甘酒学__5_

【あまざけ学 1章】アップデートされていく甘酒文化

古代から続く甘酒

わたしが甘酒の文化や歴史について考えるときにいつも最初に思いだすのは江戸時代後期、絵師の喜多川守貞(きたがわもりさだ)がイラストで庶民の生活や街並みをスケッチした書物「守貞漫稿(もりさだまんこう)」です。

江戸時代、夏の暑い時期に市中で甘酒売りが甘酒を売っている様子が描かれています。当時は「一杯四文」(現代の約200円)で甘酒売りが真鍮釜や鉄釜に甘酒を入れて売り歩いていました。

庶民たちにとって甘酒は夏をのりきるための大事なスタミナドリンクであり、なかなか手にはいらない砂糖のかわりの唯一の甘味源でもあったのです。今では飲む点滴と言われるほど栄養価が高いことも分かっている甘酒、当時の人たちはそのことを飲んで体感して理解していたんですね。すごい!

夏がやってくると「あま~い、あま~い」といって甘酒売りが練り歩く様子は夏の風物詩だったということから現代季語辞典では甘酒は「夏」の季語とされています。

さらにさかのぼると奈良時代の万葉集のなかで山上憶良(やまのうえのおくら)の「貧窮問答歌(ひんぐうもんどうか)」という当時の民の生活をリアルにつづった和歌集に「糟湯酒(かすゆさけ)という単語がでてきます。これは現代でいう酒粕の甘酒のようなものですが和歌をみるとこちらは冬に飲まれていることが分かります。

\補足ポイント/
ちなみに甘酒の起源となる飲み物は酒造の神といわれる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が「天舐酒(あまのたむざけ)」をつくったと日本書紀にのっていたり、応神天皇(4世紀末から5世紀の第15代天皇)が吉野(今の奈良)へ行幸(お出かけ)するさいに「醴酒(こざけ)」を献上したとも言われています。また一晩で作れることから「一夜酒(いちやざけ)」とも呼ばれたりしていました。
甘酒の歴史の深さがわかりますね~甘舐酒は甘酒の起源であるとともに日本酒の起源でもありますね。甘酒は日本酒の赤ちゃんみないなものなのです。

そして明治にはいってからもまだ夏になると甘酒を売る声がきこえたり、当時の新聞をみるとその年の酷暑から蕎麦屋や納豆屋から甘酒屋へ変身してみたり、東京都内だけで200軒ほどの甘酒屋があったようです。

しかし大正・昭和にはいると正月などの神社で振舞われるのが中心となっていき甘酒は冬の飲み物というイメージになっていきました。

現代、アップデートされていく甘酒文化

そして現代、近年の甘酒ブームが到来して甘酒のイメージも変化してきつつあります。特に若いひとたちの発酵食品への関心の高まりや甘酒の栄養価の高さ、健康・美容への注目により再び夏の飲み物へと返り咲いてきました。

さらに、長い時代をのりこえて冬の甘酒でも夏の甘酒でもなく「四季を通して楽しめる甘酒」に進化したのではないでしょうか。また甘酒を飲み物としてだけ楽しむのではなく調味料やスイーツへ・美容アイテムの活用も広がってきています。こうして甘酒の新しい文化・歴史がどんどんアップデートされていっているように感じます。

少しでも甘酒文化のアップデートに貢献できればうれしい今日この頃です。

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