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「川」と「ため池」─『新建築』2018年8月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)


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評者:饗庭伸
目次
●「川」と
「ため池」
●ため池でなく川そのもの─ナインアワーズ赤坂,竹橋,アパートメントハウス
●区分所有→それぞれのため池→多元的な市場─パークコート赤坂檜町ザ タワー,パークコート青山ザ タワー
●小さな川,小さなため池─ミナガワビレッジ
●巨大ダムから,小さなダムやため池へ─いわきCLT復興公営住宅,大阪府住宅供給公社茶山台団地・香里三井C団地 ニコイチプロジェクト,コンフォール松原14〜30号棟(Ⅱ期2BL・B2街区)



「川」と「ため池」

巻頭の祐成保志による建築論壇:住居への退却,まちの再生は住宅を「必要に応じて価値を引き出す貯蔵庫」と定義し,その価値はグローバルな市場だけでなく,ローカルな住宅市場で多元的に評価されるものとしました.
「貯蔵庫」と「多元的な市場」がキーワードです.

貯蔵される価値は最終的には貨幣に換算されるのですが,価値=貨幣の代わりに水を,市場の代わりに川をイメージしてみます.
住宅は貯蔵庫ですから,その川に接続された「ため池」のようなもの.困った時はため池の水をちょっとずつ使う,困っていない時はため池の水を増やす,そんな風に住宅は使われます.

多元的な市場を模して,仮に1,000kmの川と,1kmの川があるとします.
1,000kmの川を流れる水はゆっくりとあちこちを潤して最終的に海に到達しますが,1kmの川では水はあっという間に流れてしまい,時には災害を引き起こします.

ため池=住宅を設計する時に,それが1,000kmの川と1kmの川のどちらに接続されているかが問われます.
願わくば,1,000kmの川を育てるようにため池を繋ぎたいところですが,1kmの川に繋ぐように(=短期的に収益を上げるように),そしてため池のサイズをできるだけ小さくするように(=住宅のコストを下げるように),という依頼者の要請も多そうです.
その時に,こっそり1,000kmの川にも繋いでおいたり,ため池の形を工夫したり,ということが建築家のせめてもの抵抗.祐成が「いかに混在をアレンジするか」と締めているのはこのことでしょう.

評者の月評の視点である「法と制度」は,接続した川をどう育てていくかという視点です.川に接続されたため池=住宅ではそれを管理するための制度が発生することがあります.
あちこちのため池で固有の制度が発達し,それが川の全体でパッチワークのように繋がっていく時に,「多くの制度とごくわずかの法を持つ政体」(本誌1801の評者月評参照)が誕生します.

つまり,ため池=住宅からどのように制度が生まれ得るのか,という視点も持っておきたいです.今号も前置きが長くなりましたが,これらの視点から作品を見ていくことにしましょう.


ため池でなく川そのもの─ナインアワーズ赤坂,竹橋,アパートメントハウス

2.2㎡のナインアワーズ赤坂,竹橋と,8㎡のアパートメントハウスは,どちらも1kmの急流に人びとの身体を晒すような設計でした.

ナインアワーズ赤坂|
平田晃久建築設計事務所

アパートメントハウス|
髙橋一平建築事務所

ため池の機能はほぼなく,そこからは制度が生まれそうにありません.
たとえば東京の高円寺や下北沢あたりの木造アパート群が集積しているところでは,売れない役者やアーティストたちがつくり出す制度が生まれていますが,木造アパートと比べても8㎡,2.2㎡というサイズはあまりにも小さく,使い方の自由度も限られているように思いました.

朝の身支度は1時間ですませよ,1分1秒でも早く都市に出よ,と流動性を高める設計です.
ため池でなく川そのものを設計したもの,と理解するべきで,そういう意味でこれらは住宅の定義から外れるのでしょう.

もしこれらが住宅なのであれば(平田の作品はそもそも住宅ではないのですが),祐成論文から「住宅というバッファーを持たない家族においては,労働市場での失敗が貧困に直結する」という批判がなされることでしょう.

では,川の設計として見た時にどうか.

このふたつの作品から外に出た人たちが,結局のところスターバックスにしか行くところがないのであれば,つまりグローバルな市場という大きな川の中にしかこのふたつの作品がないのであれば,ふたつの作品は都市をつくっているようでいて,都市をより窮屈なものにし,自由なつもりでいる人たちをどこかに追い詰めているのかもしれません.
ふと,30年前に存在したはずの「東京遊牧少女」(『新建築』1985年12月号掲載)はどうなっていったのだろうか,ということが気になりました.


