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さまざまな住居への格闘の痕跡─『新建築』2018年8月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!
(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)



評者:連勇太朗×山田紗子

究極的な環境(外部)依存型の建築─アパートメントハウス

  住まいを語るための根源的な言葉,そしてそれを実現する制度と空間を真面目に改革しないと,この国は本当にダメになってしまうんじゃないかと思います.今月号は,そういう問いを孕んだ作品が多かった印象です.

ゲストは「密度」や「濃度」といった新たな言語で住まいを再考する山田紗子さんをお迎えしました. 今回,いちばん印象に残ったのはプロジェクトは何でしたか?


山田  まずアパートメントハウスでしょうか.

アパートメントハウス|髙橋一平建築事務所

8㎡ほどの8つのワンルームで構成された賃貸集合住宅.各部屋は水回りの配置や周辺環境との繋がり方などによって,それぞれ特徴付けている.各部屋にバリエーションを付け,住人は家に求めるものを選び取る.

登場人物のイメージが,私たちの想像外で,それゆえにこの形が生まれていることが印象的でした.
2部屋一緒に借りたりとか,近所のお兄ちゃんが気軽な感じで1部屋借りるとか,おばあちゃんが離れとして借りに来るとか,そういう周りの家の生活が膨らんだ結果,必要とされる場所としても想定している集合住宅というのは,とても面白いと思います.


  意図的な欠陥があるからこそ,想像力で補完しなければいけない部分が多い点がこの作品の魅力だと思います.
思考実験として,何がなくなったらアパートメントハウスじゃなくなるのか,逆に何を残せばアパートメントハウスと言えるのか考えてみると面白いです.

極小のワンルームは世の中にいっぱいあるわけで,そういう意味で機能の限定性や狭さがこの作品の本質ではない.一方,4本の柱が象徴する構造体を提案とみなし,都市居住を支える汎用性のあるスケルトンであるというストーリーも組み立ては可能ですが,それもなにか違う,この作品が持つ艶までは説明できません.

そこで着目したいのが,外部との関係をつくる開口への執着です.
この建築は,この場所だからこそ成立する生活のあり方を外部環境と,象徴的な生活装置であるキッチンやお風呂とセットで提案しているのだと思いました.その土地と渾然一体となった固有の都市生活像を提案しているのではないか.そういう意味で究極的に環境(外部)依存型の建築です.


山田  設計者が土地から探しているので,外部環境は相当意識していると思います.
周囲も壁とみなして,そこまで空間を広げる前提で土地を探していて,とても成功していると思います.あと艶感を生み出すのは,水回り衛生機器だと思うんです.見ていて,なんかちょっとドキドキするじゃないですか.
衣服を脱いで使用するトイレやバスタブなど,生活のいちばん生々しい場面が,都市にいちばん近い窓際に見えている.都市の風景まで自分のプライベートスペースだと宣言しているようです.




都市で住まうことの自由

連  この建築は,都市で住まうことの自由を肯定していると思いました.一方,ひとりでサバイブしていかなくてはいけない強さも求められているような気もします.それに対して,HYPERMIXはノアの箱舟のような強さを感じました.共同体が想定されているからこそ提供できる安心感・安定感を感じます.

HYPERMIX 超混在都市単位|
北山恒+工藤徹 / architecture WORKSHOP


地下1階から地上2階は,カフェやジムなどのコミュニティビジネスが入る通りに開いた空間.中間免震層を介した3〜8階に居住ユニットとオフィスが入る.建物全体の管理運営を,オーナーと設計者が共同で会社を立ち上げ行なっている.上層部の賃料を下げて価格競争力を上げ,低層部はコミュニティビジネスで地域との接点をつくり,建物全体のサービス性を高めている.

HYPERMIXもアパートメントハウスもよく見ると最小単位が個室なんですけど,個室の周りが決定的に違います.HYPERMIXは,個室を都市へと繋げるグラデーショナルな関係性を建築的に設計しているのに対して, アパートメントハウスは直裁的です.


山田  アパートメントハウスの部屋と都市の距離の近さは,積極的に都市に出ていく人の生活像を割とリアルに想像できますよね.これは一方で,HYPERMIXに住んでいる人はともすると1日外に出ないかもしれないようにも感じられます.

