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11月号を評する+1年を振り返って─『新建築』2018年11月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)



評者:深尾精一

新たな渋谷らしさ─渋谷ストリーム

渋谷ストリーム|
東急設計コンサルタント 小嶋一浩+赤松佳珠子/CAt(デザイン・アーキテクト)


旧東急東横線渋谷駅とその線路跡地に建つ商業,ホール,ホテル,オフィスからなる大規模複合施設.
再開発にあたり,官民連携により約600mにおよぶ渋谷川および遊歩道の整備も行われた.渋谷川の再生,渋谷駅周辺街区を繋ぐ歩行者ネットワークや駅街区にも繋がる地下車路ネットワークの形成などの公共貢献によって,容積率1,350%まで緩和された.

渋谷ストリームは,既に3度訪れているが,新たな渋谷らしさを生み出そうという狙いが明確に感じられる計画である.

さまざまな記憶の継承も,丸の内や大手町とは異なるスタイルで活かされている.ただ,これは実際にその空間に身を置いての感想であり,誌面からでは理解できないであろう.
まずは,作品紹介に先立って掲載されている建築論壇:更新されゆく都市という素晴らしいイントロダクションの記事を読んで,渋谷の街を歩くのがよいであろう.

建築としては,高層棟のファサードの意図は理解できないことはないが,個人的には好きではない.鳥瞰写真では面白さが感じられるので,スタディ模型でもそうであったのであろう.しかし,近くから見上げると,既存技術の組み合わせで表現していることが興ざめなのである.



寿命はどのように想定?─豊洲市場

豊洲市場|日建設計

老朽化のため,築地市場に代わる新しい水産・青果の市場として築地市場から南に2.3kmの敷地に建てられた.
食品の徹底的な衛生管理のため閉鎖型市場とし,コールドチェーンを確立,立体的でありながら効率のよい物流動線を確保している.また周辺市場の転配送を担う転配送センターや顧客のニーズに対応する加工パッケージ施設を整備し,首都圏のハブ市場として機能するよう計画された.

豊洲市場は,その解説を読むと,築地市場の持っていた課題に対し,現状の要求に合わせた解を求めた結果の施設であることが理解できる.

ただ,あまりに現在の要求条件に忠実すぎるのではないだろうか.
30年後,50年後の巨大都市の市場はどのようなものになっているのであろうか.物流技術,さまざまなことの制御技術など,想像もつかない変化が起きているに違いない.
冗長性を持っていた築地市場でさえ,現在の要求に合わないと壊されようとしている.豊洲市場の建築としての寿命はどのように想定されているのであろうか.



複雑な計画組織・設計組織がどのように協業し役割を分担したのか─大手町プレイス

大手町プレイス|
基本計画 日本設計
基本設計・実施設計監修 日本設計・NTTファシリティーズ共同企業体
実施設計 日本設計(ウエストタワー イーストタワー地下構造)
大林組一級建築士事務所(イーストタワー)


逓信ビルや東京郵政局庁舎などの跡地の再開発.2棟からなり,低層部は一体の建築として設計された.水平庇と丸柱,真壁形式のカーテンウォールにより,逓信建築の精神を継承している.1〜2階に街区を貫通する2層のセントラルプロムナードを設け,歩行者ネットワークを強化している.

大手町プレイスは,小坂秀雄らの逓信建築が並んでいた街区の再開発である.その特徴であった水平の庇を強調したデザインを継承したとされるが,場所の記憶の継承となるかと言われれば,首をかしげざるを得ない.

建築のデザインとしては,近年の大規模オフィスビルらしさが満載であるが,その中では,タッチダウンスペースと呼ばれる2層のプロムナードが,最近の傾向を最も見せているのであろう.
そのようなプロジェクトを,複雑な計画組織・設計組織がどのように協業し役割を分担したのか,これからの参考となるのは,そのあたりではないだろうか.
記事の中の配置図を見ると,周辺のほとんどのビルが1990年から2017年の建設時に本誌で紹介されていることを知り,新建築誌の「建築の記録」という側面を再認識させられた.そのような中で,紹介されていない「大手町ビルヂング」が今後どうなるだろうか.そこが興味深いところである.