区分所有→それぞれのため池→多元的な市場─パークコート赤坂檜町ザ タワー,パークコート青山ザ タワー

グローバルな市場という点では2題のタワーマンション(パークコート赤坂檜町ザ タワー,パークコート青山ザ タワー)が気になります.
つくったものは住宅なのに,誌面からはまったく住宅の情報が分からないので(平面図がないのは建築メディアとして致命的),それぞれのよし悪しを批評することはできないのですが,分譲のタワーマンション全般について考えてみます.

タワーマンションはいかにもグローバルな市場に繋がっているようですが,すべてがグローバルな市場と直接に繋がっているわけではなく,区分所有をした時点で所有者がそれぞれのため池を異なる市場にも接続しますので,多元的な市場に繋がった状態にある,その多元性は時間の経過と共に逓増すると見ておくべきでしょう.

筆者がここのところ考えている仮説は,区分所有の集合住宅では,所有者がやむを得ず付き合うしかなく,所有者はそこからたやすく脱け出すことができないので,そこからは長持ちするしっかりした制度が発生するかもしれない,ということです.かつて郊外に開発された戸建て住宅団地が盆踊り大会くらいの制度しか育てられなかったのに対して,都市にとって意味のある持続的な制度が育つかもしれない,そこに豊かに手入れされたため池ができるのではないか,と期待しています.


小さな川,小さなため池─ミナガワビレッジ

ミナガワビレッジは,複数の河川に繋がった小さなため池をデザインした好例.

ミナガワビレッジ|
神本豊秋+再生建築研究所

この敷地に生み出されていた制度を丁寧に読み込んで,法との折り合いもつけ,より持続する制度へと転換したもので,違法ため池を適法にして,たくさんの小さな川に繋ぎ,新しい人びとが使うことができる貯蔵庫にしたもの,と見立てられます.


巨大ダムから,小さなダムやため池へ─いわきCLT復興公営住宅,大阪府住宅供給公社茶山台団地・香里三井C団地 ニコイチプロジェクト,コンフォール松原14〜30号棟(Ⅱ期2BL・B2街区)

最後に3題の公的住宅を考えてみましょう.
公的住宅は,個人所有のため池に対して,川の上流に政府がつくる巨大なダムのようなものです.

いわきCLT復興公営住宅|
ふくしまCLT木造建築研究会|木あみ+青島啓太

コンフォール松原14〜30号棟(Ⅱ期2BL・B2街区)|
企画・統括 都市再生機構
基本設計 市浦ハウジング&プランニング
実施設計・施工 株木建設 鴻池組 ナカノフドー建設 長谷工コーポレーション

いわきCLT復興公営住宅は被災地につくられた新しいダム,大阪府住宅供給公社茶山台団地・香里三井C団地 ニコイチプロジェクトはダムのリハビリ,URのコンフォール松原14〜30号棟を含む草加松原団地の一連の再生はかつての巨大ダムを小さなダムやため池へと解体し,いくつかの川に接続し直したもの,と見立てられます.

公的住宅は都市で暮らし始める人のスタートアップとしても,都市で暮らしている人のセーフティネットとしても機能します.
前者が高めるのは都市の流動性ですが,後者はむしろダムへの定着性を高めることが知られています.

かつて,公的住宅に長く暮らしてそこから抜けられない人のことが「沈澱層」という言葉で表されたことがありますが,それではあまりに失礼なので,ダムの中に固有の生態系が発生する,という見立てにしましょう.

3題の誌面からは,まだ暮らしの匂いすらしてきませんが,これからここに長い時間をかけて固有の制度が生まれてきます.
空間デザインとしては「どうデザインしてもダムはダム」という感じで,やや大雑把であるように思われますが,公的住宅でなければつくり出せなかった空間,たとえばコンフォール松原の緑のプロムナードや,ニコイチプロジェクトの階段室などを手掛かりに,どのような制度が生まれてくるのかが楽しみです.




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新建築社

株式会社 新建築社は、1925(大正14)年の創業・『新建築』創刊以来、月刊誌を中心とした建築関連の雑誌・専門書を発行しています。建築を様々な角度から取り上げ、新しい建築を求め誌面をつくっています。 https://shinkenchiku.online/

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