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剃刀のような切れ味を持った問題児ナリタタイシン 〜名馬たちの記憶4〜

1993年、皐月賞。
ビワハヤヒデ、ウイニングチケットという日本競馬史に名を残すことになる両馬が注目される中、
一瞬、目を離した隙に外から突っ込み、この2頭を子供扱いした馬がいた。
上がり最速の凄まじい加速っぷりは、まさに『剃刀のような切れ味』
その馬こそ、
第53代皐月賞馬ナリタタイシンである。
今回は、
その『剃刀のような切れ味』と表現された、驚異の末脚を持ったナリタタイシンに迫りたい。

ナリタタイシンの父リヴリアは、仏国のG1を2勝した名馬。

そのリヴリアの母は英国で2回も年度代表馬に輝いた名牝ダリア。
英国の名牝の血を受け継ぐ彼を生産者は、いち早く誕生する瞬間を待ち侘びただろう。

一般的に競走馬の出産は主に春先前後。
ところが、春先を迎えゴールデンウィークも過ぎても名牝ダリアの血を持つ仔馬は生まれてこない。
そして、
6月のある朝、生産者も半分忘れかけた頃、いつの間にか生まれていて、気が付くと立っていた。
忘れられた、この仔馬こそ、ナリタタイシンである。

遅生れのせいか、
牡馬のサラブレッドとしては、平均よりも小さい420〜430kg台と華奢な馬体かつ激しすぎる気性。
これで競走馬として、やっていけるのかと心配されるほどであった。

また、デビュー前は、乗った人を振り落とし、気が乗らないと勝手に厩舎に帰ったり、人の目も気にせずゴロリと寝そべり昼寝する。
彼は、馬体の小さな問題児と呼ばれる。


デビュー後、3歳(現2歳)の暮れまでに5戦して1勝。
人気を得て良い脚を魅せるも後一歩で勝てない。激しい気性ゆえに陣営の不安な日々は続いた。

しかし、
3歳暮れのラジオたんぱ3歳ステークスG3で魅せた後方一気の末脚で重賞初勝利。
小さな馬体であの末脚は凄いと評価され『剃刀のような切れ味』を持っていると話題になった。

年が明け、皐月賞トライアルレース弥生賞G2には、あの武豊騎手が騎乗。
相手は、これまで4戦3勝と無類の強さを誇るウイニングチケット。

レースでは、後方から一気に剃刀のような切れ味を発揮。ゴール前で強襲するもウイニングチケットには僅か届かず2着と惜敗。
それでもクラシック戦線の主役候補として存在感をアピールした形となった。

そして、
迎えたクラシック第1弾、皐月賞。
3番人気のナリタタイシンに対して、堂々の1番人気は5戦4勝のウイニングチケット。
2番人気は、これまで6戦とも連を外したことがない堅実なビワハヤヒデ。

皐月賞のゴール前、映像はウイニングチケットとビワハヤヒデに焦点を当てていた。
すると、
大外から凄い脚で1頭が駆け抜けてくる。
実況アナウンサーの声
『ビワハヤヒデが先頭、ああっ、外からナリタタイシンだ、差し切った!凄い脚!武マジックが出ました!』

見よ、この剃刀のような切れ味!この脚で皐月賞を制したのだ。🐴画像jra-vanより🐴

ゴール前を一瞬で交わした末脚にビックリしたのか、実況アナは、凄い脚!凄い脚!と何度も繰り返していた。

唯一クラシック三冠の条件を持つ彼の次走は、当然ながらホースマンの憧れ日本ダービーである。
しかし、
世間の目は、皐月賞馬よりもウイニングチケット、ビワハヤヒデの順で3番手評価。

世間の目が正しかったのか、レースは人気通りの決着。
剃刀の切れ味は2頭に届かず、3着だった。

皐月賞、日本ダービー3着と世代トップの実力を誇った小さな問題児。
夏を経て、菊花賞トライアル京都新聞杯G2に出走登録するも1週間前の追切調教中にアクシデント。
運動誘発性肺出血を発症してしまう。

大事には至らなかったが、満足な調教は出来ていない。
結果的に休養明けからのぶっつけ本番で菊花賞に出走することになった。

肺出血の影響か、菊花賞では終始、最後方で追走。そのまま1頭も交わせず、ブービー(17着)でゴール。
奇遇にもレース中に心房細動を起こしたネーハイシーザーが、彼の後ろに位置したため、最下位にはならなかったが皐月賞馬として、不甲斐ない結果に終わった。

年が明けて古馬となった初戦の目黒記念G2では、久々に剃刀のような切れ味が炸裂し勝利。
次走の天皇賞(春)ではビワハヤヒデの2着。まだまだ、皐月賞馬健在をアピールした。

しかし、
その後は運に見放されたのか、下痢や屈腱炎に悩まされた。1年間の休養を経て、臨んだ宝塚記念で惨敗。
剃刀のような切れ味を待ち侘びたファンの思いも届かず、ここで無念の引退となった。

余生を過ごす姿。いつまでもヤンチャ振りは健在だった。🐎画像sansupo.comより🐎


父リヴリアが早世したため、祖母ダリアから続く良血を広めるべく、種牡馬生活には大きく期待された。
しかし、
残した産駒は僅か160頭。
残念ながら重賞勝ち馬さえ輩出することが出来ず、彼の血は孫世代にて途絶えてしまった。

さて、あれから約27年の月日が経ち、現役時代3強と呼ばれたビワハヤヒデ、ウイニングチケットとともに2020年、揃って30歳を迎えた。
命の長ささえ競い合う3頭であったが、2020年4月に彼が天国に旅立ち、続いて7月にはビワハヤヒデがこの世を去った。
そして、
現在、余生を過ごすのは、ウイニングチケットのみとなった。

きっと、天国では今もなお、小さな問題児は自由気ままに走り回っているだろう。

ナリタタイシン
父 リヴリア
母 タイシンリリィ
母の父 ラティガ
15戦4勝
主な勝鞍 皐月賞


お陰さまで『名馬たちの記憶』も第4回を迎えました。
読んでくださった皆さん、ありがとうございます。
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こちらの方も読んで頂きましたら、幸いです。


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