晴らしいアイディアなのですが)、外部者のアクセスを可能にする設計になったため、オフィスが2つに分割され回遊性が著しく低下。

表面的な意匠(スタイリング)についても、我々は誰かという内発的な自己表現ではなく、そのオフィスがたまたま立地していた町の(しかも誤った)歴史を言葉遊び的にテーマ化しただけなので、自分たち固有のアイデンティティと無関係。

結果、魂のこもっていない薄っぺらな造作になってしまい、誇りも持てず、テーマとしても定着しない。(実際、数ヶ月もすると、そのテーマは完全に忘れ去られました。)

細かい点で言うと、会議室のテーブルがなぜか室内に複数分散して配置されていて、会話がしにくい。(なんで?ミーティングしないの?)

時計がオシャレすぎて時間が分からない。(時計でしょ?)

執務用ソファ席が固く、デスクとの高さが合っていないので腰痛になりそう。(座るよね?)

袖机を置くスペースがないのでロッカーを備えたものの、執務空間から遠くて毎朝ムダな移動時間が発生する。(時間、大事だよね?)

空調負荷の計算が間違っているのか、冷暖房や換気が効かない等々・・・。

共有空間のスタイリングは素晴らしいのですが、全体としてあまりにも使い勝手が悪く、デザインの本質である「問題解決」に全くつながっていないのです。

サービスデザインの専門家がグループにいても尚、「人間中心設計」の対極にある姿(いわば「予算中心設計」「特定個人の思い込み」「政治的妥協の産物」「スタイリング偏重」とでも言うべき姿)になってしまい、従業員体験が全く顧みられていないことに衝撃を受けました

サービスデザインを生業にしている専門家が監修しても、こうなってしまうのか・・・!

ただ、ここで誤解をして欲しくないのは、このオフィスにも素晴らしい点が沢山あり、私の提言とは異なる別の問題を解決しようとしていたこと、一般的な視点では相当にレベルの高い仕上がりになっていた、という事実です。実際、幾つかのメディアに取り上げられ、賞賛されていました。それだけのクオリティがあったことは間違いありません。

自分がこの話をするのは、自分を含む責任者の能力不足をあげつらうためではなく、「デザイン」に関する多くの(苦い)教訓が含まれており、守秘義務に抵触しない範囲でそれらを共有することで、将来の戒めにしたいと考えたからです。


教訓(自戒)

自分が得た教訓は、次の通りです。

1. 「問題解決」というデザインの本質を忘れてしまうと、大変な実害を伴う。

これが、圧倒的最大の教訓です。

「デザイン」の定義は、サービスデザイナーが飯のタネのために人工的に作り上げたものではなく、悲劇を未然に防ぐための実用的なチェック機能だったのだと初めて理解しました。

デザインの本質は、問題解決である。

デザインの本質は、問題解決である。

大事な教訓なので、二度言いました。

あのディナーの席でサービスデザイナーが言っていた「トラブルになるかも」というのは、まさにこういう状況のことを指していたのだな、と後から気付きました。

「狭い」「集中して仕事ができない」「交われない」「誇りを持てない」というオフィスの問題を解決するはずだった取り組みが、なぜか「これだけの予算しかないから」「でも見た目はカッコよくするから」という議論に置き換わり、予算内に収めること、その中での表層的なスタイリングだけが重視されてしまう本末転倒。

もちろん予算も期限もスタイリングも重要な仕様なので、それらの解決も必要でしょう。ただ、「それで、本来の問題解決はできるのか?」と定期的に自問しないと、失敗は避けられません。

そもそも、予算が最重要の課題なのであれば、何もしないのが一番、という身も蓋もない結論に至ってしまいます。


2. チームに(あるいは社内に)デザインの専門家がいるかどうかは、ほとんど関係ない。

専門家がいるから大丈夫、というのは幻想であり、実際、サービスデザイナーがチームにいても尚、上記の状況に陥った訳です。

利害関係者が多くなると、相反する要請の調整に気を取られてしまい、本来の問題解決がなおざりになりがちです。デザイナーがいるかどうかに関わらず、「自分たちは、最初に発掘した課題の解決に向かっているのだろうか?」を定期的にチームで自問するのは死活的に重要です。

特に、偉い人のつぶやきを丁寧に拾っていく「忖度型」の組織は、注意が必要です。声の大きい人や偉い人の思いつきを拾う癖があると、「何が正しいのか」という議論が置き去りにされ、政治的調整が優先されるので、サービスデザイナーが力を発揮する場面が奪われてしまうからです。


3. スタイリングは、こだわっていい。むしろこだわるべき。

ただ、内発的な、にじみ出るような自己表現でないと、薄っぺらくなります。どうしても表現したいほどの理想やビジョンがないのであれば、無理しない方がいい

特に、アイディアのなさを、多義的・抽象的なコピーライティングで糊塗しようとするのは危険です。何も言っていないのに、なにか良いことを言った気分になってしまい、混乱の素になります。言葉遊びは、大変危険です。

一方、スタイリング追求により問題解決に支障が出る(例えば見た目は美しい巨大なガラスのドアにこだわった結果、重たくて開けにくいので誰も通らなくなる)のは本末転倒なので、これは問題外です。絶対にやってはいけません。


4. 神は細部に宿る。

デスク、椅子、時計、コンセントの位置、照明、ロッカーへの導線、空調など、従業員が直接触れるポイントが体験を大きく左右するので、ここを疎かにしてはいけない。むしろ、そこから設計を始めるべき。

社員が朝出社してから夜退社するまで、いかにストレスなく過ごせるか、いかに生産性を上げられるか、いかに創造力を発揮できるかを左右するのは、上記の細かい体験の積み上げです。顧客体験と、同じですね。

まとめ

良いデザインとは、デザイナーやスポンサーの個人的な好みを実現するものではなく、ある特定の課題を解決することに尽きるのであって、見た目の美しさにこだわって課題解決を軽んじると後で大変な目に遭う--。

これを目の当たりにできたことは、本当に得難い体験でした。

デザインが、その定義において(by definition)「問題解決」を謳っている意味が、初めてすとんと腹落ちしたのが、まさにこの時でした。

そして、この時の経験が、実はくじらキャピタルの諸々の思想につながっており、その一つがくじら.makeだったりします。

これについては、また書こうと思います。


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