建築論壇:住居への退却,まちの再生で,祐成さんが紹介されていた,都市の中に公共交通機関や生活を支えるサービスが充実していて,賃貸の集合住宅が多いというかつての「スウェーデン型」は,今の東京が目指している都市像に近いのかな,と思いました.
家自体には機能やスペースの多くを求めず,生活の充実,日々の多様さを街で十分に楽しむという生活スタイルです.家は寝るだけの時もあれば,お風呂入るか本を読むだけとか,それぐらいの儚さを感じます.
これはナインアワーズの描く生活像とも重なりますが,とても東京的だなと思います.

ナインアワーズ赤坂|平田晃久建築設計事務所

都心部に建つカプセルホテル.上段と下段でカプセルを90度回転させた4個で1ユニットのキューブを,ずらしながら積層させることで建物を構成している.地下に半分掘り込まれた1階にはカフェが入居する.


  アパートメントハウスは都市で生きていくことの自由を体現している作品だとは思いますが,一方で刹那的というか,個人が背負わなければいけないことが過大になっている気もする.
HYPERMIXはある種のインフラとしてつくられているからこそ,まわりの環境が変わっても存在できる強靭さがあります.

それに対してアパートメントハウスは,外部環境が変わることに対して,あまりにも脆弱です(それがひとつの魅力なんですが).
作品テキストでは,これは都市論であると強く宣言されています.そうであれば,この建築自体が成立し得る中間の理論,個と他者が繋がるための社会的根拠をもっと語ってほしい.
都市や社会という全体と個が直接的な関係を結ぶことが難しく,そこに生きづらさを感じている人が圧倒的に増えているのも,現代のリアリティですから.




社会制度的な問題とデザインの問題は表裏一体

山田  8月号全体を通して読んでいると,若者向けにつくられている集合住宅が多いように感じます.
けれども本当は高齢者と言われるような世代から子育て世代,独身の若者,学生まで,わりと広い世代がいる方がいい集合住宅になるような気がするんですね.下手な言い方ですけれど助け合いによる関係性が生まれてくるからです.

私もずっと集合住宅育ちだったのですが,親が帰宅するまで1階のお茶屋さんに預かってもらったり,屋外階段で子ども同士で遊んでいるのを見守っていただいたり,普通の集合住宅でもいろいろな住人がいるだけで,住戸を超えた関係が生まれていました.
若年層だけでなくシニア層も取り込めるデザインが求められていると思います.それにはプライバシーのあり方や家の滞在時間,住まいに求めるものもさまざまに異なり,各々選択できるのが理想です.
幅広い世代・生活スタイルの住人を呼び込むような集合住宅の形を考えていくことで,よりアクティブな東京になっていくのではないかと思います.


連  祐成さんの建築論壇で発見だったのは,資産としてどうやって住居の価値を向上させていくのかという社会制度的な問題とデザインの問題は表裏一体だということです.
サバイブしていくための道具として住居を捉えた時,当然,資産価値の向上は問われるべきで,それは制度と物理的状態の両方から追求されるべきです.そういう意味で,論考で挙げられている「自作性」というキーワードは,単にセルフビルドという言葉が想起させる射程とは違う広がりを見せてもらった気がします.




構造形式による関係性の変化

山田  構造形式によって,賃貸にしても住まい手が積極的に関わることができるレベルが違うと8月号を見ていて思いました.

木造が印象的なミナガワビレッジは,今までの住人が何度も変更を積み重ねている歴史があり,それが空間的な資産となっています.

ミナガワビレッジ|神本豊秋+再生建築研究所

敷地の南西側に元オーナーによる手づくりの富士塚(築山)と書庫があり,それを囲むかたちで建てられた4棟の建物の改修および増築.年月を経て既存不適格状態になっていた建物群を,現行法規適合を目指し是正を行った.

部分的にも簡単にリファインできるのが木造のいいところでもありますね.今まで不動産的に30年で終わりだと思われていた木造住宅がこれらのようなリノベーションプロジェクトが出てくることで,50年,60年といったスパンが射程に入ってくる.
気軽に変えていけるんだという感じが建物と住まい手の新しい付き合い方を生み,資産として育むきっかけになるといいなと思います.


  固定概念に陥りがちな生活イメージに対して,新たな想像力を付加してくれる作品,制度的・事業的な組み立てによって今まで構築することのできなかった風景を実現している作品など,今月号が記録するさまざまな住居への格闘の痕跡を,次世代の実践へ繋げていきたいと強く思いました.
(2018年8月14日,青山ハウスにて 文責:本誌編集部)





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