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鋸山に行って来たよ-25

これまでのお話


度胸試しの地獄覗きをした後、安全な展望台からの景色に興味が惹かれず、次の目的地へと向かう。

道を下ると岩の上にペロンと置かれた案内図が百尺観音まで一分だと知らせてくれた。

岩山を削って作られた空間を歩く。高い壁には石を切り出す際に出来た波状の痕がある。

人の手が入らなければここは岩の中だったはずだ。

そのせいか静けさが漂っている。昨日も似たような道を通ったけど、やっぱり今日もちょっぴり神聖な気持ちにさせてくれる。

次なる目的場所こそが私をここへと導いてくれた。

ビックイベントがもう目の前に迫っている。

そう思うだけで心は飛び跳ね、心拍数を上げてくる。

下には凹凸のある石畳が弾かれている。これもなかなか味があっていいじゃない。

観音様があると思われる前にはたくさんの人がいてカメラを上へと向けている。

わぁ。


上を見上げてお口をぱっくり。言葉をなくして、岩をくりぬき作られた掛け軸のようなお姿に圧倒される。

昭和41年5月、六年の歳月をかけて完成した大観音石造。高さ30mというのが名前の由来のようだ。

確かにでかいッス。

美しい姿を雨風から守ろうとしているのか窪みは深めだ。こんなに窪ませるのだって結構な労力だったはず。
彫刻自体には3D的な厚みはないけどやっぱり渾身を作には命が宿り、人を簡単に魅了する。

無意識に私もカメラ小僧。

観音様前の広場は少ないので、全体像を撮ろうと後ろに下がることは出来ない。限られた場所に多くの人。どうにかうまいこと写真を撮った後、左の先っちょに飛び出た崖が見える。

私、あんなところにいたんだ。

巨人が石投げたら簡単に崩れ落ちちゃうよ。

良かった。安全の中、観光出来て。

観音様とスリーショットを撮りたい。たぁと私の間にその姿が入るようにカメラや顔の位置を変えてみる。

あっ。

気づけば鼻下が伸びて亀のような自分の顔が写っている。

「たぁも同じ顔して」

私は二十代の時、来世は亀になりたかった。だけどもうこの顔を見れたから十分か。

次はまた別の世界を楽しむことにしよう。

岩の波状に心が鎮まっても、観音様の迫力に魅了されても人が多ければ場の気は乱れ、感慨深さは半減してしまう。それでもずっと見たいと思っていたその姿を見られたことで今日は満足。
さぁて12時、日本寺を後にしよう。

歩くとすぐに昨日は入ることを拒んだ北口が見えてきた。

「百尺観音まで北口からすぐだったんだね」

「うん」

観音様のすぐそばまで来ていたなんて知らなかったよ。

「入場しないなら意地でも見せないって感じ」

苦笑いしながらたぁは言う。

確かに。それがビジネスってもので、ここにはその精神が宿っている可能性は高い。

「階段を降りる時、まだ足に痛みが走るけど、左足を伸ばして右足で踏み板に降りると痛くないんだよね。たぁも階段で膝が痛くなることある?」

「うん、片端ずつ交互に下りると痛くなるから、片足を軸にして両足を使って下りているよ」

なんと。彼は私の発見を最初からやっていたのだ。

「そうなんだ」

それから軸となる足を入れ替えてもちゃんと踏み板に両足をついて降りれば左膝への痛みが軽減していることが分かった。

さすが(山では)隊長のたぁは体をいたわりながら長時間歩く方法を知っているんだね。

 滑りやすく段差が揃っていない岩場を歩いていく。昨日、一度は通った道、気を付けるべきポイントはなんとなくわかっている。
人が待っている中、彼女撮影に時間を撮ったお兄ちゃんにいらいらした場所は、岩を削って作られた濡れた道だから注意が必要だ。なんせここの最後の降り口で焦って手を怪我したからね。

「こりゃぁ、急だな」

降り口にいるおじいちゃんが言う。一人通るのに適した道にも関わらず、彼は上から下っている私の姿など無視して上ってきた。

へっ、二人通れるスペースないよ。

後ろにはおばあちゃんがいて自然と目が合う。きっと奥さんなのだろう。彼女は私の思いを察したのかそこから動かず、様子を見守っている。

とりあえず滑りやすくスペースもない場所で彼とすれ違うのは勘弁なのでちょっとしたスペースで止まり、彼が通り過ぎるのを待つ。それから焦らず下まで降りたお陰で今日は安全に下り終えた。

「あのおじいちゃん、上ってきてびっくりしたよ。たぁは大丈夫だった?」

「うん。周りが見えていない感じだったね」

山の狭い道、譲り合ってこそ安全に歩ける。これを改めて肝に銘じられた。

“東京湾の望む展望台(鋸山山頂方面)”の看板が見えてきた。ここまで下りだったけど、次は上り。相変わらず道は険しく階段は急なので、油断せずしっかりと地に足をついて進んで行こう。

日本寺や地獄覗きには人が多かったけど、山道では日曜の昨日と比べ人が少なく、昨日は人がいる中、見物した石切り場には今、私とたぁだけだ。
場所の取り合いなどせず独占状態、ゆっくり辺りを見渡してここの空気に触れる。

苔が壁にも石畳みにも育っている。

触ると水分を含み、成長を楽しんでいるのが伝わってくる。
気づけばポツンと人の姿を見つけ、意識を現実に戻したらさらに上りを進めていこう。

前を歩く男性二人組がちょっとした広場で休憩をした。一人のおじさんはとても苦しそうな顔をしていて、前を通り過ぎた時、彼からお酒の匂いがした。

土道を終えた後は階段だ。

これずっと続くんだよね。

息を上げながら前進することに喜びを覚えた私は止まることなく上り続け、遠くを歩いていた女性に追いついた。

「きつい」

彼女は苦笑いしながらそう言って来た。

「確か、後少しで終わるはずですよ」

立ち止まれるスペースがあるところで彼女が道を譲ってくれたので私はアドナリンを放出しながら登り切り、12時半前、展望台に広場に到着。

ベンチに座って息を整えてから地図を見る。ゴールである保田駅まで145分とある。

二時間半か、そうすると15時くらいには駅に着くってことだよね。

プリントアウトしてきた時刻表を見てみると15時台には3分と56分と二本の電車が来る。

よしっ、目標が定まった。

展望台は昨日行ったし、今日はもういっぱい海景色を堪能したから立ち寄らなくてもいいだろう。

二人してリュックからスティックを取り出して関東ふれあいの道の土道へと入る準備を整える。



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