着地点を見据えた挑戦

「私の失敗」は建築家自身が自分たちの失敗を赤裸々に語るコラムです。建築家たちはさまざまな失敗を重ね、そこから学び、常に自分たちを研鑽しています。そんな建築家たちの試行をご覧ください!


執筆者:宮本佳明 (建築家)
1961年兵庫県生まれ/1984年東京大学工学部建築学科卒業/1987年同大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了/1988年アトリエ第5建築界設立/2002年宮本佳明建築設計事務所に改組/大阪芸術大学准教授を経て、現在、大阪市立大学大学院教授/1996年第6回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展(共同作品)金獅子賞受賞/1998年「『ゼンカイ』ハウス」(本誌9802)でJCDデザイン賞(ジャン・ヌーベル賞)、JIA新人賞受賞/2007年「クローバーハウス」(本誌0705)で日本建築家協会賞受賞/2008年「『ハンカイ』ハウス」(本誌0802)でJCDデザイン賞金賞受賞/2012年「澄心寺庫裏」(『新建築』1001)で日本建築学会作品選奨/主著に『環境ノイズを読み、風景をつくる。』(彰国社)、『Katsuhiro Miyamoto』(Libria)


目次
●コミュニケーションは不可能である
●鉄筋に甘えたRC造の怖さを思い知った
●鉄筋も束になればその反発力はとてつもない
●「気のきく」鍛冶屋さん
●予見されるリスクを把握し、失敗を未然に防ぐことの重要性
●一生懸命頑張っちゃったスタッフの暴走とボスの判断


コミュニケーションは不可能である

失敗の数と種類は笑うほどある。その多くはこのコラムにこれまで登場した建築家と同じく、コミュニケーションの不全に起因する。工務店との意思疎通や、施主との対話、それぞれの場面において無用の誤解を避け信頼を紡ぐためには、確かに誠実かつ丁寧に対話を重ねるほかない。

しかしより踏み込んでいうと、大切なのは、コミュニケーションは不可能である、という自覚をもつことだと思う。大方の想いは伝わらず他人の意図は汲み取れない、そういうものだ。だから諦めようということではまったくなくて、コミュニケーションの不可能性という前提に立って、じゃあ伝わらないことをどう伝えるかに腐心すべきだと思うのだ。ただ、この稿ではコミュニケーションの問題についてはこれ以上触れないことにする。何というか、あまりに心の機微に触れる問題なので、たとえば小説といった形式で深く掘り下げるべきことだと感じるからだ。ここではむしろ意外なところに潜んでいた技術的失敗について告白したい。



自分の設計スタイルを振り返ると、長い時間の流れの中で建築を考えることが多いと感じる。その結果として、一種のスケルトン&インフラとして建築をとらえる傾向があるようだ。勢い大スパンをRC造で飛ばすことが多くなる。

大らかな大空間をスケルトンないしはインフラと位置付けてRCでしっかりとつくり、後で木造や鉄骨造で可変性の高いインフィルを設えるというやり方だ。人にとって記憶の器となる建築を永く存続させるための工夫として、合理的な考え方であると思っている。しかしそこには、施工上の罠が潜んでいた。


鉄筋に甘えたRC造の怖さを思い知った

大スパンをRCで飛ばそうとすると、当然鉄筋量が増える。

「ヒ」(『新建築』2001年2月号掲載)と名付けた住宅では、2階を自由に建築が可能な人工地盤と位置付けたので、その構造はスラブというより扁平梁の連続体みたいになってしまった。

上端下端共に100mmピッチに配したD-32を主筋とする梁配筋がざぁーっと並ぶ様は壮観だが、それは俗に「鉄筋造」と揶揄されるものに他ならない。もちろん鉄筋だけで保っているわけではないものの、コンクリートは仕上げか被覆に過ぎないかもと思わせる光景ではあった。

その後キャンバーを丁寧に設定し、細心の注意を払ってコンクリートを打設、さて型枠を外してみてビックリ!ここは見せ場とばかり杉小幅板型枠を使った広いフラットな天井面には、型枠の継ぎ目を中心に白いシミのような模様が広がっていた。

原因は型枠ではなく配筋の問題だと推測された。美しく組み上げた小幅板型枠だが、大仰な配筋に手間取る間に外部環境に曝露されたまま痩せが進行し、また通常以上に頻繁に踏みつけられて表面が変質してしまったようだ。その結果の硬化不良。結局、施主も納得せず天井全面を白いペンキで塗りつぶすことになった。

当然折角の美しい木目もパー。鉄筋に甘えたRC造の怖さを思い知った。


鉄筋も束になればその反発力はとてつもない

「ヒ」の失敗から10年以上経った2013年、長野県伊那谷で「真福寺客殿」(『新建築』2013年7月号掲載)を手がけた。特徴的な白い大屋根に、後世へと繋ぐ檀家さんの想いが込められている。平らな白い布を、大棟と小棟ふたつの入母屋ヴォリュームがすぅーともち上げたような形態をもつ。