舞台とフライタワー,トータルデザインへの融合─さっぽろ創世スクエア

さっぽろ創世スクエア|日建設計・北海道日建設計共同企業体

札幌の創世1.1.1区内に建つ劇場,交流センター,図書館,放送局,オフィス等からなる複合施設.敷地である創世1.1.1区は,大通公園と創成川が交差する地点にあり,近隣には,テレビ塔や時計台など,観光名所も多い.1990年より開発に向けた検討が行われており,今回の計画が創世1.1.1区内で行われる最初の大規模再開発となる.

さっぽろ創世スクエアは,複合施設のわりには,あまりページが割かれていないが,本格的な舞台とそのフライタワーをトータルデザインに埋め込む手法は成功しているのではないかと感じた.
ただ,これだけ本格的なホールにしては,ホワイエがいかにも高層ビルの中に設けられたという感じがするのは残念である.



壁面への疑問─倉敷アイビースクエア リニューアル

倉敷アイビースクエア リニューアル|浦辺設計

中央に建つ倉敷アイビースクエア(『新建築』1974年7月号掲載)に,1,000人規模の新宴会場を増築.周辺に点在する仕事も含めて,浦辺設計は倉敷のまちづくりに関わり続けている.

倉敷アイビースクエア リニューアルは,日本におけるコンバージョン建築の先駆けであり,引き継いだ事務所がそのリノベーションを担当している,まさに幸せな建築である.しかし,既存煉瓦壁の上に,解体した煉瓦を半枚厚の平積みにしたのはなぜだろうか.
イギリス積みの上にこのような壁面が現れると,評者としては目を背けたくなる.まったく対比的な材料で構築した方がよかったのではないだろうか.



施主との幸せな関係─とらや 赤坂店

とらや 赤坂店|内藤廣建築設計事務所

老舗和菓子屋の青山通りに面した店舗の建て替え.許容容積を使い切らずコンパクトな構成とした.敷地形状に合わせた扇型の平面とし,前面道路に対して大きく開いている.2階に売場,3階に菓寮(喫茶).各階を繋ぐ階段が道路側に配されている.

とらや 赤坂店は,容積を使い切らないという決断をした時点で,メッセージ性を持ち始めたのであろう.理解ある施主がよい建築を生み出すことの典型である.
構造計画の苦労がテキストとして記載されているが,平面図が簡略化されていて,そのことが読み取れないのが残念であった.北側に広がる東京とは思えない景観が,建築としてのこの解を導き出したに違いない.
張り出したバルコニー席に座ってみなくては.



適材適所のハイブリッド建築─福井県年縞博物館

福井県年縞博物館|内藤廣建築設計事務所

敷地にほど近い水月湖の湖底に堆積した7万年分の縞模様の地層「年縞」を展示するための博物館および関連研究施設.3棟からなり,左手前が里山里海湖研究所,奥に福井県年縞博物館.博物館には45mに及ぶ年縞を展示するため,細長い平面形状となった.1階はピロティとし,2階に展示室を配している.

福井県年縞博物館は,内藤さんらしい,高度なハイブリッド建築である.先月号の月評でも触れたが,この適材適所こそが,20世紀ではない建築のあり方であろう.太いコンクリートの柱で支えられたピロティの建築は,このプログラムとこの敷地にふさわしい解であるに違いない.



見事な水族館建築─上越市立水族博物館 うみがたり

上越市立水族博物館 うみがたり|日本設計/篠﨑淳+河野建介+寺﨑雅彦

1934年に開館し,80年以上の歴史を持つ水族館の6代目の建て替え計画.北側には日本海が,南側には旧直江津市の市街地が広がる.3Dデータや水流シミュレーションを用いて設計し,日本海の地形や生態系を再現した大水槽が設置されるなど,上越の海が持つ魅力を凝縮した水族館とすることが意図された.

