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『創造性の誤解を解く鍵としての進化論』

進化思考批判への批評と誤解の解消ー太刀川英輔

はじめに

進化思考を深く読み込んでくれて、ディープに進化論の角度から批判する論文と記事がいくつか出ています。批判には誤解もあり最初は面食らって腹も立ちましたが、これは進化思考の進化にとって有難い機会だと思い始めました。一回読むのにも時間のかかるこの面倒な本に興味を持ってくれてうれしいです。代表的と思われる2つの批判に対して、著者からの批評をお伝えしたいと思います。

少し長めのこの記事。伝えたい要点は3点です。

1. 進化思考の進化論的な論旨と批判への批評

進化思考の考える創造という現象は、ラマルク的なもの(意思がある)ではなく、ダーウィン的な(意思はない)もの。この誤解しやすい内容を解説しながら批判中の誤解についての解消を目指します。

2. 進化思考で目指したい創造性教育の姿

もし創造性の謎を進化論で紐解けるなら、エラーの練習と生物学的な観察から、創造性は学べる。持続可能な創造性を自然から学ぼう、という気づきに繋がると嬉しいです。

3. 「進化思考」の書籍はさらに進化します

今回の批判に指摘される誤りや誤解ポイントも受け止めて、みんなで作る進化思考の改訂表プロジェクトが始まります。変異と適応を繰り返して本も進化します。読んで何かに気づいた皆さん、ぜひ参加してください。

進化思考の批判からの気づき

批判を受けて、まず最初の気づきは進化論に詳しい人にこそ、進化論の創造への応用に歴史的なアレルギーがあること。確かに全体の論旨を誤解しやすい本だと思います。それでも誤解と言えるのは、進化思考にとっての創造という現象の捉え方が特殊だからです。その特殊性ゆえに誤読しやすい。改めて進化思考の、進化論的な意味での論旨を解説します。

「創造は意志によらない現象」という進化思考の仮説

まず進化論に詳しい人向けに、進化思考での創造現象の仮説をぎゅっと要約してみますね。

実は、ヒトは意思によってモノを創造していない。つまり創造は進歩的現象ではなく、ダーウィン的な進化として発生する自然現象。この前提で、進化思考はラマルク説からダーウィン説への移行と同じく、創造性の誤解について、構造的な解消を目指す。創造が適応進化と同じ構造だとわかれば、生物学を創造性教育のカリキュラムにできる。つまり創造の発生確率は、エラーの練習と生物学的学習で向上できる。

…え?何言ってんの?って感じですよね。とくに一文目。

要するに進化思考では、創造を意志による進歩的な現象とは捉えません。個体の意思によるラマルク的な進化ではなく、意思のないダーウィン的に進化するものと捉えています。だから深く読んでくれた進化生物学者の方々から、論旨には異論があまり出ないんですね。応援してくれる研究者は、生物学を創造性教育の根幹に繋ぐ意義を感じてくれているのだと思います。そしてこの定義がおそらく、進化思考が誤読を誘発しやすい点でもあります。

※注1:ラマルク的進化とダーウィン的な適応進化の違い
ラマルク的進化=生物自身が必要とする部分が発達し、変化することで、進化する(複雑で高等な方向へと進化)
ダーウィン的な適応進化=生存・繁殖をより向上させるような変異が世代をへて集団中に広がっていくことで進化する(ただし生物進化では適応的でない性質が進化することもある=非適応進化)

注2:進歩と進化の違い
進歩=望ましい方向へと変わっていくこと(直線的)
進化=偶然生まれたものが自然選択され、遺伝的な性質が世代を超えて変化していくこと(多様)

創造性にまつわる誤解

創造は、普通は個人の意思による行為だと思われています。そう考えるから創造性が自分の意思のせいになってコンプレックスになり、みんな救われないんです。でも進化思考では、そうは考えない。

みなさん凄いアイデアを意図的に出せと言われたらどうですか?…出せないですよね。作れなかったら意志薄弱だ、とか言われたら辛いはずです。そこが創造性にまつわる誤解です。

もし創造性が進化的な構造なら、必然(適応)と偶然(変異)には意思がなく、繰り返されれば極論、意思がなくても発明はできます。

ただ「意思のない創造」のループ構造を意図的に往復する、という仮説と実践が、創造性の常識からはぶっ飛んでるので誤読しやすいと思います。進化思考はこの直感に反する仮説から、その探求プロセスと練習方法を書いた、創造性教育の本です。
また一応断っておきますが、進化思考は進化論の科学論文ではありません。進化論の創造性学習への応用です。そのため、そもそも単語の定義などは教育メソッドの名前としてオリジナルな抽象化をしています。