構造上は無梁で1枚のRCスラブのみでできている。大屋根のコンクリート打設を翌朝に控え、最終の配筋検査から戻ったスタッフより報告を受けた。問題なしと聞いて一安心、と思いきや、現場写真を見返してビックリ! あれっ、この型枠浮いてないか!? 入母屋風に照りの付いた型枠が下地材から浮き上がっているように見える。

よく見ると垂木状に流した桟木にコンパネを留めているビスが、軒並み引張り破断しているではないか。下地材はチェーンとターンバックルでしっかりと土間にアンカーされていて絶対動かない。

ははぁ、鉄筋の反発力に型枠が負けたな。屋根形状なりに曲げ加工を施したD-19と直下の型枠の曲率に微妙な施工誤差が出るのは仕方がない。だから通常は相対的に柔らかい鉄筋の方を番線などで引っ張って型枠になじませるわけだ。しかしながら「鉄筋造」である。鉄筋も束になればその反発力は半端ではない。ゼネコンの徹夜の応急処置も虚しく、結局明け方に打設断念を決断した。

後日、鉄筋を逐一ボルトとチェーンで土間まで引いて固定し、無事初雪の前には打設を終えることができた。


「気のきく」鍛冶屋さん

さて再び「ヒ」の話。ある日、スラブ間に建て込んだプロフィリットガラスが突然激しく割れたと連絡が入った。

えっ、突然、激しく!? 施主もビックリだ。当然お叱りを受けた。原因はすぐには分からなかった。スラブのクリープ管理は注意深く行っているし、もちろん変形を見越してガラスのエッジクリアランスも33mmと十分に取っている。

ではなぜ割れた? 徹底的に現場検証を行った。土間スラブと2階スラブの間に設置する部材はすべてルーズに、つまり上部に必ずクリアランスを取るように設計している(はずだ)。玄関の中鴨居端部を支えるアングル材も上部にクリアランスを設けている(はずだ)。しかし検証の結果判明したことは、「気のきく」鍛冶屋さんがアングル上部を2階スラブに固定してくれていたという事実。それでも4年近くの間クリープ変形に一身に耐えていたL-60×60×6はついに耐えきれず爆発的に座屈し、側のプロフィリットガラスを道連れに破壊に至ったというのが真相である。


予見されるリスクを把握し、失敗を未然に防ぐことの重要性

新しいことに挑戦しようとする以上リスクはつきものだ。それに対してどこまでリスクを取って攻めるのか、どこまでならぎりぎりセーフの側にもち込み得るのか、それを予測し判断するのが建築家の最大の仕事かもしれない。

上に挙げた事例はいずれも事が起きた時には驚いたが、幸い致命的な事態には至らずにすんだ。辛うじてセーフの側に寄り切れたということだ。考えようによっては施工上の問題に見えるかもしれない。しかしやはり設計者の責任は重い。新しいことを提案する以上は、予見されるリスクを把握し、施工者と協働しながら失敗を未然に防ぐことは設計者あるいは現場監理者の責務だと思う。


一生懸命頑張っちゃったスタッフの暴走とボスの判断

建築家というより設計事務所経営者という側面では、また別の失敗がある。

たとえば事務所の処理能力を超えるコンセプトにGOを出してしまったという罪だ。少し前なら「gather」(『新建築住宅特集』2010年2月号)、最近では「香林寺ファサード改修プロジェクト」(2015年)がそれに当たる。

前者は小住宅のリノべーションで「うねる面格子」という単一のシステムによって耐震補強、採光・通風・視線のコントロールといった問題を一挙に解決しようとしたものだ。

結果的に使った2×4材は計1,000本、直列に並べると全長2.8kmに及ぶ。

面格子を構成する「羽根」の1本1本は面内と面外にすべて異なる角度で傾き、また「羽根」の回転角も全て異なるという複雑怪奇な設計になった。

一生懸命頑張っちゃったスタッフの暴走に気づかなかったボスの責任は重い。

後者は鰻の寝床状の敷地に建つ都市型寺院に「厚みのない山門」を看板建築的に付加したものだ。参道、唐破風、宗紋、イチョウの木といった文様をパンチング加工した2.3mmコールテン鋼板(つまりは2次元曲面)を3次元曲面の鉄骨下地に無理に割り付けるという計画を立てた。ままよ、行ってしまえ、というわけだ。

しかし設計上も施工上も文字通り無理があった。小さなプロジェクトにもかかわらず、割り付けのためには気の遠くなるような作業を伴うことが徐々に判明。工事も一旦始まってしまえば止めることはできない。明らかにボスの判断ミスだ。

終わらない設計はボディブローのように事務所の経済に打撃を与える。終わってしまえばみな美しく、もちろんでき上がった建築には満足している。

しかし逆にいえば、そういう止められなかった暴走をドライブして何とか安全に着地点を見い出すところにしか、よい建築はできないのかもしれないとも思う。難しいものだ。



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