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伊豆天城山でハイキング-28

平坦な場所は急ぎ足で進み、木の根が入り組んだ場所や岩場はゆっくり下りながらゴールを目指す。

「大丈夫?」

前を向いて歩いているのがつまらなくなったのか、再びららが足を止めて後ろを振り返りささの様子を確認する。どんなに伝えても彼女は自分がペースを落としているという自覚がないから、日暮れ前にゴールにたどり着きたいのにペースを上げられずに不満と不安が蓄積されている私はつい言ってしまう。

「らら、他人のことはいいから今は自分のことだけ考えて」

幾度となく同じ言葉をかけられて、もちろんららだってストレスを感じているはずだ。その言葉を聞いた彼女は何か吹っ切れたように、後ろを振り返ることなく今までもよりも速いペースで歩き始めた。

ありがとう、それが私が望んでいた行動です。

そう手放しでは喜べない。

だって彼女の行動は怒りからきていることが伝わるから。

「らら、私の言葉で怒っちゃったね」

「大丈夫でしょ」

娘のことをよく知る母の言葉は軽い。

前回、筑波山に行ったとき、前日に二人が大喧嘩をした話を聞いた。だけど翌日にはささの気遣いとららの心配りもあって、そんなことは感じられなかった。
ららやぽうが大きくなってから両親が二人に大きな声で注意をしているところを直接、見た覚えはない。
仲良し家族だと知っているだけに、こういう自分の器が小さいがために発してしまう彼女への言葉に一人悔やんでしまう。

だけどその甲斐あって、ららは先頭を歩くれんを抜いてスタスタ進み、全体のペースを上げてくれた。おかげで周回コースの出発地点である四辻の分岐まではスムーズに来れた。

そこで万三郎岳の岩場を下っている時に上ってきたカップルと再び遭遇した。

すれ違った時はすでに14時を回っていたと思う。

「彼らは今ここにいて日が暮れる前に目的地に行けるのかな」

「多分、途中で引き返すんじゃないの」

そんなことを話していただけに彼らのことはちゃんと覚えている。

後ろから私たちを抜いて行ったので、「やっぱり途中で折り返したのかな」と思ったけど、私たちよりも早めに四辻に着いたれんは言う。

「彼らはちゃんと周ってきたよ。だって反対側の道から現れたから」

「へぇー、すごーい。彼らは多分4時間半で回れる人たちなんだね」

羨望の眼差し。

自分ができないことをやり遂げる人はあこがれてしまう。


後は一本道を進み発着地点へと向かうだけ。

この先はもう平坦な道だけだったはず。

そう思ったけど実際は若干険しい場所もあった。

自分の記憶なんて頼りにならないと小さく凹む。

「トイレ行きたいから先に行ってもいい?」

先頭を歩くららが言う。

「いいよ」

ささが答える。

ここは一度通ったことがある道だから不安などない。

「ららはハイキング中に一度もトイレに行ってないから」

「あぁ、そうだった」

トイレが近く野ションに一切の抵抗を示さない私は2度、ささ、れんそしてたぁは一度ずつ済ませている。だけど二十代前半のららはやっぱり羞恥心からか陰に隠れてしゃがむことはなかった。

トイレ前の広場で待ち合わせをすると彼女はさらに足を速めて行った。


「16時には宿に着きたい」

宿でゆっくりとお風呂に浸かりたい私は旅程を組んでいる時にささに伝えていて、彼女からもOKをもらっていたけど、彼らと行動してそれが実現したことはない。

今日も無理だな。

だってもう16時過ぎてるもん。

行きで見つけた四角い穴が三つ空いている人工的な壁が見えて、そして念願のゴール。

やったぁー。

喜びを写真に収めよう。

現在、16時29分。写真では明るめに見えても実際は森を抜けた後でも薄暗い。

よかった、完全に暗くなる前にゴールできて。

のんびり歩いて休憩もしたけど7時間以上のハイキングだった。

「ぽうと同じくらい歩いたんじゃない」

ぽうは大学に入学してから山友と知り合い、気づけば山好きになって平気で8時間以上歩くらしい。

「そうかな、もっと歩いているみたいだけど」

確かにそうなんだけど、とりあえずゴール出来た喜びでちょっと大げさに成功を分かち合おうじゃないの。



主な登場人物:
私-のん、夫-たぁ、
姉-ささ、姉の夫-れん
姪っ子-らら、甥っ子-ぼう



これまでのお話



【無空真実よりお知らせ】

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

昨年、12月25日にAmazon Kindleより二冊の電子書籍を出版いたしました。

長年にわたり心の深い場所に重たいしこりがあり、一時は「もう真から笑うことはできないんじゃないか」と思ったほど。
だけど日々の生活や旅行を通じ、一筋の光が現れてちょっとずつ自分を取り戻し続け、今回の旅は私に人生の節目を与えてくれた。

神話の土地から届くエネルギーを通して、私は一体、何を体験できて、何を知れるんだろう。

準備は整った、さぁ旅にでよう。

人生を模索しながら生きている二人の旅をどうぞお楽しみください。


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