進化思考批判を批評してみる

さて、上記までの進化思考の論旨を前提に、代表的な2つの批判の誤解を紐解きたく、批判に対する僕の批評を読んでいただければと思います。

【進化思考批判】松井実 伊藤潤

この論文は、僕が進化論をラマルク説のように捉えているのではないか、という批判でした。意思によるラマルク説だと思われがちな創造性を、意思の介在しないダーウィン説のように捉えるのが進化思考なので、まず論旨から真逆で、彼らの誤解です。

これが進化思考に対する誤解と決めつけの批判でなければ、向かいたい方向は共感が持てるのに…という点が残念です。こうした誤解を招いたのは申し訳なかったけれど、進化思考にも彼らと同じスタンスのダーウィン説としての位置付けを書いていますので貼っておきますね。

ダーウィンが言う通り、変異と適応が繰り返されれば、そこに誰かの意図がなくても、進化は自然発生する。それと同じように、変異と適応の往復によって、私たちは創造性を発生させられるという考え方が、進化思考だ。
「進化思考」P276 
生物の進化が、誰の意図も介さずに偶然の変異と自然選択の繰り返しで発生するように、 進化思考では創造もまた偶発する現象だと捉えている。
「進化思考」P446

…とはっきり書きました。さて、これでもラマルク説だとレッテルを貼られてしまうと困ります。批判者に誤解はないでしょうか。「ダーウィン以前の進化論を採用している」などの論文の論旨となる主張は明確に誤りです。こういう誤読を生まないように、大事なことなので改訂時にはもっとわかりやすく書くようにしますね。

実は以前にこの批判者と近い誤読をされた方がいて、丁寧にも誤読だったと気付くまでのプロセスについてnoteに書いてくれた記事があります。興味があれば、こちらも読んでみてください。

この批判論文、誤解とはいえその探求に感謝したいこともあります。彼らは進化思考の文中の誤植や誤読されるポイントを発見してくれました。おかげで改訂表のリストが一気に成長しましたし、これは高い知識がなければできないことです。著者はこんなに不勉強なやつだから進化論の根幹を理解していないはず!という批判だと受け取りました。自分でも引用例の誤り等には呆れます。

進化思考の本の論旨は変更なしですが、誤植や誤りの指摘は面目ないしありがたい。読者の方にもごめんなさい。将来の改定に向けて直したいと思っています。

この論文が主張するように、デザインは進化する現象だ、というのは完全に同意です。デザインの構造を正しく進化論から学ぶ事は、デザインの誤謬を乗り越える上で、間違いなく大切だと確信します。デザインにとって、他に類似の自然現象がほぼないためです。僕もデザインの誤解を解くために進化思考を書きました。

彼らのスタンスが進化思考への誤解によるファイティングポーズでなければ、言いたいことは僕ときっと同じはず。彼らの教え子の方々には、ぜひ進化論的な創造性を教えてほしいと思います。

【進化思考における間違った進化理解の解説】かめふじ

かめふじ氏の進化思考の批判ブログが出ました。この方も進化論に詳しい方です。この批判は進化は「変異と適応」を繰り返していない!「進化と進歩」の誤解だ!というものでした。

まず前提として、先に書いたとおり、進化思考は進化論の科学そのものではなく、その仕組みから創造性学習を導く思考法です。なので必然的に用語の定義はある程度抽象化されています。そこは読んでくれていればわかると思います。

ただ本批判について細かく言えば、進化論の場合でも教科書の定義によって「適応」は結果のみならずプロセスを指す場合があるので、ここを軸に批判を立ち上げるのは、単語の解釈の違いがあるだけだと思います。ここに海外の教科書の定義を置いておきます。

適応 : 集団における遺伝的変化のプロセスで、自然選択の結果、集団が何らかの環境に適した状態になったと考えられること。 
(Futuyma, D. & Kirkpatrick, M. Evolution (forth edition). Oxford University Press, 2018).

また進化思考にとっては創造も進歩ではなく進化現象なので、進歩と進化の誤解、という指摘も進化思考の論旨への根本的な誤解です。記事を読むと先の批判論文の前提から入っているようなので、本来の進化思考の論旨には興味がなく、見落としたのかもしれませんね。

この批判は、実はとある心優しい進化生物学者がブログの存在を教えてくれ「この批判者が何を間違えていて、どこが正解なのか」の査読をすぐに送ってくれたんです。なんて優しいんだ…。進化思考は紛らわしいけど、批判されるほどではないよ、と読みました。勉強になる…。こちらです。