上越市立水族博物館 うみがたりのインフィニティプールのようなテラスは,格子屋根と細い柱で強調され,見開き写真の水面の波紋は,文句なく魅力的である.
制約の多い水族館建築にあって,見事なプロポーザルである.



不思議な形状の建築だが...─トヨタカローラ新大阪名神茨木店

トヨタカローラ新大阪名神茨木店|設計施工 竹中工務店

国道から引き込んだ道路が構内でドライブコースを巡って屋根まで連続し,屋外展示場となる車のショールーム.
ショールームと整備工場を1棟で配置する条件のもと屋根の基本断面を決定し,屋根下のショールームとテストドライブコースの天井高,車が上れる車路の勾配,光環境や空気の流れなどの室内環境から,形態が検証された.

トヨタカローラ新大阪名神茨木店は,とても鉄骨造とは思えない形状の,不思議な建築である.
プログラムの解き方は,なるほどと思わせるものであるが,これを普通の鋼材の梁で構築していることが,20世紀的であり,設計プロセスの解説を見ると,別の構造の解き方があったのではないかと思わせるものであった.



建築主と設計者の関係─日本圧着端子製造 東京技術センター・日本圧着端子製造 名古屋技術センター別館―Petali―

日本圧着端子製造 東京技術センター|岡部憲明アーキテクチャーネットワーク

世界的なコネクターメーカーの東日本エリアにおける活動拠点.2009年に先行して敷地北側に東京技術センターの1期工事(『新建築』2009年9月号掲載)を完成させ,営業と品質保証の両部門のスペースが新棟として増築された.
敷地北東側に住宅が接しているためボリュームを南側に寄せ,3階の一部を張り出させつつ,その下をエントランス空間としている.外壁は黒のアルミスパンドレルと,白のセラミックタイルで構成されている.

日本圧着端子製造 東京技術センターは,大阪のど真ん中で本社ビルのファサードを正角材で大胆にカバーした会社(日本圧着端子製造,『新建築』2013年11月号掲載)の,東京における建築である.
この東京技術センターは,丁寧にデザインされた大人の建築である.それに対し,日本圧着端子製造 名古屋技術センター別館―Petali―は,大阪の社屋をデザインした設計者による建築で,およそ研究試験施設とは思えないデザインである.

日本圧着端子製造 名古屋技術センター別館 ─Petali─|Atelier KISHISHITA

周囲をゴルフ場に囲まれた工業団地内に建つ研究試験棟の建て替え.直径12mの6つの正円が連なった平面計画.5種類の煉瓦タイルによる外壁のパターン,木格子パネルによる室内の木質化,屋上緑化が試験棟の周辺環境との調和に寄与する.

今回は,内装がスギ材の放射状の構成であるのに対し,外壁は鮮やかな煉瓦タイル張りで,平面形状もシンボリックである.建築主がどのようにして設計者を選定しているのか,そこが最も興味を引くふたつの建築であった.



1年を振り返って

さて,1年間,月評を担当して,得るものが多かった.
12冊の新建築誌をこんなに真剣に読み込んだことは,もちろんなかったし,日本における建築の現在の動向を知るには,やはり新建築誌は便利な雑誌なのであろう.

ただ,その誌面構成には,疑問を感じることが少なくなかった.テキストはもう少し読みやすくすべきであろう.それに対し,月評の電子版には,建築の特徴などが読みやすく記載されている.
この時代の変化に現在の誌面構成の出版をいつまで続けていくことができるであろうか.

掲載された建築としては,やはり,木材を活用した建築の面白さが際立った1年であった.この傾向はまだまだ続くであろう.その流れの中で,木造化が目的になることだけは避けるべきであると,振り返っても,思いを新たにしている.

顔写真を毎号変えたことに気付いた方は少なかったかもしれない.先月号のウィンクで気付かれた方もいるようである.本号は違いが分かりますよね.






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