この適正なジャッジのおかげで僕も理解が深まりました。この批判者も先の批判論文やdagaraptorさんと近い誤読なので、ここが分かりにくいのか、と改めて気づきました。いつかの改訂では誤読を誘発している箇所を精査したいと思います。そして彼の指摘する誤植もまた一部正解でした…ありがとう。ちなみに批判者には進化生物学者の文章を数日前に優しくDMで送りましたが、流されてしまったようです。

実はこの批判者の指摘のように「変異と選択」も進化思考の副題タイトル候補でした。でも「選択」は創造性の誤解を解くには意図的な現象に聞こえるので避けました。「変異と自然選択」は意味は正しいけど収まりが悪い。適応度の高い必然的な性質を生物学的観察から探してね、という意味も込めて「適応」にしました。確かに誤解されやすい単語だという自覚はありますが、読み手が意思を超えて創造してもらうためには、こちらの言葉のほうがスムーズだと判断しました。

進化思考は論文ではなく、多くの人に進化論の構造を応用して創造性を学んでもらう学習の本です。進化論を誤解してほしくないし、創造性を誤解させたくない。創造過程の意思は手放してほしい。でも創造を探求する意思は強く持ってほしい。という僕の複雑な気持ちを感じてもらえると嬉しいです。

かめふじ氏もまた美大で非常勤講師をしている方のようなので、ぜひ彼にも進化や生物学が創造性の向上に応用できることを、ぜひ学生たちに伝えて欲しいと思います。その道の探求はきっと創造性のコンプレックスに悩むだろう学生たちの希望になり、生物学の本来の価値を高める活動になるはずです。

批判者 及び 批判を読んだみなさんへ

以上、著者自身による「進化思考」への批判の批評でした。批判者の皆さんには、誤解じゃないですか?と伝えたところは検討してみてもらいたい。納得がいかなければ、次はいきなり批判ではなく、質問してください。趣味は近いので、誤解して馬鹿にしたり殴ったりしなければ仲良くなれる気がしますよ。

批判を見て拡散した方も、上記の論旨をよく読んでいただいて、どのあたりに誤解が隠れていたのかを改めて考えてみてほしいです。

批判のおかげもあり、生まれやすい誤解についていずれFAQを書いてみようと思ったり、僕自身も改めて勉強になり、進化思考の改善が進みました。実際に指摘された誤植・誤読誘発・表現の不備は読み込まれ、改定版にて修正されるはずです。既に読んでくれた人には、現在の誤植とか誤読しやすい箇所についてはごめんなさい。彼らの爪痕は進化思考の本に確かに残るでしょう。変異と適応を繰り返して、本もまた進化していきます。

「みんなでつくる改訂表」を公開します

進化思考に改善ポイントを発見した人向けに、現在進行形の改訂表を「みんなでつくる改訂表」として公開します。今回の批判者の皆さんの誤植発見や誤解誘発箇所の訂正も盛り込んだつもりです。ここにない間違いは出版社にメールを送ってくれたら、ぜひ検討します。あなたも進化思考の進化の種をぜひ残してください。

創造性の誤解を解く鍵

生命進化の仕組みから創造性を探求することは、人類にとって本質的なテーマだと僕は思っています。だって、進化には持続可能な世界が作り上げられた仕組みが宿っているから。これから急激な環境の変化に人間が適応するには、進化から学ぶしかないと思っています。

けれども、この探求はイバラ道です。進化生物学者にも、創造にまつわるデザイナーや発明家にも、中間の不気味な領域なので挑戦しづらいチャレンジでしょう。進化論と創造性の不気味の谷には、今回のようなたくさんの地雷があります。なにせ200年以上の歴史ある伝統的炎上コンテンツですから。

でも、創造性の謎を解き明かすなら、進化から創造性を学ぶ探究は、誰かがやったほうがいい。分断が進んでしまったサイエンスとアートの再融合は、それぞれの分野の輝きを高めると信じています。だからリスクを承知で不気味の谷の地図を描いているのが、進化思考の探求です。

この本を書くにあたっては、ある程度まで深く潜って血を吐きながら戻ってきたつもりですが、この谷の探求の続きを一人でできるとは思いません。今回の批判者もまた探求を前に進めるきっかけになり、さらに批判への批評をしてくれた心優しい進化生物学者や、以前のdagaraptorさんの記事のおかげで、より客観的な批評になりました。そして進化思考を執筆するまでも、その後の今までの探求も、この記事ですらも、本当に有難い仲間たちに助けられています。皆さんありがとうございます。

進化生物学という鍵を使って創造性の謎を解き明かす。この探求はきっと未来に価値があるはず。進化思考が多くのセクターで、未来を持続可能にする進化的な創造を生み出す武器になることを願っています。 


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